3話
「鞘?」
「ん?」
「こんな形で言うことになっちゃったけど、好きです。結婚を前提に付き合って下さい」
「ふふっ、私も奈郎が好き。でも結婚までは、まだ考えられないかな」
「、、、やっぱり遺伝するのは嫌だよね?」
「そうじゃなくて、まだ大学生だし、就職したら離れ離れになる可能性だってあるから」
「なろう俳優の仕事は東京がほとんどだから、鞘の就職先次第?」
「、、、夫婦ってさ、同じ場所を歩んで行く二人のことなんだと思う。二本の線が重なったように見えても、横から見たら高さも角度も違うとか、一瞬交わっただけとか」
(もっと時間が必要か)
「平均寿命まで二十年しかない奈郎が焦る気持ちもわかるけど、私も働かないと、もしもの時に困るから」
「そう、、だよね。ごめん、分かってたつもりなんだけど」
「ううん、正直に話せて良かった」
「俳優仲間に山越さんっていう見た目が怖い人がいるんだけど、子供が二人いて、長男がなろう体質でさ」
「うん」
「四十歳まであと五年しかないから、色んなバイト掛け持ちして、お金貯めてるみたい」
「それは、つらいね」
「死が見えてるから、出来ることもあると思うんだ。うちの親も、一人で、困ら、ない、ように、、ズピッ」
目から涙が溢れる。抱き寄せられた鞘の胸を鼻水で濡らした。
「あ~あ~~か~わのながれの~よ~~に~~」
着信音で目を覚ました。鞘は横で寝ている。
(片桐さんからは珍しいな)
「もしもし」
「奈郎君、今、家にいるよね?」
静かにベッドから出て、トイレへ向かう。
「はい、もしかして、検査行くの忘れてました?」
「いや今、部屋の前に来てるんだけど、直接話せる?」
「えっ? あっ、服着るのでちょっと待ってください」
電話を切って服を着る。時間は朝の四時前。カーテンの隙間から見える空は白み始めている。
「ガチャッ」
ドアを開けるとラフな格好の片桐さんと、後ろに知らない男。ドアの陰にももう一人男がいて、こちらに背を向けている。
「ごめんね、朝早くに」
「は、い」
様子がおかしい片桐さんに戸惑う。
「今から、ある所に一緒に来てほしいんだけど、急いで準備してもらえるかな?」
数日前のニュースが頭をよぎる。
「片桐さんもそっち側の人だったんですね。子供の頃から、」
「落ち着いて、落ち着いて。ちょっと耳貸してくれる?」
恐る恐る顔を近づける。
「例の研究について公表されたら、君たちが狙われる可能性があるから、政府は数か所に集めて保護するつもり」
「集めて人体実験するんでしょ?」
「失踪したのは志願者だけで、強制的に参加させてるわけじゃないよ。情報漏洩を恐れて基地に閉じ込めたから大騒ぎになっただけ」
「信用できないです」
「だから僕が来たんだよ。担当の検査官がこうして一人一人説得して回ってるわけ。二、三日でいいから従ってほしい。中露の動きを掴むまで」
「はぁ、わかりました。でも彼女になんて説明すれば?」
「起こして、二、三日検査に行くって伝えて。後で連絡できるようにするから」
寝ぼけて戸惑う鞘に部屋の鍵をまかせ、身分証とスマホだけを持って外に出ると、見慣れない黒い車が三台止まっていた。セダン二台に挟まれたバンに乗り込むと、なろう体質の人が一人乗っている。
(検査のときに見たことあるな。説得して回ってるのは噓じゃなさそうだ)
「スマホは預かるよ。あと二人拾う予定だから」
「どこで保護されるんですか?」
「横須賀」
「米軍基地じゃないですか」
「日本政府に要人保護の用意があるわけないでしょ。情報も筒抜けだし」
「そんなに危険な状況なんですか?」
「西側同盟国は同時に動いてるとまでしか言えない。本当は彼女さんも保護するべきなんだけど、とりあえず今は君だけでもね」
一人ごねて時間がかかったが、通勤ラッシュの前に横須賀に着いた。基地に入ると宿舎の前で降ろされ、入り口で持ち物検査、医務室で軽い問診を受ける。米兵の案内で入った部屋には二段ベッドが二つ。
「山越さん! 呉郎も」
「おう、やっと来たか」
「ちわーす」
「あまりにも急で、何が何やら」
「うちもだよ。家内と娘も別の宿舎にいるよ」
「家族もなんですね。人体実験なんじゃないかってずっと疑ってましたけど」
「夕方に説明あるようだから、のんびり待とうや」
「テレビもねぇ、ラジオもねぇ、窓には格子がはまってる。オラこんな宿いやだぁ~」
呉郎が不満げに歌うと、隣の部屋から笑い声が上がった。




