↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家ごと引っ越し!←自宅ごと転移しちゃった(;'∀')  作者: 木苺
第3章 そして今・これから (その1:人外たちのお食事処)
PR
64/73

スクーターと皮ジャン・ミューズの輝き

月に一度とはいえ、蛸入道たちのために 本格的な海鮮料理をふるまうとなれば、

こちらで料理を作って 持っていくよりは、あちらにお食事処を建てた方がいいだろう。


皆の好みに合わせた調理をするには、食後の感想をきくだけでなく、

できれば 試作品の味見をしてもらいながら 味付けの調整もしたいしなぁ。


しかも、金太の料理を完全にお断りされてしまったから、

当面 私が 料理をするか、新たに 料理ロボットを作らなければいけない。

料理ロボットの始動初期は私の立ち合いが必要だし。


など、いろいろ考え併せて、スクーターを作ることにした。


◇


本宅から 河口のお食事処までは 結構な距離がある。


以前は ジテコを乗り物として使っていたが

最近のジテコは、単独での情報及び物質の運搬ロボットとして忙しい。

 


なので、私が単純に移動する時用に、電動スクーターを作った。

 (ジテコが 安定安全走行重視だったのに比べ、今度のスクーターは速度重視の静音タイプ)


魔法の練習もかねて、ホバークラフト(陸上サーフィンボード)を作っても良かったのだが、

それは 今後の課題として、今回は 以前の人生から使い慣れたスクーターにした。

私にとってなじみのある知識と技術を使った方が、作り出す負担も少ないというのが大きな理由。


あわせて ヘルメットと皮ジャンもあつらえた♬

皮ジャンは前世の憧れです♡

 一応 私 皮のジャケット(国内で買ったのは重かったので、イタリアに行ったとき、婦人用の軽いものを購入w)を前世でも持っていたのですが、全然着る機会がなかった。

皮のズボンやスカートに至っては、私の体形では 着用してもちっともあこがれのスタイルにはならないと、試着段階で購入を断念。


でも 今世では、スタイルも わーい私の理想体型だ~。

(超人に進化してよかったぁ~♬)

なので ばっちし 皮ジャンと皮のズボンで ライダーっぽく決めました!

(アハ ナルシスト(;'∀') )


なのに 何故スクーターかって?

だって 750ccタイプ(ナナハン)どころか、250ccタイプでも結構車体が重いし、ハンドル制御するだけの腕の筋力がけっこうきつくて常用をあきらめた過去があるので

よく知らない乗り物(またがるタイプのオートバイ)よりは、慣れたスクーターでという選択。


 もちろん 私は マニュアル四輪・バイク中型免許持ってますよ♪

 マニュアル四輪の運転も楽しい。電子オルガンに比べれば操作が簡単だからw


◇


などと 産み出した作品をほれぼれの眺め、悦に入っていたら 余計なことまで思い出してしまった。


(こっから スルーOKです。

 ただ 一人暮らしの3年の間に気付いたこと、

 それは 過去の嫌な思い出は 吐き出してしまえば 頭の中から消えていくけど

 出さずにためておくと ろくなことにならないってこと。


 まあ 年よりの繰り言のように 同じ話を延々とするようになったらおしまいですが・・

(o*。_。)oペコッ)


◇


 なぜ 電子オルガンがここに出て来るかと言えば 上下2弾の鍵盤に足鍵盤、さらに複数のフットペタルの操作と、多種類のキーボード操作が必要な、カラヤン様も高く評価された電子オルガンで バッハとか交響曲を自分で編曲して引いてましたから。それに比べたら マニュアル四輪の操作なんて単純そのものw


ちなみに電子オルガンは、当時新開発のオルガンを弾ける人が少なかったので、音楽教室の講師をしながら、機器のデモ演奏などをしていたので、文字通り自己資金ゼロで、その演奏を楽しんでましたw。


 うん 国の景気が良いときは、新開発技術を難なくマスターした人間が得るメリットも多大なのでした。


といっても もともと 一人で3歳の時から毎日何時間もピアノと声楽の勉強をして独学で楽典などの本も読みこんでいた音楽好きだったという素養があればこそですけど。

 ちなみに 指が短くてリストの演奏ができないし、音大は学費が高いので 音楽以外の道に進んだのだけど、国立大学所属でピアノの腕も確かということで、あっさりと楽器店のオーディションに合格して、当時開発されたばかりの電子オルガンの講師兼デモンストレーターのバイトにありつけたのはラッキー♡ 

楽器店所属の先輩諸氏からはさんざんいじめられましたが、要は演奏できる人が私しかいなかったんだもんw


 音大の教授から声楽科にスカウトされていたのを、経済的理由から断って 確実に収入を得られる道につながる大学を選んだ私だもの。

いじめられようとなんだろうと、最新型最高級電子オルガンを演奏する機会は逃したくなかったのでした。


◇


もともと 巷の音楽教室の先生というのは、息をするように人を利用したり蹴落とすことを生業(なりわい)とする嫉妬心の強い人、または 自分の大学に入学させたい若手探しの教授のどちらかで、

私は、幼稚園時代に 毎年園児1人をスカウトに来ていた某教授の目に留まってピアノと声楽の訓練を受けたものの、レッスン料が高いので 翌年からは年に1か月間その方に見てもらうだけで、あとは自学自習でピアノも声楽も学んでいました。

 それでも自宅にピアノがあったのはラッキーでした。


 中2の一時期、遠縁の音大生からピアノを教えてあげると言われたこともあるけれど、私に曲を弾かせるだけで一切アドバイスをせずに 私を馬鹿にするセリフしか言わない人だったので、最初の1か月で縁を切りました。 

 あとでから知ったのだけど、彼女より私の方が演奏レベルが高かったんだってw 

 彼女が音大で、平均律やショパンの練習をしているのに、それらの楽曲よりさらに高度な曲を私がすでに弾いていたのが気に入らなかったらしい。


 なぜ そんな人のレッスンを受けることになったかと言えば、母が父方の親族からの強引な申し出を断れなかったから><


(そのころには 大学教授を引退されていた恩師は、私の指の長さに合わせた曲を選んでくださっていたのですが、そして 私はその方の範奏を聞いて曲の構造を聴覚的に学んでいましたが、


意地悪お姉さんは 無理やり私に高い高いリストの楽曲集を買わせて それを引くよう無理強いしたのです。しかもお手本を弾くことなく 嫌味たらたら「この曲 早く弾きなさいよ」とだけ強要した女><


 私は楽譜を見ただけで、この曲は 私の掌・指のサイズに合わないと言ったのに><

 無理やり引かせて、指が届かない箇所を 調和を乱さない音を選んで代替奏法したら ぼろくそ非難して

「その程度の指の長さでピアノは無理よ」と延々と言うわ言うわ。

(当時の日本人でリストを弾く人はプロでもほとんどいなかった時代に!)

 月謝だけは大学教授並みの代金を請求して!!

 なので1か月でやめた。お金も時間ももったいないから。

 彼女が一番高い楽譜を私に無理やり買わせたのは 自分は大学生協で2割引きで買って私に定価で売り付けて差額を儲けるためだったのも気づいてましたよ、私。 


 まっ父方の親族にろくな人間がいなかったということですわ。

 私は両親の関係には口をはさみませんが、父方の親族がどれだけ金に汚く子供である私からも金をむしろうとしていたかは子供のころからいろいろ実地体験していたので、

 父が母の財産を食いつくしたたあげく、私が虫垂炎で入院していた病院まで来て母を殴って 中学生だった私の貯金を全額奪っていったのは あの一族の特性そのものと理解してます。


 あの貯金は 母方の親族達からもらったお年玉を積み立てていた私のお金で、母方の親族は人数が多かっただけでなく「この子は勉強家で無駄遣いせずお金の価値が湧かあっているから、こんな時しか渡せないから」と言って、「当時の基準では かなりの額の」お年玉を毎年くれたので、それをきっちりと積み立てていた私は、それで高校・大学への進学をまかなえるだけの金額になっていたのに!


(今から思えば 我が家の事情を知ったうえで、私に直接お金をくれたのだと思う、それも私が一人の時を選んで。そして私は1月4日には郵便局に行って お年玉全額を定額貯金にしてたもの)


その貴重な学資を、願書提出直前に奪われたので、高校も大学も学力ではなく経済力に合わせた進路に変更をせざるを得なかった>< 


 私が元気なとき 父が一度金をせびりに来た時は、私につかみかかってきた父の襟首つかんで 逆に脅し返して撃退したのに、よりにもよって 私が手術の為の待機中で 腹が痛くてうめいているときに 母からお金を奪うなんて!。


「なぜ?渡したの? 病院なら人目があるから 逆に助けをよべたでしょうに」と母に聞いたら

「そんなかっこの悪いこと、それに 一人に時にまた来たら怖いもの」という母の言い分けに 私はげんなりしました。


 あの時は 本気で家を出て 自分で働いた得たお金を自分だけのものとしてそのお金で進学してやろうと思いましたね。

 すると 「一人にされたら死んでやる」と言って自殺未遂を繰り返すことによって私を縛り付け、直接的に私の周囲の人間に私の悪口を吹き込んでその人達を通して私の行動をしばるという手段に出た母でしたけど><)


◇


・ちなみに 私は 国立大学の単位互換制度を使って 作曲学科の教授の下で 曲の構造の解析を学び、再度ドビッシー他の演奏法を自己学習しなおしました。

 曲の構造を理解しているのといないのとで 演奏の出来栄えがかなり変わるのです!\(◎o◎)/! 


 さらに 曲の構造を理解することにより、音楽を聴く楽しみが どれほどますかに気が付いた時は、目からうろこどころか

 聞こえる音の響きが 完全に別物に感じたほどです!

 それを言葉で表す力がないのが残念


 たとえていうなら それまで バラバラの音符の羅列だったものが

様々な水の流れが織り成す 複雑な大河や泉の波紋のように

頭の中で立体的に構造物が組み上がったり流れ出したり再構成されたり、そういう頭の中で見える輝き・変化する流動体になったのです! 音楽が。


物心ついてから 何年も何年も つかめそうでつかめない「なにか」だったものが、はっきりと 見えた感激!


曲を聞いて己が感じ取ったものを、再び ピアノを通して再現しようとする営み

それがピアノの演奏として、そのとき 初めてピアノの練習の具体的な目標が自分の中で見えたのでした。


手元にある楽器を使って音を再構成して 楽曲と成すのは、

聞いた曲を楽譜に落としたり、演奏コピーをしたり、楽譜通りに「ただ弾くだけ」とは また別の営みです。


昔 映画か何かで、だれかが 同じフレーズを いろいろな作曲家風にアレンジして弾いてみせるシーンがありましたが、あれは、「音の再構成」をわかりやすくアピールするためのギャグですね。

 そうした営みが直観的にできる人もいれば、私のように理論を学ぶことにより開眼する人もいる

 というわけです。


それまでは、なにかわからないものを もどかしくつかもうと、そのなにかに接近しようと試行錯誤でもがき続けるのが 私にとってのピアノの練習だったのですけど。


(そういう意味では 単位互換制度を使って履修願いを出した私の受講を許してくださった作曲学科と声楽科の大学教授に心から感謝しております。

 声楽科の実技演習科目では、自分の体を楽器としてメンテするために、体孔と筋肉の扱いを実地で教えていただき 目からうろこでありました。)


そうした過程を経て 20年以上も自分で自分の聴能を育ててきたからこそ、薬害で聴覚が損傷したときも、

 テルミン(音の振動をあるがままにききとる)と

 ピアノ(鍵盤という視覚及び指の感覚で過去の音の記憶を脳内で再生しつつ、その音と「今 実際に聞こえたと認識した音の高さ」とのずれを 確認することにより、「現在 脳に伝達された「音情報」が 過去に伝達されたときの「音情報」に比べれて どれだけずれて伝達されているかを確かめる(つまり 己の聴覚神経の損傷の程度を把握する)

そうした作業により、自分で自分に聴能訓練を施して、音の世界を自分の中で再構成できたともいえます。


音を

 空気の振動としてとらえるか

 骨伝導(骨の振動を神経を通して能に伝える)としてとらえるか、

その両者の響き(と響き方の違い)をしっかりと確認しつつ


音の振動を伝える聴覚神経系が損傷されても 骨伝導を伝える神経を賦活させることによって

記憶の中の音の響きと、その時自分の聴覚神経が伝えている「音」の響き方の違いを比較しつつ

感覚的な補正をしたり、

やがて ゆっくりと回復していった聴覚神経が脳内に伝達した信号としての「響きの情報」

を 再度 客観的な音(数字で締め出される音)とマッチングしなおす

という意味で、自分で自分に再教育を施すw

 そんなイメージですね(爆)


◇


私にとって 音楽は命の輝きそのもの!

と同時に 歌は 周囲にいる人達と心をかよわせ ひと時の一体感を産み出す魔法のようなものでした。


・職業選択につながる 基礎学力と専門教養の取得が、中等教育だとすれば

大学教育は 専門職の養成場所であるとともに

その人が 自分の人生において必要とする知識と訓練を得る場=生涯教育につながる専門知識の提供場所としても、大学の存在は 意味あるものと私は考えています。


なぜか 私がもといた世界では、大学がカルチャー教育またはハウツー教室化してしまい

中等教育の塾化、初等教育は、単なるお子様預かりどころになってしまっていましたが・・。


「軒先貸して母屋をのっとられる」それが 教育の自由化と「開かれた学校・大学」の行きついた先でした。


しかし 「自由とはなにか」「情報や教育の門戸を開く・教育機関を開くとは 本来何を意図してどういう基準で開くべきだったのか」といったことに関する理念だけでも なんとか後世に伝えたいものだとは、思います。

いつか もっと違う形で。


(閑話休題)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。