第七章 前夜祭の夜④
オープニング曲 『クレハの季節』
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気怠い時間が流れる。
彼は私の横で仰向けに大の字、私は大の横棒の一つに頭を乗せ、山のようにそびえ、ゆっくりと上下する彼の胸板をぼーっと眺める。
初めての経験。
それは想像を上回り、気持ちの良いものだった。
だが…満たされたのは身体だけではない。
心も、満たされている。
不思議だ。
それは肉体の快楽を得るだけのものと思っていたのに。
好きな男性…いや、あえて言ってしまおう、愛する男性との、肉体だけでない精神的交わりも、それにはあった。
それは彼が不器用だったから結果的にそうなったのではあるが、私が気持ち良いと思う場所、気持ち良いと思う所作を伝えることで私は自分が欲しいことを得ることができた。
また、行われている所作が私の望むものであれば、それを言葉で、または意図せず出てしまう声で、それが正解だと伝えることができる。
…シャルたちに聞かされたようなほどのものではないにしても。
多分、幾度とこの行為を重ねていけば、いずれ互いの望む行為は言葉を介さずとも以心伝心で伝わるのだろう。
その時には、心と身体が通じ合った、一塊の生き物のようになっているのかもしれない。
自分の右手を動かすのに言葉は要らない。
それと同じように、相手に求める言葉や所作が、思っただけでも伝わるような、そんな感じで。
オランジェットさんは、男と女は肌を重ねることで分かり合えることがあると言っていた。
言語化すればこんなにグダグダと長くなるのに、交わり合うだけで分かり合えるなんて…
そうか。
身体を重ねるって、楽しいものなのだな。
私は頭でっかちだった。
ふと、甘えてみたくなった。
その胸板によじ登って、彼の顔を覗き込む。
「…どうした?」
「…何でもないです。ただ、お顔が見たくなっただけ…」
「ふ…おかしなヤツだ…」
そう言って頭を撫でてくれる。
「…はい…」
あぁ…気持ち良い。
性器に触れられているわけでもないのに。
うっとりとして胸に貼り付く。
甘えた甲斐があった。
「…大丈夫か…?」
「ぅん…? 何がです?」
「その…とても痛がっていたから…」
「誰だって初めての時ってあるのですよ? 女性は、初めての時って痛いものなのです。だから、それは…あなたが私にとって、初めての男性だった証、でもあります」
「そうか…光栄だな… …その…気持ち…よかった…のか?」
「はい…とっても…気持ちよくしていただきました。あなたは…どうでしたか?」
「ああ…よかった。とても…」
なんとも淡白な感想。
でも、普段が普段だけに、正直な感想を述べるのが照れくさいのだろう。
「よかった…うれしいです…」
一方の私は、そんな無骨なこの人から肯定の感想をもらえたのだ。
女性としての役目を果たせた、達成感のような気持ちが満ちる。
「クレハは…すごいな…」
ん?
「お前はこんなに柔らかい体なのに…コーヒーが美味くて、料理が美味くて…剣も達者だ」
コーヒーと料理に身体の柔らかさは関係ないと思うが…それでも、こんな時でさえ武術の話。
さすが武人、だな。
「剣は…それほどでもないですよ?」
「お前は自己評価が低いな…脚を切られる数手前、俺は追い詰められていることに気付いた。そこから切られるまで…鮮やかだった…」
「その…本当に申し訳ありません…」
「だからなぜ謝る。俺は切られた瞬間、痛みよりも喜びが湧いたんだぞ? 少なくともあの瞬間、お前は俺を超えた」
「またまた…そんな」
「お前は師の言葉を信じないのか?」
「いえ、そんなことは…私はまだまだです。いつまでもあなたの後を追って、いつか華麗に『舞』えるようになりたい…」
「それはそう遠くないさ…」
ずっと髪を掻き撫でられている。
気持ち良い…溶けてしまいそう…
それに、こんなに褒めてもらえるなんて…
でも、まだゴールじゃないって分かっているから。
私は、そのゴールに今、抱かれている。
「…こんなことになるとは思わなかった…」
「…てっきりそのつもりでお誘いされたと思ってました」
「そんなわけが…しかし、お前を見ててな…堪えられなくなった…俺はまだまだ修行が足りん」
「あら、それは違いますよ?」
ひょっこり身体を起こし、顔をぐっと彼の目前へ近づける。
「ん?」
「むくつけき武人ですら惑わせるほど、私が魅力的だったってことですよ!」
「ハハハ、言うなぁ、お前。しかし、そうかもしれん。 …クレハ。お前は…美しい」
「…え」
この人の言葉はいつも飾りがない。
それだけに言いたいことがストレートだ。
そんな人に美しい、って言われた…
「顔も、身体も。剣を構えた姿も、みんな美しい」
「…なんだ、結局武術の話ではないですかぁ。もぅ…」
「ん? 不満だったか?」
「いえ…美しいなんて言われたの、初めてで…照れますね」
「本当のことだ。そんな美しい女性に俺みたいな剣術バカが触れて良いものか、迷った…」
「もう…私は床の間に飾る装飾刀じゃありませんよ? ちゃんと実用品です。現に今もこうして…あなたに抱かれているではありませんか」
「夢みたいだ…」
「夢ではありませんよ? なんならもう一度お試しなさいますか?」
私はそっと手を伸ばし、彼の象徴のご機嫌を伺ってみる。
「…いいのか?」
「いいも何も。あなたが私を現実の藤枝クレハと認めてくださるまで、何度でも…」
うん。元気。
「…クレハ」
「スティんグぅム」
私は彼に累なり、唇を重ねる。
キス。
それは、始まりの合図。
そして。
私の中へ迎え入れた。
もっと、私を知って欲しくて。
もっと、あなたを知りたくて。
◆
それから幾度かの交わりを経て、むくつけき武人は眠りについた。
今は私の横で寝息を立てている。
私は彼の腕枕。
それから不意に抱き寄せられ、腕の中へ。
この太い腕で護られているという安心感。
男に護られることに喜びを感じるのが女なら、私は間違いなく、女、だ。
ふと見上げた濃紺の夜空。
月は少し西へ傾いていた。
エンディング曲 『私だけ(F)』
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