筆頭魔術師のストーカー化.3
朝、間違えて2回投稿しているので、本日3回目の投稿となります!
向かったのは一番奥の柱で、ここからだとちょっと見えにくい場所にある。
どうしたのかとあとに続くと、アダルバート様は一本の柱の前で足を止めた。いや、これは柱ではない。
「彫像、ですか」
「あぁ。風化して顔も分からないが、数百年前の魔術師を模したようだ。さっきの魔石の話に繋がるが、手に杖を持っているだろう」
「はい」
彫像は左手に杖を持っていて、杖の先には大きな球体がついていた。
「その球体の大きさの魔石が、数百年前にはあったらしい」
「こんなに大きなものがですか。ドラゴンから取ったのでしょうか」
「おそらく。今の時代、ドラゴンはもう存在しないから作るのも不可能だ」
魔石は消耗品だ。台所で使っている火属性の魔石は、おおよそ三年で交換となる。当時あった大きな魔石も、今は石化していて使えない。
「ちなみに杖ってなんのためにあったんですか?」
ごく素朴な質問に、アダルバート様は「そんなことも知らないのか?」と珍獣を見るような目をした。私からしたらアダルバート様のほうが珍獣なのに。
彫像に興味を失くしたのか、アダルバート様はさっきまで座っていた場所に戻りながら、杖について教えてくれた。
それは魔術師の力を何十倍にも増加させるものらしい。この国の魔法は攻撃にはあまり適していない。だけれど杖を使えば辺り一面を火の海にしたり、川を氾濫させ街をひとつ壊滅させたりできるそうだ。
「さっきの大きさの魔石がついた杖と俺の力があれば、世界征服も容易だ」
「大きな魔石がこの世からなくなってよかったと、心底神に感謝しました」
そんな危険なもの、アダルバート様に握らせてはいけない。この世の終わりだ。果てしなく続く荒れ果てた大地を想像しながら、そっと神に手を合わせる。
「あのな。今よりもっと世界が平和になるかもしれないんだぞ」
「それはあり得ません」
「……ずっと思っていたんだが、リアナの俺に対する態度が時々失礼なように感じるんだが。言っておくが俺は、筆頭魔術師だぞ」
無礼を察する感性がないのかと思っていたけれど、そうではなかったらしい。仕方ないのでとびっきりの笑顔で「尊敬しております」と微笑んでおいた。心にもないことを言えるのが、大人である。
なんだかもじもじとし始めたアダルバート様を横目に、私はちょっと真面目なトーンで続ける。
「別にアダルバート様だけに限って言っているのではありません」
「と言うと?」
「ひとりの人間に莫大な力が集まるのは危険です。人は過ちを起こします。判断を間違います。強すぎる力に頼るがあまり、他者が疑問や反対意見を口にできない風潮が広がれば、国は必ずかじ取りを間違え滅びます」
だからこの国は、議会を開く。
国王陛下がすべての決定権を持っているのではなく、重大なことは議会で話し合われ決まるのだ。
その話し合いの議題に、王太子殿下の婚約者選びがなかったのが、非常に残念ではある。
国王陛下の独断と偏見で私をレオポルド王太子殿下の婚約者にして、その理由を公にしなかったから、私が恋するふたりの仲を裂いたなんて噂が流れたのだ。
「そういう考え方も、あるのか」
「価値観は人それぞれですから、あくまで私の主観ですが」
「俺はずっと、力はあればあるほどいいと思っていた。だから、古代魔法書を修復すれば魔法でもっと世の中をよくできと考えたのだが」
俯くアダルバート様の顔が陰っていて、初めて見せる表情に慌ててしまう。
魔法を否定しているわけではない。でも、少し言い方が乱暴だったのかも。空気が重たくなる前に、話の矛先を変えなくては。
「では、古代魔法書を修復したら何ができるようになるんですか? というか、そもそもあの本はどのようにして使うのですか?」
片側に魔法陣、もう片方のページに呪文が描かれている。なんとなく、魔法陣をどこかに描いてその呪文を唱えるのだろうと想像していたのだけれど。
「魔法書に魔力を流すんだ。そうすると書かれた文字が順番に光っていく。すべて光れば魔法陣が発動する仕組みになっている」
なんと、あの本自体が魔法を発動させるらしい。そんなすごいものだと知らなかった私の背中に、じとりと汗が流れる。
「さ、先に言ってください。そんな貴重な本を修復するだなんて、責任重大じゃないですか」
今までも丁寧かつ慎重に扱ってきたけれど、その話を聞くと触れるのさえ恐れ多い。
心臓をバクバクさせていると、アダルバート様はバンと私の肩を叩いた。
「大丈夫だ。あの魔法書の封印はまだ解いていないから、誤って発動することはない。そもそもリアナの魔力量では発動させるのは不可能だ」
どうやら、私がうっかり魔法陣を発動させたらどうしようと心配しているのだと勘違いしたらしい。
「違います。本自体が魔法の発動源であるなら、一言一句間違わないだけでなく、文字の癖も再現しなくていけません。些細な角度の違いで、発動される魔法の効果が変わってはいけませんし、より慎重になる必要があります」
修復はいつも細心の注意を払っているけれど、普段とは別格の集中力が必要だ。というか、そもそも私にそれほどの修復力があるのだろうか。
青ざめていく私を見て、アダルバート様も私の心配の種が何かに気づいたらしい。ふっ、と息を吐く気配がした。
そっと横目で窺うと、初めて見る優しい微笑がそこにある。
「心配するな。仕上がりは俺が確認するし、慎重に使うから魔法が暴走することはない」
「そう仰るアダルバート様自体が、信頼に値するか……」
「おいっ、お前やっぱり俺を馬鹿にしているだろう」
「そんなことはありません。ちょっと、髪をぐちゃぐちゃにしないでください」
アダルバート様が腹いせだとばかりに、ハーフアップにまとめた私の髪を大きな手でがしゃがしゃ掻き混ぜる。せっかくセットした努力が水の泡だ。
さっきの発言は嘘だと言おうか迷い、結局口を閉じた。
本当はアダルバート様なら大丈夫、信頼できると思っているけれど、言葉にするのがなんだか照れ臭かった。
「もう、午後からの仕事、この髪でしなくてはいけないじゃありませんか」
「髪型で仕事の精度が落ちるのは素人だ」
「乙女心を分かっていませんね。これでは修復作業が手に着きません」
「待て、それは困る」
「うっかり、分析中の古代魔法書の繊維を水に流してしまうかも」
そう言うと、アダルバート様は分かりやすく慌てだし、私の髪を指で梳き始めた。
「こ、これで大丈夫だろう」
私、もしかしてアダルバート様を意のままに操り、天下を取れるのではないだろうか。
そうしたら、レオポルド王太子殿下に一泡吹かせてやろう。そんな妄想をしている間も、アダルバート様はせっせと私の髪を直そうとしている。これはちょっと。
「どうした? なぜ両手で顔を覆っている」
「異性に髪に触れられるのが初めてで、恥ずかしくなってきました」
「髪を触られて恥ずかしくなるのか?」
心底意味が分からないという声を出すアダルバート様を、指の間から睨みつける。そうだ、この人に普通の感性と価値観を求めてはいけない。
「紳士は許可なく淑女の髪に触れるものではありません」
「! そうなのか。それは失礼なことをした。……うん? でもリアナは淑女なのか?
「淑女です!」
ナチュラルに失礼なことを言うアダルバート様を叱ると、アダルバート様は「淑女とは?」とさらに首を傾げだした。
前言撤回、私はまだアダルバート様の性格を把握できていない。
いつまでも火照る頬を手で仰ぎながら、それでも私の心は晴れやかだった。毎日が楽しい。婚約解消、最高!
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