2話
「なんか、あった?」
厚子との気まずい空気を察した山越さんが、休憩中にそっと声を掛けてきた。
「振られました。泣かせちゃったし」
「傷を舐め合うか、抉り合うかのどっちかだよなぁ」
「山越さんはどうやって奥さんと出会ったんですか?」
「幼馴染でね、昔っから気が強いんだよ。呉郎の妊娠中になろう体質って分かったときも、俺ばっかり落ち込んでさ」
「二十を過ぎると、一人で生きて行くしかないんですかね?」
「近くんなら出会えるよ」
「だといいんですけど」
講義が終わり、帰ろうとしていると普段関わりのない同期生が近づいて来た。
「近くん、ちょっと頼みたいことがあるんだけどいいかな?」
「遠藤さんだったよね」
「下の名前は刀の鞘って書くの。女なのに変でしょ」
「僕もなろう体質で、奈郎だから」
「ぶふっ、あっはっはっは。ほんと、親の名付け方はわからないよね」
けなされているような気もするが、不快には感じない。
「で、頼みって?」
「課題でなろう症患者への差別について調べたいんだけど、ほら、聞きにくいし。近くんなら友達ともそういう話するみたいだし」
「いいよ。この後時間あるけど、」
「じゃあそこのファミレスでちょっと早いけど晩御飯おごるよ、、って、美味しくないんだっけ?」
「一つ食べられるメニューがあるし、ゼリーも持ってるから大丈夫」
ファミレスまでの道中で遠慮なく色々聞かれたが、嫌な気分にはならなかった。
「そのゼリーってどんな味なの?」
「一口食べてみる? 僕には少し甘く感じる程度だね」
遠藤がドリアを頼んで出て来たスプーンにゼリーを出す。
「うーん、薄くてわかんないね」
「何種類もあるわけじゃないし、味を濃くすると合わない人が辛いから」
「なんか、意外だったなぁ」
「意外?」
「もっと世の中を恨んでるのかと思ってた」
「まぁそういう人も多いのは事実だから」
「デモに参加しようとかは思わないの?」
「結局、どんな人と触れ合ったかでしか変えられないよ。ひねくれたり敵意を向けたら、少数派だとみんなそうなんだろうと思われるんじゃないかな。最初は嫌な事を言ってきたやつもいたけど、今では際どい冗談言い合えるし、逆に気を遣ってくれるようになったから」
「そっか。近くんは凄いね。私なら銃ぶっ放してるわ」
「際どいこと言うなぁ」
「いや冗談だけど、テロで一括りにして片付けるのも違うとは思ってたんだよね」
「酷い事されたんだろうし、抵抗するのも分かるけど、我慢してきた人達のおかげで今の世界があると思う」
(差別について、ここまでちゃんと話をしたのは初めてかもしれない)
「「昼からの映画、また今度にしたい」」
「ピロン」
「「部屋、行ってもいい?」」
「「少し、一人になりたいかな」」
「ピロン」
「「分かった。あんまり悪い方に考えないで」」
「「うん」」
目に入るニュースは同じ話題ばかりだ。
「アメリカ、ヨーグルトストン大学と米軍が共同で行っていた研究により、実験に協力したなろう症患者の大勢が行方不明になっているとのことです。失踪者数は依然不明で、アメリカ政府からの公式な発表はされていません。ヨーロッパを中心に世界各地でデモが計画されているとの情報もあり、事態は混迷を極めております」
「21世紀の人体実験か!?」
「中露がアメリカを非難」
(どの口が言うとんねん)
「ナチスの悪夢再び」
スマホを裏返し、天井を眺める。
「はぁ」
(世界は少しも変わってなかったのか)
「ピンポーン」
(何も頼んでないよな)
「ピンポーン」
「はぁーい、ガチャッ」
ドアを開けると鞘が立っていた。
「大丈夫? もう3日も大学に来てないから」
「あ、うん、まぁ単位は問題ないし」
「入ってもいい?」
「散らかってるから、ちょっと待って」
「手伝うよ」
少し強引に鞘が入ってくる。上着を脱ぐと、床に散らばる空のゼリーのパックを拾い始めた。
「ごめん、心配かけた」
「つらいなら、つらいって言ってくれればいいのに」
「うーん、つらいってことでもないんだけど、頭の整理がつかなくて」
床を片付け終えるとベッドに腰掛け、横を手でポンポンと叩いた。
「座って」
隣に座ると、鞘が服を脱ぎ始めた。胸の谷間が見え、目を逸らす。
「ちょ、ちょっと、急過ぎない?」
「4日前にするつもりだったんだから」
ブラを外した鞘が、Tシャツの下から手を入れ、引っ張り上げる。腕が抜ける前に押し倒され、鞘の鼻息が唇にかかった。
「ばきゅん♥」
なろうゼリーより薄い味がした。




