筆頭魔術師のストーカー化.2
何度も申し訳ありません。タイトルを変更いたしました。
王宮図書館を出て、ハタと気がついた。まだ数メートル歩いただけなのに、やけに人に見られている。すれ違う人はもちろん、ちょっと遠くの木陰で休んでいた人も、おやっと言う感じに身体を起こしてこちらを注視する。
どうして、と考えてすぐに結論は出た。
レオポルド王太子殿下の誕生日を祝うパーティーで婚約解消を宣言した私が、たった一週間後に他の男性と歩いているのに驚いているのだ。
これはまずい。アダルバート様は魔術師の正装ではないにしても、魔術師しか羽織ることを許されていないローブを身に着けている。
真っ黒な生地に、金糸で植物の蔦が描かれたそれは、遠目でも目立っていた。
「で、どこでそれを食べるんだ?」
そんな視線をもろともせず、アダルバート様は私が抱えている紙袋に目をやった。
他者からの視線に無頓着なのか、注目を集めるのに慣れているのか。そのどちらであったとしても、私は落ち着かない。
「あ、あの。もっと向こうに行きましょう。木が生い茂っていて涼しいはずです」
私が指差したのは、お城の裏側。塀を挟んで向こうにある森は、魔術師の寮がある場所だ。
アダルバート様は「遠い」とぼやいたものの、素直に私についてきてくれた。
そうして訪れた場所は、想像以上に寂れた場所だった。
四方を木に囲まれ、足元には草が生い茂っている。その中に白く大きな石が舞台のように置かれていた。
「こんな場所がお城の中にあったんですね」
「なんだ、初めて来たのか?」
「えーと、その……。あっ、あそこに座りましょう」
案内した場所に不慣れだと言いにくく、とっさに目の前の舞台遺跡を指差す。十メートル四方の古い舞台遺跡の上には、これまた古びた八本の柱がにょきっと伸びている。
でも、その上にあっただろう天井はなく、代わりに緑の葉が木陰を作っていた。
ハンカチを取り出し、石の上に積もった埃や砂利を払う。その間、アダルバート様は珍しそうに柱を眺めていた。
「では食べましょう!」
声をかけると素直に胡坐をかき、胸ポケットから例の特性栄養バーを取り出そうとする。それを私は手で制した。
「実はサンドイッチを作り過ぎたんです。ですから、食べるのを助けていただけると嬉しいです」
「それを? 俺がか?」
うんうんと首を縦に振ると、アダルバート様はちょっと考えたのちサンドイッチを手にした。
「こんな非効率的なものを食べるより、特性栄養バーのほうがいいと思うのだが」
「人助けだと思って食べてください。お腹がいっぱいになりすぎると、仕事中に眠くなってしまいます。そうなれば、古代魔法書の修復作業にだって影響が……」
「分かった、食べよう」
私が最後まで言う前に、アダルバート様はサンドイッチに齧りついた。そうして数回咀嚼し、喉仏がごくんと動く。
「……」
無言が辛い。なぜかアダルバート様はじっとサンドイッチを見つめたまま、二口目を食べようとしない。
「あ、あの。やはりお口に合いませんでしたか?」
「いや。うまい」
そう言うやいなや、残りのサンドイッチすべてを口に押し込む。
膨らんだ頬が咀嚼のたびに小さくなり、ごくんと飲み込む音がした。と同時に、アダルバート様が眉を寄せ胸を叩く。
「あっ、お茶。これをどうぞ」
紙袋から水筒を取り出してカップに注いで渡すと、アダルバート様は奪うようにそれを手にして飲み干した。
「大丈夫ですか?」
「……サンドイッチとは、こんなにうまいものなのか?」
キラキラした目が、紙袋に向けられる。これはもしかしてと思ってもうひとつ取り出すと、嬉々として受け取ってくれた。
もぐもぐと食べる姿を見ながら、私もサンドイッチを口に運ぶ。
作ったサンドイッチは卵とチーズを混ぜたものと、ベーコンとレタス、トマトを挟んだもの、それから鶏肉のマスタード和えの三種類だ。夜食も兼ねてそれぞれふたつずつ作っている。
卵の次に鶏肉のサンドイッチも平らげたアダルバート様に、最後の一種類を差しだす。
「いいのか?」
「どうぞどうぞ」
「では代わりにこれを……」
「いりません」
気を遣ってくれたらしく特性栄養バーを渡そうとしてくれたけれど、きっぱりと断った。それはちょっと遠慮したい味だ。そこにある柱を齧ったほうがまだいい。
三種類のサンドイッチを食べたアダルバート様が、ほぉと小さく息を吐いた。
「たまには特性栄養バー以外をお召し上がりになってもいいと思います」
「そうだな。うまかった」
「効率的に栄養を摂るのは素晴らしいですが、食事は味わい楽しむものです。私はアダルバート様と一緒に食事ができて嬉しいですよ?」
どれが一番おいしかったのかと聞くと、鶏肉だと言うのでそれをもうひとつあげる。
「でも、リアナの分がなくなるぞ?」
「私はふたつ食べれば十分ですから。あっ、それから寮には私のお手製のスープもありますので、よかったら飲んでくださいね」
うん、とアダルバート様が頷く。
一緒に暮らして一週間が経ち、アダルバート様の食生活がずっと気になっていた。
他人の生活に干渉しすぎるのはどうかと思うけれど、やはり特性栄養バーだけの食生活はよろしくない。
「アダルバート様が不健康な生活をされていると、気になって古代魔法書の修復が進みません。ですから、きちんと食事を……」
「分かった!」
またも最後まで言う前に、返事がきた。
もしかして古代魔法書の修復を引き合いに出したら、なんでも言うことを聞いてくれるのではないだろうか。
非常識で変わりものだけれど、悪い人ではない。ちょっと腹の立つ言動もあるけれど、憎めないのは魔法を純粋に好きなのが伝わってくるからだ。
お互い、最後のサンドイッチを平らげたところで、私は改めて自分が座る場所を見渡した。
「ここ、舞台のようですが、何に使っていたのでしょうか?」
「昔はこの場所に教会があったらしい。季節ごとの祭典や、星見占いなんかをしていた祭殿跡ではないだろうか」
五百年前、教会の勢力は今より強かった。月に一度は何かしらの祭事があり、それ以外に小麦の種をいつ捲いたらよいかや、収穫の時期なんかも占っていたらしい。
「その時代から、魔石を作るのは教会の仕事だったんですか?」
「そうだ。魔物の身体から取れる魔石は邪を帯びているから、それを清める必要がある。昔は魔物が多かったと聞くから、教会の力は絶大だっただろう」
アダルバート様のように、魔石を使用せず魔法を操れる人は稀だ。私の記憶では水魔法以外のすべての属性の魔法を使え、さらには魔道具の作成や、薬の生成にも長けている。
一般人の私は、魔石がないと火すらおこせず日常生活もままならないというのに。
「数百年前はドラゴンのような大きい魔物もいたんですよね。でしたら、すごく大きな魔石も存在したのでしょうか?」
初めて来た祭殿跡が珍しくて、きょろきょろしてしまう。ところどころに大きな石が落ちていてた。
「ああ、そうだな。うん? あれはもしかして」
私につられるように祭殿跡を見渡していたアダルバート様が、何かに気づいたかのように立ちあがった。
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