第八章 紅葉(クレハ)の旅立ち①
オープニング曲 『クレハの季節』
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ハ! クレハ! おい、クレハ!
…なんだか体を揺さぶられている。うーん…まだ眠いのに…
…あれ? 今の…男の人の、声?
え…なんで…と起き上がる。
「起きたか! クレハ!」
エッ? なんで私の部屋に半裸の男性が…?
まだぼんやりする頭をフル回転、記憶を呼び起こし、紡ぐ。
…そうだ。私は昨日、先生のお家に行って…それから…
…なんか…とんでもないこと…しちゃってない…?
「すぐ着替えろ! クレハ!」
っことはこの男の人…先生だ!
…なんてこと…見知らぬ男性かと思ってしまった。
悲鳴を上げなかった分、セーフ、としたい。
それで…
「なぜ着替えを?」
「よく考えたらマズいんだ。何しろ昨日ここまで来るのに外出届は出した。だが、どこかで寝泊まりするなんて含まれていないからな。おまけに間も無く夜明けだ。戒厳令の警備で出てた連中も自分の部屋に戻って来る。そんなところへノコノコ出て行けば、何やってんだ!ってことになる。また牢にぶち込まれるだけじゃなくて脱走扱いで禁固刑追加だ」
…なんてこった。
窓を見れば、確かにもう明るい。まだ日は出てないようだが、この明るさ、間も無くってことは分かる。
「とにかく、ここを出てどうにか牢へ戻れ」
「そんな…こと言われましても…」
警備の人とかどうやって抜けるんだ?
でも先生がこんなに慌てているのだ、私も合わせて急ごう。
立ち上がり、まずはそこらに脱ぎ捨てられた下着を手に取る。昨日の夜はとっても素敵な感じだったのに、今はなんだかただの布切れ。お気に入りなのに、そう思ってしまうのは悲しい限りだ。
ベッドに脱ぎ捨てられたブラを手にした時に気が付いた。ベッドに血の跡。あれ? 傷口開いちゃったのかな?!と心配になって先生の右脚を見る…が、血の滲んでいる様子はない。
…そうか。これ私の、だ。夢中だったんで気が付かなかったけれど、そういえば初めてだと血が出たりするんだっけ。ベッドの上の、そこだけがやけに生々しい。
立ち上がり、下着を履くわけだが…脚の間から何かが垂れ落ちそうな感覚。これ…昨日先生から出たものだ。どうする…? って、どうしようもない、今からシャワーをなんて言ったら、それはそれは叱られるだろう。仕方ない、えいやっ!と履いてしまえ! …なんだかどろーっとした感触が…
ブラも着け…カットソーもキャミもスカートも、みんなコーヒーで全滅。全部トートバッグにとりあえず詰める。もう、シャツに短パン、パーカーくらいしかないじゃないか。
ともかく最小限の身支度はした。髪をとかしたりしたいけど、どうにもそういう状況じゃないっぽいし。
慌ただしく準備を整え、玄関へ向かう。先生も。
「そこまで…見送る」
そうか…ついてきてはくれないし、できないのか。
底知れぬ寂しさと悲しさが湧き上がる。だが、ここで涙なんか流したら全てが水の泡だ。私は…この人のそばを離れられなくなる。ゴリ男君、モヤシ君のこと。シャルのこと。新しく仲間になった、リョウカとステラのこと。みんなのことを思うと、私のワガママなんか通せない。何より、こうして先生と一緒にいられるのだって、あの男の捜索があるからだ。その前提をひっくり返してしまえば、全てがリセット、ゼロからやり直しだ…
ドアを開ける。
今朝は少し涼しいのか、霧が濃く出ていた。この霧に紛れて、どうにかできる…かな…
アパートの階段を降りる。後ろには先生がすぐ近くにいるのを感じる。こんなに近いのに、今はとても遠い。
「クレハ」
名前を呼ばれた。先生がくれた名前で。
「戻ってこい」
「はい」
振り返ることができない。
「俺は…お前に…どうしても伝えたいことがある。お前が戻ってきたら、俺はそれを言うつもりだ」
「…私も…先生に…伝えたいことがあります。でも…今は言えない…それを言ってしまったら…私…」
「…ああ…分かってる…」
「それでは…行きますね…」
一歩。二歩。前へ踏み出す。その歩幅があまりにも小さくて、前に進まない。
「クレハ!」
「!?」
…後ろから抱きしめられた。
震えている。あの武人が。無敵の『舞』を繰り出す、あの天賦の武人が。
「…クレハ。約束…だぞ…」
「…はい…スティーズ…」
きつく抱きしめた腕がゆっくりと力を失っていく。そして私は…残念ながらその拘束から自由になってしまった。
また一歩。二歩。
「いやー、朝からお熱いですなー」
ドキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
…立ち込める霧の中から女性の声。この声…!
「よう! お二人ともおはようさん!」
「オランジェットぉ?」
「オランジェット先生!?」
「戒厳令もまだ開けてないこの時間帯に、なーにやっとるのかなー?」
「いえ! 何も!」
マズいマズいぞ。言ったそばからもう誰かに見つかってしまった! それがオランジェットさんなのは…神の采配か悪魔の審判か。
「お前は何の用だ!?」
「私はクレハちゃんに用があるのよー。とりあえず、アンタが出した外出届は外泊届に変更しておいたから。拘置所の守衛にもハナシ通してあるから安心しなー」
神…か?
「まー、まずはクレハちゃんには私の部屋へ来てもらうわ」
「はぁ? 何でだよ!?」
「だって戒厳令、まだ解除されてないからねぇ。そんなんで街ウロつこうもんなら即タイーホ。牢には戻れるけど、今度は出てこれないわよー?」
悪魔か?
「チッ…勝手にしろ!」
「ほんじゃ、スティーズ先生様の許可が出たってことでー。私の部屋へれっつごー!」
「ああ、あああああ」
私はオランジェットさんに手を引かれ…連行された…
◆
「まぁ、入って入ってー」
ここも独身寮なのか。でも男性用よりはちょっとオシャレ感がある。かつて私が入っていた寮よりも。
「あの…おじゃま…しますぅ…きゃっ!?」
オランジェットさんに背中を押され、ドーンと中へ。
そして
バタン ガチャッ シャッ
閉じたドアにはカギ、ご丁寧にチェーンロックまで。これは…逃げられない…逃がさないという意思表示か? まさに連行…された。
「さーて、座ってお茶でも、って言いたいとこだけど、まずは聞いちゃおっかなー。クレハちゃーん。彼の部屋でナニしてたのー?」
後ろから両肩を掴まれ、尋問が始まる。
「何って…何も…」
「ふーん……それで…彼は優しくしてくれた?」
「はい、とても…って?!?!?!」
しまった! これは誘導尋問?! 罠だった…うっかり口を滑らせちゃった…
「そう…良かった」
追求はこない。むしろ…優しく声を掛けられ、後ろから優しく抱きしめられた。
「でもねぇ、お茶の前に。クレハ。アナタはシャワーを浴びてきなさい。クサいわよ?」
今度は逆に、少し冷たく、きっぱりと言われた。
女性からクサいと言われる、この屈辱!
「え…私、汗くさいですかっ?」
「違うわよ。男の臭い。もっと言えば、青臭い生臭い、精液のニオイ」
!?!?!?
もう…返す言葉が…無い…
多分いまの私は恥ずかしさで顔ばかりじゃなく全身真っ赤っかだろう…どこかに穴は無いでしょうか?
「これから一緒に出かけるシャルロットって子、男の経験あるんでしょ? しかも濃厚なヤツ。そんな女なら、すぐにバレるわよ? 女はニオイに敏感だもの。あなたも分かるでしょ? そのくらい」
「…はい…」
オランジェットさんの方が何枚も上手だ。シャルのことは頭にあっても自分の発するニオイで、なんて考えもしなかった。
「あの…それでは…シャワー、お借りします…」
「うん。素直でよろしい! はい、じゃ、こっちねー」
と、バスルームへ案内される。
「使い方は分かるわね。ちゃんとマ◯コの中まで洗うのよ。指突っ込んでちゃんと掻き出しときな!」
なんてこと言うんだこの人は! でもそれが真実、だ。今だって、先生から出たものが下着にべっとり付いているのが分かるくらいだから…
◆
案の定、脱いだ下着はまるでオリモノが大量、みたいな有り様だった。それはそれはべっとりと。それだけ先生に可愛がってもらった、ってことではあるのだけど、今はそんな感傷に浸っている場合じゃない。目の前の問題をどうにかするのが最優先事項だ。
シャワーを浴び、それはそれは綺麗に洗った。ソコに自分の指を突っ込むなんて、まして中のものを掻き出すなんて…私の人生史では前代未聞だ。
「あの、上がりました…」
「おー、ごくろうさん。コーヒー淹れるから。ちょっと待っててね」
キッチンからオランジェットさんの声。
「いえ、お構いなく」
コーヒーの芳ばしい香りが部屋に満ちる。なんというか、朝の匂い、という感じ。
「あー、なにそんなとこでつっ立ってんの。座って座って!」
「はい…では失礼します…」
テーブルに着こうと前屈みになった時、視界の下にチラッと金属の輝きを見て、思い出した。そうだ、私はお礼も何も言ってない。先生のことで頭がいっぱいで…なんて礼儀知らずな人なんだ、私は。
「オランジェット先生。あの、このネックレス、オランジェット先生のものですよね?」
「おー、そうそう。使ってくれてたんだね。ありがとう」
「いえ、お礼を言わなければならないのはこっちの方です。ありがとうございました。今外しますんで」
「あー。いいっていいって。もらっておいて」
「え、そんな…悪いですよ」
オランジェットさんは私をまじまじと見る。
「…うん、やっぱり正解だったな。すごい似合ってるよ。似合う人に着けてもらった方がネックレスも幸せだろうから、使ってあげてよ。ね?」
「そんな…そ、それじゃいただきます…ありがとうございます。お洋服のコーディネートも素晴らしかったです。ありがとうございました」
「それは嬉しいね。あの朴念仁は何か言ってた?」
「いいんじゃないか、とは」
「うーん、少し反応があっただけでもヨシとするかー」
「そう言えばオランジェット先生って、昔は剣士だったそうですね。しかもとっても強かったって」
「彼から聞いたの?」
「はい」
「余計なことをぉぉぉ! …うん。まぁいいか。話してあげるよ、その辺のこと。じゃないとクレハちゃんに憎まれっぱなしかも知れないからねー」
「オランジェット先生を憎むなんて!? そんなこと!」
「でも嫉妬も憎しみのひとつよーん?」
「嫉妬だなんて…そんな…」
バレてるんだな。私の中のモヤモヤ。これの正体は嫉妬だ。先生とオランジェットさんの間に何かあるんじゃないかって猜疑心を消しきれなかった。こんなにお世話になっているのに…私の自己中的我儘には本当に辟易とする。
「昔ね、私も白騎士団で治安部の白服目指した一人でね、同僚にさ、すっごい強いヤツがいた訳よ。無口で、真面目で、融通効かなさそうで。面白いヤツがいるなって思ってさ、お近づきになろうとしたんだけど、とにかくヤツは剣のことしか頭になくてさ。この人の隣にいるためには、強くならなくちゃいけないのかなって。それで、まずはその人のことは置いておいて、私も剣に打ち込んだんだ」
…ヤツって…スティーズ先生のこと…やっぱりオランジェットさん…
「それで、強くなるためにはってことで【設定】も見直してね。それからはもう負け知らずでさ、モルドレン支部内で同期だと私とソイツ、2強状態でね…」
◆
エンディング曲 『私だけ(F)』
https://x.com/HanashioKikei/status/2013221745772376537?s=20
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