1話
地下鉄に乗り込むと子供と目が合う。大人達はチラリと見るだけですぐに目を逸らすが、小さい子は気になってジッとこちらを見つめる。他の人の半分程の厚さしかない身体は、友人達から「専門書より薄い」などといじられる。「俺たちの身体は六法全書くらい分厚いぞ」と言われた時は、「なろう体質なら三法で十分なんだよ」と言い返して場が凍った。なろう症患者への差別は大抵の場合、刑事事件に発展し、長い歴史の中で法律は大した役目を果たさなかった。
(生まれた時代が良かった。あと十年早く生まれていたら友人など居なかったな)
車内に貼られた新作の広告に載る自分を眺めつつ、今夜の撮影シーンを想像する。
「カシャッ、カシャッ」
アシスタントが支える枠の中で目まぐるしく表情を変え、ポーズをとる。「正義が~~」「復讐は~~」と書かれたカンペが素早くめくられていく。
「はいオッケー、確認終わったら二人のシーンだから用意してー」
監督の声で撮影が中断し、セット脇の椅子に座る。
「相変わらず早いね。今日もリテイク無しかな?」
隣に座る山越さんに話しかけられた。
「セリフがありますから。山賊役よりイメージしやすいんですよ」
「いまだに監督のイメージに振り回されるよ。急に’ヒャッハーしろ’とか言い出すからね」
「僕は好きですけどね。ヒャッハーしてるとこ」
「はぁ」
山越さんが恥ずかし気に手で顔を覆う。スタジオの入り口からヒロイン役の厚子が入って来る。
「今日も美人だなー」
「ですね」
「気になってるの?」
「まぁ、たまに撮影で一緒しますし」
「おすすめはしないなぁ」
「やっぱ、不味いですか?」
厚子がこちらに歩いて来た。
「こんばんは、二人で何話してたんですか?」
「いや、近くんが旨いゴーヤサラダを出す店を見つけたんだけどね、俺には合わなかったのよ」
「僕には合ってたんだけど」
「近さんと体質が似てる私なら美味しいってことじゃないですか」
(か、かわいい)
目を輝かせながらのヒロインのような動きにドキッとする。
「再開するよー」
監督の声が会話を遮った。
「後でその店教えて下さいね」
「う、うん」
(今週末でも誘ってみようか)
「ゴーヤサラダふたつで」
「以上でよろしいでしょうか」
「はい」
「へぇー、普通の沖縄料理屋ですね。ゴーヤサラダで味の違いが出るとしたらドレッシングとかですか?」
「それもあるけど、ゴーヤの下処理が甘いんだと思う」
「今度家でも試してみよ」
「食べ過ぎると良くないから気を付けて」
「薄味なろうゼリーにはうんざりですよ。もう少し種類出せないんですかね?」
「あるだけましだよ。親世代までは口に合わない物で耐えるしかなかったんだから」
「はぁ。それにしても、近さんはチャレンジャーですね。外食なんて口に合わなくて残すから、する気になりません」
(君を誘う為に探したとは言えないな)
「どう?」
「うん、美味しいです」
笑顔でもう一口頬張る厚子に見惚れる。
(良かった)
二人ともあっという間に食べ終えた。
「ごちそうさまでした。他にも美味しい物見つけたら教えて下さい」
「うん」
厚子がテーブルの上のスマホを手に取りポケットに仕舞おうとする。
「あ、あのさ、この後、よければ映画でも見に行かない?」
ご機嫌だった厚子の表情が一瞬で変わり、空気が張りつめた。
「近さんとはちょっと、、、」
「ほら、体質も近いし、色々分かり合える部分も多いんじゃないかなと思うんだけど」
「そういう問題じゃないんですよ。なろう体質同士だとどうなるか、近さんが一番よく分かってるんじゃないですか?」
「確かに、うちの両親は長生き出来なかったけど、最期まで支え合って僕を育ててくれたし、、」
「私が生まれた時、父は母を見捨てて出て行ったんです。なろう体質は遺伝するんですよ。母は最期まで私を産んだことを後悔していた」
厚子の頬を涙が一直線に落ちる。
「時代は変わったんだ。僕たちにも職があるし、差別も減っていくさ」
「いつまでもなろうブームが続くわけないでしょっ!」
泣きながら店を出て行く厚子を僕は追うことが出来なかった。




