庭木と夫とご近所の思い出:柑橘の台木と柚子・すだちとローレル
温州ミカンの接ぎ木をするときの台木はカラタチなんだって。
そして 柚子の木、これを柚木と書くらしいのだけど、
それの台木もカラタチなんだって。
それで 前の家の庭に生えていた柚子の木は、
実が一斉に実りだしてから 気が付くと、長いトゲトゲが増えてきたのかしらん?
最初柚子の木のトゲは長いなぁ くらいにしか思ってなかったのだけど。
でも 柚子の種から育った木も トゲが生えているんだけど???
なんてことは置いといて・・
◇
柚子の開花期も5月
実は、11月ごろより色づくが12月(冬至の頃)が一番ジューシー
ただ 収穫した柚子の加工や 切り取った柚子の保存期間が割りと短いので
我が家の場合は正月明けまで 一部を木に成らせて置き、1月下旬に残りを収穫してしまうことにしていた。
ちなみに、7~9月ごろのまだ青い柚子を青柚子として収穫してその皮を
青唐辛子とあわせて、柚子胡椒に加工するそうです。
私は以前 庭の青柚子を収穫して スダチ代わりに使えるかためしたことがありますが、果汁が少なくて挫折。
皮の部分をすりおろして青じその葉の千切りといっしょに 白身魚をあえるというレシピを見たことはありますが 試したことはありません。
(金太が 興味を示した時も 却下しましたw
「そんなややこしいことをしなくても スダチを使おうよ♡」と言って。
◇
ちなみに スダチは 苗から育てる(つまり種をまいて育てる)らしい。10年以上かけてじっくりとw
スダチにもトゲがあるという話をちらりと見たことがある。
スダチの開花期も5月
収穫は 8月下旬。ジューシーなスダチの時期は 案外短い
その旬を逃すと 黄色く色づいて 水分が減って・・><
旬の時期に、コップに2個分のスダチを絞り入れて冷水で割って飲むスダチジュースはうまい! 暑気払いにピッタリ♬
同じく 氷水に貼ったそうめんに スダチ2個分くらいの輪切りを浮かべて食べるのもオツなもの♡
柑橘果実を味わうだけなら、私一人分なら、各種類ごとに 成木1本で十分なんですが、
養蜂の為の 蜜源とするならば・・どれくらい作付け面積が居るのだろうか??
これはもう、サイバー君たちや養蜂1号らロボット達の計算にゆだねよう。
◇
余談ながら
ローレルはミカンの木よりも先に花が咲く。黄色の房状の花が。
そして 当たり前のように青い実となり秋~冬ごろには濃い赤紫から黒い実になる。 このローレルの実をスープに入れると 実に甘い味わいが出る
うちの庭のローレルは 当たり前のように実をつけるので
実は 転移して アカシックレコードを見るまで、ローレルとは 雌雄異株であることも、日本では 雌株が超レアものであることも知らなかった。
どおりで 我が家のローレルの実が しょっちゅ枝ごと折られて盗まれていたはずだ><
こっそり実を一つ二つ持っていくなら許すが、ごっそり盗んでいったり 枝ごと折り取っていく奴は許せん!!
呪われて 腹痛で七転八倒の苦しみの罰を受けるがいい!!
と異界から念を送っておこう!!
なにしろ 枝を折っているのを目撃して注意をすると、道にはみ出しているのが悪いと因縁をつけてくるのだ。(実際には セットバック部分にすらはみ出していないのに><)
「そこは 私が一坪ウン十万も出して購入した土地をセットバックして、一般への通行の許可を出しているだけだから、はっきりと私有地としてわかるようにコンクリート舗装(もちろん私が私費で舗装したのだ)してあり、アスファルトの市道とは異なる」と告げても 悪態をついて逃げていく糞婆ども。
まったく 大物議員が何かと出しゃばってくる土地に転入するとろくでもないことだらけである、かつて建設大臣だか何だかで 権勢をふるまいまくったらしい糞野郎が支配する土地とは><
こちとら、弘法太子が開鑿した ため池の樋の権利を持つ家の末裔、つまりお前たちの土地がまだ海底だった頃から ご近所で先祖代々1200年以上も村の中心として活躍していた家柄なんだぞと 心の中で呟くようになりました、
あの地に引っ越して、あまりにも横暴な陰湿・低俗かつ組織的な「転入者いじめ」にあってから。
だから あそこの地に転入した富裕層が、子どもを独立させたら どんどん逃げ出していったわけだと住んでみて 初めて理解しましたよ><
く~~~ 若気の至りとはいえ 土地の購入先をまちがったというか
私の資産を使って 私の了解なしに 強引に土地の契約をしておいて
あとはバックレて後始末を私に押し付けた夫が悪い!のですが><
全く 男として大きな顔をしたければ、それだけの成果の挙げろよと言いたいが><、
おんぶにだっこで、結婚してから30年目にやっと(私が紹介した)会社の役員になったのが我が夫。
役員になってから いろいろ勉強して、ちょっと 分別が身についた大器晩成型と言ったら聞こえはいいですが・・
若い頃さんざん人に苦労をさせて30年。
私を肥やしにして役員になったこと ちゃんと理解しているのかしら?
まあ 彼が役員になってから、私が「妻としての責任を果たした。子育ても終わったし~」とばかりに、半同居(半別居)を敢行してから、少し反省したようですがww
もし タイムトラベルしたら 絶対あいつとは結婚せんわい! と思っているので
私が異世界に転移しても、どこかで子供達と巡り合えたらいいなとは思っても
別に夫と再会したいとは思わない。
(それは むこうさんも 同じことを思っていたりしてww
それでも晩年は 一緒に仲良く暮らしてましたけどね。
今さら 波風立てずとも、と言った感じで。
でも 本音部分で言えば お互いの介護問題が発生する前にお別れできてよかったと思います。
相続の悩みも介護の苦労も あの人と一緒では 地獄を見るのは火を見るよりも明らかでしたから。やれやれ。)
◇
とまあ、3年も 人っ子一人いない、念話でやり取りするロボット達に囲まれて過ごしていると
思いだしたくもない 前世のあれこれも思いだしてしまうわけです。
最初のうちは、煩わしい転移前の人間関係から解放されて、ほんとにほっとして、心も軽くなりました。
それこそ、
(こういう人生だったから 転移なんぞしちゃったのかしら。
だとしたら 転移も 幸運のうちよねー。)
と思うくらい。
だけど 本来の私、
世俗の荒波にもまれすぎて 心は粉々、
身内のわがまま放題により満身創痍のずったぼろになる前の私は、
天真爛漫・好奇心満杯の社交好き
踏まれても けられても 押し倒されても 不屈の意志でたちあがる気力も充実していたの。
それがまあ 理不尽な結婚生活20年以上の間にズタボロになっちゃって、
外界の雑音が消え、直接的な圧力から解放されたら
逆に 口にすることすら許されなかった(言えば 肉体的精神的暴力の嵐に見舞われた)当時の
様々な思いが噴き出してきて、
かえって気がめいりました。
夫がらみのことだけは、まあ 30年近い忍耐の末に、やっと話しあう機会を経て
まあ 我ながら頑張ったよなぁ それなりに 共に歩むことができたなぁと思えるところにまで
到達していたので、
こっちに転移してくるまでの人生をふりかえって こうして言葉にもできたわけですが・・
はぁ それ以外のことになると・・
ただ 耐えるだけだった関わりについては‥
ちらりとその片鱗が 頭によぎるだけでも 耐えようもない苦痛に襲われる><
げ~~~~ せっかく 転生して 新しい 人生を歩んでいるのに~~~~~ 無念
0rz ⇦頭でっかちでうずくまっている図
◇
やっぱり どんな不愉快な出来事でも、苦しいことでも
そのとき そのとき きっちりと相手と対峙することができたことは、
一段落すれば、それなりに 心の中でおさまりが付くものです。
でも 次から次へと 他責由来のアレコレに見舞われ続けて、その対応に追いまくられ
あげく「疲れた」と言えば、すかさず そこに付け込んでくるような輩に囲まれて生きていると・・
未消化の出来事が負い積もって、傷がそのまま蓄積して化膿していくのだなぁと 改めて思うわ。
ちゃんと向き合った末に できなかったこと、失敗したこと、負けたことは、
それなりに、自分の中で決着がついているからいいんですよ。
たとえどんなに悔しく思ったことでも、時間さへあれば 自分一人、心中で 消化できる。
でも 暴力的出来事に対して、親や子供を守るために、一方的に理不尽を受け入れざる得なかったことだけは
年月とともに 苦しみは増すばかり。
それでも 人の寿命が短い時代は 親とは死別という形での福音が訪れる時期も早かったわけですが
現代社会では、親より先に私がくたばりそうだ、とどれほど感じたことか><
言い換えるなら 生贄にされることほど 理不尽なことはないということ!
たとえ 己の力で 生贄の立場から脱却したとしても、生贄にされたときの苦しみ・悲哀は永遠に続く><
そういう意味では、性暴力も親による虐待も どちらも罪深いことだと思う。
なぜなら「肉体的・精神的暴力」という力で命を脅かすという恐怖を味わわせて相手を支配するだけでなく、
「社会的圧力」(実はこっちの方が対処困難度が高くて 被害甚大)により
被害者の口をふさぐことによりその心を押しつぶし、
被害者の中での時の経過を止めてしまい、加害事項発生の時点にその被害者の心のありようを縛り付け
長期間にわたる行動選択肢を被害者から奪い去ってしまうから。
さらに、そのような理不尽を許容したり助長する「社会」の存在そのものが、
被害者の尊厳と命を脅かしているという
構造的問題が含まれているから。
恐怖は 気の持ちようで克服できる。
しかし 絶望=いかなる望みを持つ事すら許されず、どんな望みすら保つことのできない状況
に追い込まれた人間は・・
自ら動くことを止めた瞬間から、生き続けることができなくなるほどの恐怖と苦痛と
過去に放り込まれた地獄の記憶の中に取り込まれてしまうから、
平たく言えば「肉体面でも休むことができないだけでなく、たまさか訪れた休息時間に、~ねばならないという心の緊張感が緩んだとたん 過去のトラウマが復活する」そういう状態から解放されなくなる。
それくらい 自分の置かれた状況に対して、「社会的に何も期待できない・生活面で一切安心できない」状況に陥らせてしまう。それが 絶望なのだ!
それでも 人間 生きるためには 飲食せねばならない。
それゆえ、昔は、食べモノを得るために、自分で自分を突き動かすようにして 生き続けるか、
あるいは はかなく散る、
の二択だった。
そういう単純さが ある意味、絶望に対する究極の救い=死か、あらゆる感情を鈍麻させて生き延びる隷属状態への適応をもたらすという社会をも産み出した。
◇
それに対して 現代社会は・・
ひところはやった、「物質的に豊かになって 平均寿命も延びて、しかし人の心が貧しくなった」とかいう御託宣
あれは 出鱈目なたわごとだと思う。
むしろ 人の寿命が延びれば、親の因果に子が苦しめられる期間が延び
子供が老いても まだ 悩みの親やら世のしがらみやらはご健在w
物質的に豊かになり、その集団構成員全体の生存率が高めることが良しとされるほど、
個人が「世をはかなんで死ぬ」ことが許されぬ社会になり、結果的に社会的弱者は長く苦しみにさらされることになる。
しかも 世間一般が「自由と 選択する責任」をはやしたてるほど、
それが許されない状況に行きに生きる人間は、疎外感のみならず、己が怯惰だから選択できない=そういう己が悪いのだ、という誤った自己責任感に責めさいなまれることになる。
つまり 生きるか死ぬかという単純な二択時代にはなかった、「自責の念」という苦しみまで背負わされ、ますます自縄自縛に追い込まれていくのだ。
一方で 人間関係というのは しばしば直近の過去の社会通念に縛られているから
そうそう 社会的理不尽が解消されるわけもなく、ただただ個人が苦しむ時間が長く続く。
あるいは、「新しい生き方」を説く世の雑音によって、昔ながらのしがらみに縛られた人間は
さらに社会的閉塞感と社会的孤独を募らせ、より深い絶望に沈む羽目となる。
さらに 集団全体としての生存許容力が強くなるほど、個人のわがまま勝手が幅をきかせて
倫理的規範が緩んで、人間関係における弱者が増えていく
それだけのことじゃないかと 思う私ではありました。
◇ ◇
が、それはともかくとして、こちらの世界で のびのびと暮らしているうちに、
そろそろ、こちらの世界で、新しい出会いを期待してもいいのではないかなぁ・・
という 気が ちらほらしてきた 昨今でもあります。
だってさぁ、過去の心の傷の虫干しをするよりも
せっかく 新しい世界で、なんでも 自分で決めることのできる立場に立ったのだから。
楽しまなきゃ 転移?転生してきた甲斐がないじゃない!
住環境に続いて 食生活にも 明るい展望が見えてきたので、
次は コミュニケーション欲求の実現に ちょっぴりだけど 気が向いてきました♡
といっても まだ 対人関係における明確なビジョンを描けるほどの過去=経験的蓄積が私の中にはないのだけどね><
それでも 期待ぐらいもってもいいだろ!みたいな感じw
参考
・柚子の季節はいつ?収穫&開花の旬と選ぶコツ・保存方法を詳しく解説
https://furunavi.jp/discovery/staff_blog/202507-yuzu/?srsltid=AU7gw4VBd_9rsknzJ92yCWZdslXqhgNZGcv1nnsLk3qTYh5k6vAWexgt
・緑の柚子と黄色い柚子の違いって何?種類から美味しい食べ方まで紹介
https://yokare.net/food-education/202195156/
・すだちの花の可能性
https://sudachi.net/2017/835
(スダチの花芽から 開花まで 段階を追った写真が豊富!)




