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第七章 前夜祭の夜①

オープニング曲 『クレハの季節』

https://x.com/HanashioKikei/status/2013089880767598755?s=20

ツイッター(現X)にて公開中

バンッ


「ハァッ ハァッ ただい ハァッ ま ハァッ もどり ハァッ ましたッ! ハァッ 」

 ともかく急いで荷物をまとめ、急いで戻ってきた。

「…まぁそんな慌てなくても…大荷物は逃げられないんだから」

「もはや物扱いか…」

「それで?! 私は何をどうしたら?!」

「まぁまぁそんな慌てなさんなって。よし。それじゃ立って!」

「お、おう」

「はい、それで次は…クレハちゃん、こっち来て、スティーズ君を支えて」

「はい!」

 …今、『スティーズ君』って… …やだなぁ…モヤモヤする…

「で、あなたは、と、これ。クレハちゃんの荷物、持ってあげて」

「お、おう…」

「ハイ、完成。まぁスティーズ君も全く歩けない訳じゃないし、ひっくり返らないように支えてあげるだけで良いから。でも階段は気を付けてね。彼の部屋、2階だし」

「はい…それでは先生。行きましょう」

「ああ、スマンな。…ちょっと待て!」

「は、はいっ! なんでしょう?」

「【設定】凍結してねぇ。それじゃ外に出られんぞ」

「あ…!」

 そうか。そうだけど…

 ここで?

 なんか…やだなぁ。こんなところで…オランジェットさんのいる前でなんて…

 やましいことしてるわけじゃないのに、なんだか…ヤダ、な。

「ちと耳よこせ」

「はい…お願いします…」

 先生のやり易いように頭を少し倒し、耳を差し出す。

 また…先生の指が耳を摘む。

「ンむぅ…」

 ピッ。凍結はできたけれど、また声が出ちゃった…

 微かに視界がボヤけている。

 あ! そうか。メガネは【設定】だから凍結されちゃうと無くなっちゃうんだ。

「ほほぅ」

 何やらオランジェットさんがニヤニヤしながらこっちを見てる気がするんですけど。

「よし。これでいいぞ」

「あの、それではオランジェット先生。失礼いたします」

「ドアは閉めとくからそのままで良いわよ。そんじゃ、ガンバってねー。ばっははーい!」

「はい…」

 …やだなぁ私…あんな素敵な女性(ひと)にモヤモヤするなんて…



 エレベーターで1階まで降り…本来なら私は正面入り口から出入りできる立場ではないのだが、裏口をこの状態では出られない。ごめんなさい! 緊急事態! と心の中でつぶやいて、こっそり通させてもらう。それにしても…ここまでほとんど誰ともすれ違わなかった。先生が質問攻めにあったりするのは嫌だったから助かったが。

 あ…!

「あ、あの、シャワーとか浴びてないんで、汗臭かったりしたら、すみません…」

「そんなこたねぇ。俺こそ朝から汗っかきなまんまだから。クセェかもしれんぞ? 自分のニオイなんか、分からんがな」

「いえ、別に」

 私も女性であるからには生理的に合わないニオイというものはある。でも、先生の匂いは大丈夫。むしろ好きなくらいだ。なんでだろう? 安心する。心が落ち着く。

「重くないか?」

「いえ、大丈夫です」

 重い。それは、重くて運ぶのが辛い、というわけでなく。この人の、先生の重さ。概念とか想像とかじゃない、リアルな人としての重さ。それを今、私は背負っている。

「まぁ寮ったってすぐそこだからな。そこ、階段昇って」

「はい」

「ここだ。ちょっと待ってろ」

 マンション…ではない、むしろアパートといった感じの建物。頑丈そうな鉄の扉があり、いま先生はポケットからカギを出し、鍵穴へ挿し込むと、捻り回してロックを解いた。

「ドア、開けてくれるか」

「はい」

 先生を支えているとは反対の手でドアを開ける。

「開きました。どうぞ」

「ああ、スマン」

 とっとっと、と、ケンケンで先生は玄関へと入る。

「あ…その…どうだ。ここまで連れてきてもらった礼に、その、お茶でも。飲んでいかないか?」

 ………………。

 なんだろう、この落ち着き。

 今、男性の住まう部屋の中へ、招待されている。

 その意味。

 私は、知らない訳ではない。

 むしろ、よく知っている。

 無論、そんな経験は、無い。

 これが初めてだ。

 でも…小説で、読んだことがある。

 招待された、理由。目的。

 私は知っている。

 それなのに…なんだ、この落ち着きは。

 心臓は高鳴っている。

 それでも心は…まるでベタ凪の海のように、穏やかだ。

 単純に。

 今は…無性に先生のそばに居たい。

 だから。

「はい! お邪魔いたします!」

 快く(うべな)う。

 ありったけの笑顔と共に。



「まぁ何にも無いところだが、くつろいでくれ」

 ほんとに何も…無いわけでもない。

 床のあちこちに転がる、バーベルやらなんやらの筋トレグッズ。

 部屋の真ん中には…こういうのをちゃぶ台、というのだろうか? 小さな丸いテーブルが一つ。

 畳敷きの和室。

 居間とキッチンは別。

 玄関からいま通ってきた通路の途中にドアが二つ。多分、トイレと風呂場。


 そして、窓際にベッドが一つ。


「まぁそこにでも座ってくれ」

 と、テーブルの端を差し示される。座布団も無いのか。本当に、男性のひとり暮らしなんだな。

 その反対側に彼は座る。が。

「おっと、お茶って言っといて淹れてねぇ。ちょっと待ってろ」

 と言い、立ち上がろうとする。

「待ってください、そんな脚で! 私がやります!」

「いや、でもよぉ…」

「デモもストもないです! 座っていてください。お願いします」

「あ、ああ。うん…」

 ちょっと強く言ってしまった気がした。でも最後の「うん」は、なんだか可愛い。

「あの…お茶って…緑茶とか紅茶とか無いんですか?」

「ああ。コーヒーしかない」

「コーヒー…」

 …インスタントだけ、か。贅沢を言いたいわけではないのだが、せっかく先生と一緒の時を過ごすのだ、せめて何か、と思う。まぁ、男性のひとり暮らしというのはこういうものなのだろう。

 それを流しの上の棚からカップ2つ取り出して注ぐ。カップもどう見てもお揃いではない、マグカップ2つに。

「はい。お待たせしました」

 当然お盆もないので、マグカップの取っ手鷲掴みで持ってきて、テーブルに置く。

「どうぞ。って、お砂糖とミルクは?」

「無いからいい。っていうか、使うんだったか?」

「いえ…それなら…」

 こういう…ものなのだな。

「ん? なんだこれ?」

「え? どうかしましたか?」

 たかがインスタントコーヒー淹れるだけで、私は何かミスでもしたのか?!

「あ、いや…美味い」

 え?

「あの…気のせいでは…」

 だってインスタントコーヒーだよ?

「うーん、そうだろうか? なんか味が違う気がする…お前、コーヒー入れるの上手いな」

 インスタントコーヒーで褒められた。

「そんなことは…」

 謙遜ではなく、ほんとにただのインスタントコーヒーだもの…

 それにしても…道場ではあんなに楽しくお話しできたのに、急になんだか…

 何か話題はないか?

 そう思っているところ、先生の方から切り出してくれた。

「今日一日もあと数時間で終わりだ。早いもんだ…一日が終わるってのは…」

「ほんと、そうですね。一日が充実していると、なおさらですよね」

「充実、してたか?」

「はい。多分、こっちの世界へ来てから、一番」

「そうか…」

 …続かない。ほんとに武人なんだな、とつくづく思う。

 それに…こんなしんみりした話をしたい訳ではない。

 明日はここモルドレンを離れる日。せめて楽しい思い出を胸に旅立ちたいと思う。

 だから、最後まで笑顔でいたいのだ。

「なぁ……クレ


ピロロロロロ ピロロロロロ ピロロロロロ…


 先生が何か言い掛けたところで、電話の音。

「ふうっ。しゃあない!」

「あ、お手伝いを」

「せんでも、このくらいは大丈夫だ」

 と、匍匐前進で電話へ向かい、壁伝いで立ち上がる。

 私も立ち上がり、先生が転んだりしないよう、側へ。

 それでも、電話の声が聞こえないくらいの距離で。

「はい、ヴァンフォード。あ? オランジェットか…何だとッ?」

 …オランジェットさん、から?



エンディング曲 『私だけ(F)』

https://x.com/HanashioKikei/status/2013221745772376537?s=20

ツイッター(現X)にて公開中

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