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第八章 紅葉(クレハ)の旅立ち③

オープニング曲 『クレハの季節』

https://x.com/HanashioKikei/status/2013089880767598755?s=20

ツイッター(現X)にて公開中

「助け ガハッガハッ くだ ゲハッ」

 支部舎治安部詰所に一人の少女が駆け込んできた。少女、と言っても民生部の青服。つまりは白騎士団の一員なのだが、ともかく全力で駆けてきたのだろう嘔吐せんばかりに咳き込むほどだ。顔は蒼ざめ、涙でグチャグチャだ。

「どうした? 落ち着け! ゆっくり息を吸って、吐いて、そうだ。どうだ、喋れるか?」

「藤枝さんがっ…紅葉(もみじ)ちゃんがっ…」

「藤枝…?」

 道場から戻ってきたばかりのヴァンフォードはその名を聞き、ギョッとしてそちらを見る。

「私、私のせいで」

「落ち着け。順を追って話してみろ」

 少女曰く、モルドレン外周部のパトロールをしていた際、タチの悪い連中に絡まれた。自分も戦おうとしたが、クレハ、いや、当時紅葉(もみじ)と名乗っていた彼女は、ここは私が抑えておくから応援を呼んで、と言ったそうだ。それで大急ぎでここ、支部舎の詰所へ駆け込んだのだった。

「手の空いている者はいるかッ? 武器と、それから念の為最低限騎士服は着ておけっ! 様子を見に現地へ向かうっ!」

 最初に応対に当たった者が号令をかける。もちろん、ヴァンフォードも、ジャージ上下のままだったがグランソード片手に、皆に同行した。


「いたかっ?」

「いえ、見当たりませんっ!」

 治安部の猛者たち8名が付近を捜索するが、紅葉(もみじ)の姿は無かった。

「ジリオンさん! これ!」

「いたかっ?」

「いえ、違いますが、これは…?!」

 不審物発見者の元へ駆けつけてみれば、そこにはモゾモゾと動く消し炭のようなモノが5体、あった。

紅葉(もみじ)紅葉(もみじ)ィッ! どこだァッ?! どこにいるッ?!」

 普段は動揺の「ど」の字も見せないヴァンフォードが、狼狽(うろた)えながら大声を張り上げていたことに、同行した面々は驚いた。



「連れ去られたのかとも思われたけど、消し炭みたいになってるヤツの数からして、タチの悪い連中ってのはコレだと分かって」

 顔から血の気が引いていくのが分かる。

「あとでソイツらが回復してから事情聴取したけど、その子の行方は分からず、でね。それからしばらく、彼は仕事そっちのけであちこち探し回って。アイツがいない! 紅葉(もみじ)がいない!って。名前出しちゃってからなんだけど、誰の話をしてるか、もう、分かってるよね?」

「…はい…」

 やっぱり…私のことだった。

「しばらく探し回っていたけど、結局見つからなくて。それから、彼、仕事も手につかなくて、大変だったんだ。しばらくかかって立ち直ったけど、それからはもっと剣の道にのめり込んでね。俺の教え方が悪かったんじゃないかって自分を責めて。指導にも熱が入っていって。どこで何してるんだか、こっちの世界にいるんだかどうだかも分からないけど…私は…その子のことを、恨んだ。彼をこんな目に遭わせてって」

「申し訳…ありませんでした…」

 オランジェットさんは何も言わない。同意も反意もない。

 浅はかだった。

 私が勝手に()()()()について行ってしまって…人に迷惑を掛けたばかりか、恨みまで買って…

 今すぐ彼の元へ行って、謝りたい。土下座でもなんでもする。額を地に着けろというなら割れても構わないほど叩きつけてもいい。今となってはそれもできない。

「それから…つい先日。街中で騒ぎがあって、彼も動員で現場に行ったんだ。まぁとんでもないモノが暴れてるからね。それが解決して、逮捕者が出て。そしたらね、彼、私のところへスッ飛んできて言うのよ。アイツが、紅葉(もみじ)が帰ってきた!って。大喜びで。それで、アイツをなんとかしてやりたいって相談受けて。私が恨んでる相手よ? …彼のためならって手を貸そうか…迷ったんだけど。でもね、取り調べ中にゲロ吐いた、って呼ばれて…その子と話をしてみてねぇ…分かったんだ。ああ、この子、彼と同じだ。真面目すぎて周りが見えなくなっちゃうタイプなんだって。なんでもかんでも、必要のないことまで背負っちゃって。でも、自分の考えに素直で。なんだいい子じゃないか、って思って。恨み辛みとかどうでも良くなっちゃった。私が彼を好きになったのと同じように、私はこの子が好きだなって思ってね。どうやら男女問わず、真っ直ぐな人が私は好みみたいね。応援したくなっちゃう。それに…その子も彼に気があるみたいだし、これはくっつけてしまおう!と。二人とも幸せになりな!って。私ももうウジウジ悩みたくないし」

「…あの…私はそんなにわかりやすかった、ですか?」

「しのぶれど色に出にけり我が恋は、ってヤツね。あれに気が付かない方がおかしいわよ」

 百人一首で喩えられるほど私は(みやび)ではないが、そんなに、だったのか。

「そこへうまい具合に捜索隊の話も出てきて、だから持てる権限フル活用して、外堀が山になるくらい埋めてやったわ! 3日間のコーチングの約束も取り付けて。彼も今度こそアイツを一流の剣士にしてみせる!って凄い意気込みだったしね。服のコーディネートも入念なリサーチあってのものよ? 彼の好みのツボ、貫通するくらい押してたはず。でももう一押し足りないなー、ってタイミングで彼、ケガしたじゃない? これは看病イベント来たー!って。あとは彼があなたを部屋に招き入れるかどうか。そこは賭けだったけど。でも戒厳令出たところで拘置所に問い合わせたらまだ戻ってないって聞いてね、これは賭けに勝ったぞ、と。ただ調べたら、やっぱり外出届しか出てなかったから。やむを得ない事情とは言え、ここで二人の間に水差されたくないなーって思ったんで、外泊届に変更して、私の部屋に一晩居たってことにすりゃ丸く収まるかな、ってね。それで迎えに行って、今この状況。そして何より…うまく行ったようね。ちょっと妬けるけど、でも二人が幸せならいいのかなってね…」

 …私は…ずっと一人じゃなかったんだ、って、いま初めて知った。

「ごめんなさい…ごめんなさい…私…こんな…たくさんの人に迷惑かけて…自分勝手で…それなのに…」

「あーもう。泣かない泣かない」

 オランジェットさんは横にきて、私を抱きしめてくれた。こんな身勝手な私を…

「…私は…オランジェット先生からスティーズ先生を奪ってしまったのですか…?」

「あー、それは違うな。だって、奪うもなにも、そもそも私のモノになってないから。キミは勝ち気なクセして勝つことを恐れるのよね。もっと自分に自信を持って欲しいな。でも勝ち気なところは可愛いわよね。何せ私にライバル心メラメラさせてるからさ、トラップに導くのも簡単だったわよ」

 涙を拭い、頬を撫でてくれる。まるで母親に抱かれているような安心感。

「同じことを聞くけど、彼は、優しくしてくれた?」

 同じ質問を、今度は目をしっかり見てされた。もちろん、私に答えは一つしかない。

「はい。とっても」

「そう…良かった…良かった…」

 私を抱く腕がキュッと絞まる。

「まぁ奪われたわけじゃないけど、譲ってあげるわ。ガサツで気の利かない、でも、とっても優しい武人(ますらお)さんを、ね?」

「はい。ありがとうございます…」

 きっといま口にすべきは、この感謝の言葉だと思う。それは譲られたことにではなく、私を見守ってくれた、全てのこと、全ての人に対して。

「立ち聞き…するつもりで見張ってたようなもんなんだけどさ、スティーズ君と約束してたじゃない? 必ず戻って来るって。それ、私とも約束してくれないかな? 戻ってきたら…私が知らないスティーズ君の良いところ好きなところ、いっぱい自慢して欲しい。ノロケ話とか。そんな話をいっぱいして欲しいなって思うの。私はそれを、うっとりと聞くの。同じ女性の、友達としてね。ホケカンでね、話し相手、って言ったの、結構マジだったのよ。もっと話をしてみたいって…戻ってきたら、お茶しながら、お話ししましょう。だから私とも約束。いいかな?」

「はい。もちろんです。私もオランジェット先生といっぱいお話ししたいです」

 ミキさん。オランジェットさん。お茶飲み友達が増える予定だ。それは、とても楽しみで素敵な未来。

「さて、そろそろ戻らないとね。あ、そうだ。クレハちゃんにイイモノあげよう!」

 そう言ってオランジェットさんは、私の顎をくいっと持ち上げた。あれ? この動作って、男性が女性の唇を奪う時の

「んむぅぅぅぅぅぅぅぅっ?!?!?!?!?!」

 …されてしまった…柔らかくて温かいものが、私の唇に触れている。どうしよう? これって、舌を出した方がいいの? って、違う違う! そうじゃなくて!

 …と慌てていると、何か流れ込んできた。これって…

「んプハー! 美少女の唇、うンめーっ!」

 なんてこと言うんだこの人は?! それに…美は言い過ぎだし、少女って年齢でもない、と思う。いやそれよりも

「オランジェット先生…これって【設定】では…」

「そうよ? 使ってね」

「でもそれではオランジェット先生が」

「いやー、私はもう武器持たないもん。なのにそんな【設定】、持っててもしょうがないでしょ? だからね、クレハちゃんが使って。必要な時にオンにするタイプだから、使い勝手はいいと思うよー」

 その【設定】の名は、【音速の重金属(ソニックメタル)】。


 部屋を出るまで、ずっとオランジェットさんの腕の中に抱かれていた。身長では私の方が大きいけれど、人の器というか大きさでは全く敵わない。やっぱり…素敵な女性(ひと)だな…敵わないや…



 オランジェットさんに伴われて拘置所へ戻ってきた。戒厳令の影響なのか、途中、誰ともすれ違わなかった。あの賑やかで素敵な街が、死体のようにものを言わなくなってしまっていた。

「それじゃ私はここまでね。出発関連は部署が違くて私もスティーズ君も立ち会えないから」

「はい」

「それじゃ、いってらっしゃい。約束は守るのよ?」

「はい。必ず」

 そうして、私は本来いるべき部屋へ入り、仮眠を取る。朝食が運ばれるまでの僅かな間だが。



「ねぇ委員長。朝帰りだったわよね? なんかあったの?」

 シャルが何やら探りを入れてくる。

 彼女からはクレハでもカヱデでもなく、委員長って呼ばれるのがやはり自然だ。ちょっと懐かしい感じもする。

「いえ、特に何も」

 そりゃ、あったとは言えない。


スンっ


 シャルから匂いを嗅ぐ時のような鼻息が聞こえた気がした。まさか、本当に…?

「…ふーん。まぁいいわ」

 非常にグレーな答え。かと言って何か言えば墓穴を掘りかねない。沈黙は金なり、だ。

 私たちはモルドレン市街地入り口南門を目指して歩いている。そこでリョウカとステラと落ち合い、出発する手筈になっているのだ。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 シャルの背中には大きな箱。それは以前は私とゴリ男君、代わりばんこで背負っていたもの。あのロッジだ。支部の備品は貸し出せないということと、せっかくあるのだから、ということで。そしてそれを、シャルが担ぐと率先して買って出た。一応私が、って言ったんだけど、自分で担ぐって言って聞かない。理由は聞かなかったけど、多分…あの男との思い出の物だからってことなんだと思う。私からすれば「あんな男」でも、シャルにとってみればまた違うだろうから。それに、シャルのそんな気持ちを知った上で、私は彼女を誘っているのだ。彼女の気持ちは尊重したい。


 門の前にはすでに二人が来ていた。

「ごめん。お待たせ」

「おはようございます! クレハ隊長!」

「おはようございま~す」

「アンタ、隊長だったの?」

「うん。そういうことになってる…みたい」

「なんか委員長から随分階級(クラス)上がった感じね。アタシも隊長って呼んだ方がいい?」

「別に、どうとでも?」

「じゃあ委員長でいいわね」

「別に構わないわ」

 まずは自己紹介から。

「反町ハルキ捜索隊に任命されました、モルドレン支部治安部予備隊のリョウカ=セルテイトです!」

「同じく~、サージエンス支部から派遣されたステラ=レマーレで~す」

「私は知っての通り、藤枝クレハ。所属は治安部指導科戦技教官補佐、となっています。それからこちらは今回私たちと行動を共にし旅に出る…私の友人の、シャルロット=ポワールさん。私共々、仲良くして下さい。よろしくお願いします」

 と、二人に頭を下げる。そうだよね、シャルは友達なんだよ、今では。そんな紹介するの、ちょっとくすぐったい感じがするけど。

「シャルロット=ポワールよ。長いからシャル、でいいわ。よろしく」

「よろしくお願いします! シャルさん!」

「よろしくお願いしま~す」

「それじゃ、行きましょうか」

 いよいよ出発だ。間も無くモルドレンの外へ出る。


 …ふと、彼が私の名を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

 でも振り返らない。

 任務を果たし、約束を守るため、今は前に進むんだ。

 まず、カナート君に会いに行かねば。


最終回エンディング曲『それを恋と気付かずに』

https://x.com/HanashioKikei/status/2074153902338109822?s=20

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