第七章 前夜祭の夜②
オープニング曲 『クレハの季節』
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「おう、スティーズ君。大変なことになった。戒厳令が出とるぞぉ」
〈何だとッ?〉
「戒厳令だよ、戒厳令。この日没から明日日の出までの夜間、一般市民の外出を禁ずる、だってさー」
〈お前、もっと早く言えよっ!〉
「私だってさっき聞いたばっかりだもーん」
〈チッ…やっぱり、例の暴動の関係か?〉
「まぁそうだろーねー。ホントなら今夜は前夜祭だったから、祭りに託けて暴れられちゃ困る、ってことでしょう」
〈俺の出動要請は?〉
「あるならとっくに連絡行ってるでしょうに。蚊帳の外だからお呼びがかかんないのよ。まぁそもそも君は『名誉の負傷』をしてる訳だし」
〈茶化すな〉
「ああ、ゴメンゴメン。ともかく今夜はお家で大人しくしてなー」
〈いや、俺はともかく、コイツは。クレハはどうする?〉
「どうもこうも無いわ。彼女は一応君の部下って扱いになってるけど、基本的に一般市民だからねー。お外、ゲ・ン・キ・ン」
〈チッ。参ったなぁ〉
「ん? なんか参っちゃうようなことが?」
〈あ、いや、こっちの話だ〉
「あとはー? なんか質問あるー?」
〈いや、大丈夫だ。なんかあればまた連絡くれ〉
「はいよー。じゃーねー。がんばってねー」
〈がんばってって、な〉
ガチャン
「はい連絡終了、っと。 …あれでバレてないとでも思ってるのかね? まぁ彼らしいけど。まぁ…がんばりなさい。二人とも…」
◆
カチャン…
「参った…」
受話器を置いた彼の表情が固い。
「どうかしましたか?」
正直…私はオランジェットさんから、というところで引っ掛かっている。
「スマン、クレハ。お前を帰す訳にはいかなくなった…」
神妙な顔付きの先生。
「…何か…あったんですか?」
「白騎士団から戒厳令が出た。日没から日の出までの外出を禁ずる、と。外の暴動がどうにもならず…知ってたか? 明日は夏至祭なんだ」
「あ、そうか、そんな時期なのか…って、だったら今夜は前夜祭じゃないですかっ!?」
何度も経験があるわけではないが、モルドレンでは、というかどこの街や村でも、夏至の頃にはお祭りが催される。モルドレンではその前日を前夜祭とし、いつまでも真っ暗にならない濃紺の夜空の下、一晩中大騒ぎをするのだ。転生して初めての前夜祭は、まるで夢の中にいるようだった。色とりどりのイルミネーションが灯され、さまざまな出店も並ぶ。普段口にできないような、美味しいもの、珍しいものなども食べられたりする。だから、それこそ街中の人々が外に出ているのでは?というくらいにごった返す。言うなれば、夏のクリスマス。冬はとっても寒く、雪も積もるので外に出づらい分、夏にドーンと盛り上がるのだ。
そんな夜に戒厳令とは…。日没から日の出まで、ということは、前夜祭の始めから終わりまで、ということだ。みんな楽しみにしていただろうに…もしかして…私たちが前夜祭で準備していた何かを壊してしまったりしたのだろうか? それで怒りが…
「まぁそれで祭りを理由に暴れられても困る、ってことでな」
「…先生…私は誰にどう謝ればいいのでしょう…」
「あぁ?」
「だって! 私たちが街をっ! モルドレンを壊してしまったからっ! それさえ無ければ…こんなことには…」
「だから、そうなんだけどそうじゃないんだ! ヤツらが暴れているのは、そこが原因じゃないんだ!」
「でもっ! でもっ!」
「でもじゃねぇ! 落ち着け! とにかくお前は背負い過ぎだ! 俺がついている! オランジェットも味方だ! 何もかも全部をお前が背負う必要はないんだ!」
私は両肩をがっしりと掴まれ、激しく揺さぶられた。
「あ…す、スマン…」
「…いえ…大丈夫です…」
「と、とにかく、お前を部屋に帰してやることができなくなった…ということなんだが…大丈夫、か?」
「はい。大丈夫です」
何が大丈夫と言われたのか、分からない。
何をして大丈夫と言ったのかも、分からない。
でも、それが何なのかを聞き返したりはしない。
何があっても。
私は大丈夫だ。
なぜ…?
…ウソ。
私は知っている。その先のことを。
この先に起こるであろう出来事。
それが起こっても、私は冷静でいられる。
覚悟。
そんな言葉が、一番近いかもしれないが、少し違う。
何か出来事を受け止めることを覚悟というなら、私の中ではその出来事は、起こるべくして起こる。まるで昔から決まっていたかのように。
だから、私は普段通り。
だから、今ここで彼と一緒にいること自体、全くもってそのことを落ち着いて受け止められている。
彼がテーブルに着くのを手伝い、また私はその反対側へ座る。そして。
沈黙が流れる。それこそ、何も話題が無い。
「クレハ」
「は、ハイっ!?」
沈黙を破り名前を呼ばれ、少々驚いた。
「晩メシ、どうするか?」
…やはりこの人は武人なのだ。緊張がほぐれる。しかし、武人なればこそ、食事は大事なのかもしれない。
「戒厳令っていうから出前も取れねぇな。それじゃいっちょ、俺が何か」
と言って立ち上がろうとする。慌てて這い寄り、取り押さえた。
「座っていてくださいっ! もぉーっ! どうしてケガをしているのに動こうとするんですかっ!?」
「いや、だってよぉ…」
「だってじゃないです! 私がやりますから!」
「で、できんのかっ?!」
「舐めてもらっては困りますよ! 任せてください!」
そう言って私は颯爽と立ち上がり、キッチンへ入った。
「あちこち開けさせてもらいますね」
「構わんよ。大したもんは入ってないがな」
冷蔵庫。戸棚。それと思しきところは皆開けたが…ほんとに…大したものが無いなぁ…独り身の男性ってこんなものなのかしら?
「…あの…先生。普段どうやって生きてらっしゃるのですか…?」
「どうって…朝昼晩はだいたい支部舎の食堂で、非番とか休暇はだいたい外で食って来るな。こないだちょっと買い物した後だから、まだ入ってる方だぞ?」
これで…文句を言っても仕方ない。とにかく食べられるものを探し出そう…
…食料捜索隊の努力虚しく、見つけたのは生卵とウィンナー。だが乾麺のスパゲッティがあったのは幸いだ。あとは調味料で、なんとか。まず驚きなのは炊飯器がなかったことなのだが。本当に外食中心なのだな。そういえばお昼のお弁当。3日間とも茶色かった。武人たる者、そうでもないと腹が保たないのだろうが、野菜も摂って欲しいと思う。
ともかく先ほどの材料でなんとか食べられる物を作ってテーブルへ。そして彼と向き合ってお食事。
「すげーな! 美味そうだ! いただきます!」
パンッと手を合わせると箸で。そう。フォークが無かったのだ。出来上がったものも、お昼のお弁当と色彩的になんら変わらぬものなのだが。
「美味いッ!」
とても高評価。
「これ、支部舎の食堂より美味いぞッ! …お前…凄いなぁ…」
褒められた。大袈裟過ぎやしないか?とも思うが、褒められれば素直に嬉しい。剣技とどちらが?と言えば、剣を褒められる方が嬉しい。料理はできて当然!と思うが、剣技は努力した結果だから。その努力も含めて褒められたと思うと喜びも増すのだ。
…前言撤回。この人はとても美味しそうに食べる。口いっぱいに頬張り、ムシャムシャと食べている様子を見ると、褒められた喜びがクレッシェンドする。あれ? 自分が作ったものを美味しそうに食べるのを見て嬉しいなんてこと、あっただろうか? ロッジの時はみな無表情だったから。不思議な気分だ。
「ごちそうさま! あー、食った食った!」
山盛りで盛りに盛ったスパゲッティがあっという間に消えた。さすが男の人だ。自分で作ると自分の量も調整しやすい。なので、私は相応の量で。
そして一緒に食事というのは何か安心でもするのか、話しが弾んだ。
「クレハは趣味とかあるのか?」
と聞かれたところが始まり。私の趣味は読書だった。一方、彼は本はからっきしだったそうだ。同じ本を読んでいれば、感想会ができたのに。残念。逆に彼は剣道一筋だったそうだ。死ぬまで、そして死んでも剣一筋。武人らしい。
その武人は、とにかくじっとしていてくれない。
「お! そうだ、食後のコーヒーがないな。よし、俺が淹れてこよう」
「いや、だから座ってて」
「いやいやー。お客様をもてなさないとな。どれ、よっこいしょ」
と立ち上がった。大丈夫だろうか? …そして、刃物で切られベロンベロンになったジャージの穴から包帯が見える。少し、胸が痛む。
「まぁあれか。夏なのにホットってぇのもな。氷入れてアイスコーヒーにしよう。どうだ?」
「はい、私もそれで」
そして彼は両手にマグカップ、危なっかしい足取りでキッチンから出てきた。この人がマグカップを持つ姿は郊外演習を思い出すな、などと思い出していると
「?! おっと!?」
とつまづいた。
咄嗟に私は立ち上がり、彼の身体を支えようと試みる。
が、すでに倒れかかっていたこと、さらに筋骨隆々の男性の身体はとても重い。
まして私よりも大きな身体なのだ、支えきれなかった。
私は冷たいのか熱いのかよく分からないコーヒーを身に浴びて、彼の身体の下敷きになった。
彼の身体の重さがのし掛かる。
しかし、支えるのは大変だったのに、今、こうして上に乗られても、不思議と重さを感じない。
いや、感じるのか。
それは命あるものの重さ。
そして…温かさ。
「だ、大丈夫かっ?!」
心配するくらいなら立ち上がらなければ良かったのに。
でも。
「大丈夫です」
と身を起こす。
「あッ! 服脱げ! いや、脱ぐな! いや、火傷するかもしれん、脱
「大丈夫、です」
私は白いカットソーを脱ぐ。
白いカットソーはコーヒーを浴び、色が付いている。
でも、それは些細なこと。
当然のように、キャミソールにもコーヒーは染みている。
だから。
「…クレ…ハ…?」
「…大丈夫…です」
キャミソールも、脱ぐ。
「お前…何を…」
ブラは無事だったようだ。
でもスカートが。
だから。
「……大丈夫です…」
脱いだ。
今。
私は、彼の前で下着だけの姿。
「クレハ…」
私は、ガサツ、と言われた武人の目を見つめる。
「…大丈夫です…」
見つめたのに…ほんの少し、目線が合わない。
この厳つい武人の目は、私のある一点を見つめている。
だから。
私は、そっと、目を閉じた。
「…大丈夫… …です…」
軽く、口を突き出す。
少しの間ののち。
唇に、熱く、柔らかな感触。
察知した私は、微かに唇を開き、それを迎えた。
くちづけ。
生涯、そして死んでからも、初めての。
熱い吐息を味わうと、唇のその先にあるものを求め、舌を差し出す。
それは彼も同じだったようで、お互いの舌が触れ合っている唇の辺りで出会った。
そして絡み合う。
私は彼に強く抱きしめられた。
痛いほど。苦しいほど。
それなのに。
喜びが湧き上がる。
強く、強く、抱きしめられるほど、それは強く湧き上がる。
もう片方の手で、髪を鋤き撫でられる。
気持ちいい。
髪は他人にブラッシングされても気持ちいいものだが、それとはまた違う感じ。
後ろへ、後ろへと撫でられ、耳が露わになる。
それまで髪の下にあった耳が空気に触れ、微かにひんやりして心地良い。
そういえば、【設定】のオンオフで、彼に耳を触られくすぐったかったっけ。
違う。
あれは気持ち良かったのだ。
耳を触られて気持ちいいなんて、初めて知った。
そうして、お互いの唾液を交換するように絡みついたあと、そっと唇は離れる。
離れるのを惜しむかのように糸を引きながら。
「クレハ…」
「…シャワーを…浴びてきます…」
「…ああ…」
男の人のお家でシャワーを浴びることの意味。
私は、知っている。
浴びた後、どうなるかも。
でも、不思議と落ち着いている。
どうしてなんだろう?
これから何が起こることになっているのか。
知っているのに、怯えるでなく、ワクワクするでもなく。
ただただ、落ち着いているのだ。
バスルームから出る。
念の為、もう一つ持ってきたものが役に立つとは。
お気に入りの下着。それも上下セットの。
それなのになかなか着ける機会がなくて。
濃紺の生地に、白と金色の刺繍。
ああ、まるで今夜の夜空のようだ。
いつまでも沈み切らない太陽のせいで、空は深い青のまま。
それでも星は瞬いて。
偶然なのだが、なんだか嬉しい。
そして、このまま、というわけにもいかないだろう、彼には寝間着と思われてしまったシャツと短パン、そしてパーカーを羽織る。
そして部屋へ。
「…俺も浴びてくる」
「お手伝い、しなくて良いのですか?」
「ああ。大丈夫、だろう」
彼の右手にはビニール袋。
なるほど。
エンディング曲 『私だけ(F)』
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