第五章 「友」の目醒め④
オープニング曲 『クレハの季節』
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拘置所前に着く。
「それではまた明朝、迎えに来ます」
と、拘置所入り口で警護の方は帰って行った。ここからは一人で中へ入っていいってこと、だろう。随分と扱いが緩和されたものだ。
牢へ続く短い階段を下りると、人集り、というのは大袈裟だが、3人。いつも見る拘置所管理人の方と、おそらくは治安部の方。それと白衣の…
「オランジェット先生?!」
「おや、クレハちゃんお帰り」
その人集りはシャルの部屋の前。
「あの…シャルが…どうかしました…か?」
胸騒ぎ。何しろ形態亡失でヒトとしてのカタチを失っているのだ。その先に何があるのか、何が起こるのか私は知らないから。
「ああ、ちょうどいい。ちょっと、彼女を確認してもらえるかな?」
彼女? そこに誰かいるのか? シャルではないのか?
鉄格子前に立つ。
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッ?!」
驚き過ぎて声が出ない。
そこには、黒いサラサラとしたストレートヘアの少女が正座していた。
「…誰…?」
そう聞かずにはいられない。
「…シャルロット=ポワールです」
シャル?! これが…シャル?
だって…顔が…ハムスターじゃ、ジャンガリアンハムスターじゃ、ない。
「だって…あなた…顔が…」
言われて気付いたか思い出したか、シャルロット=ポワールを名乗る少女は自分の顔を髪を弄る。
「え…アタシ…ジャンガリアンハムスター…これ…人間の…」
いま初めてそうなっていることに気付いたようだ。そしてその顔、初めは驚愕。それも段々と崩れ、泣き顔へと変幻する。
「これ…そんな…今頃…なんで…う、ウウ、ウワァァァァァァァァ」
大声で。涙を流すことを厭わず、ボロボロと。
「ねぇクレハちゃん。この子は、ホントにシャルロット=ポワールで間違いないのかしら?」
当然の疑問だろう。ここに運び込まれてきた時には頭がハムスターの半獣人だったのだから。
写真の撮れないこの世界では、人相は言葉で表される。当然、彼女の場合には「ハムスター(ジャンガリアン)」などと表記されるはずだ。それがいつの間にやらヒトの顔となっていれば、他の誰かと入れ替わったのか?と疑われても仕方ない。
「自信は無いですが…ねぇ、あなたがシャルロット=ポワールだということを証明したいから、幾つか質問に答えてもらえるかしら?」
「グズッ グズッ …はい…」
「あなたは何号室?」
当然ロッジの話なのだが、これで意味が分からないなら別人だ。
「…5号室です」
「このモルドレンに入る朝、私が用意した朝ごはん、憶えているかしら?」
「…パンと目玉焼き、ベーコンを焼いたもの、飲み物はいつものコーヒーでした…でも、アタシはそれをあまり食べず、残して…申し訳なく思っています…」
言ってることに間違いはないが、なぜ敬語? そこは引っ掛かるけれども。ましてごはんを残した程度で謝罪など。
「…オランジェット先生。間違い無いようです」
「そう…何か話したいことがあれば。私たちはちょっと席を外すから。みなさん、行きましょう」
オランジェットさんを先頭に、私が先ほど下りてきた階段を上がっていった。今この牢のフロアは、いわば旧ハルキチームのみとなった。
「カヱデ様」
…様?
「アタシを、一緒に、連れて行ってください…」
土下座…?!
高飛車で、気位が高い、あのシャルが?!
私に三つ指着いて、土下座。
「連れて行くって…ハルキを探しに?」
「…はい」
「聞こえていたのね…」
「…はっきりと、ではないですが、どこからかカヱデ様の声が聞こえて…来ました」
この子と出会ってから今までの、様々な思いが、心に去来する。
そして…被虐心が刺激される。
「私と、一緒に?」
「はい」
「散々な思いをさせた、私と?」
「はい…申し訳ありませんでした」
もうすぐ夕刻を迎える牢だが、通路の照明がまだ灯らないので、薄暗い。
小さな窓から取り入れられた、僅かな夕陽の紅で、牢内が辛うじて見える程度。
だから、シャルがどんな顔でこんなことを言っているのか、見ることはできない。
まして土下座をしているのだ、額が地に付かんばかりに。
私から見えるのは彼女の後頭部だけ。
しかし。
「顔を上げなさい」
それが見間違いでなければ。
「冗談じゃないわ」
彼女の顔からは無数の水滴が滴り落ち、コンクリート製の乾いた地面を濡らしている。
「…え…?」
微かに期待したものを取り上げられて、失望の支配の元、小さな希望が消え行く、落胆と驚愕の混じった声。
「あなたは、私と同じ。あの男に、ハルキに非道い目に遭わされた者同士」
「…」
「私と一緒に行きたいという人が、私に『様』なんか、付けない」
「…」
「だから、私と一緒に来るというなら、『様』なんか、付けないでほしい」
「え…」
「そして…私はもう、『カヱデ』じゃない。私は生まれ変わったの。私はクレハ。藤枝クレハ。だから、シャル。あなたは私を、こう呼びなさい。クレハ、と」
「…ク、レ、ハ…」
「そう、私はクレハ。あなたの友人のクレハ。一緒に。彼を探しましょう。シャル」
「ク…レ…アアッ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
彼女は、アレをしている時をはるかに凌ぐ大声で、泣き、叫んだ。
鉄格子に縋り付くシャル。そのシャルに、格子の間から手を差し込み、抱きしめる。
シャルが、何を思ってあの男を探しに出るのか、会おうとするのか、それは分からないし、知らなくてもいいことだと思う。だから、【魂の観察者】で心を覗き見ることも、しない。私は、モヤシ君やゴリ男君の身が解放されれば、それでいいのだから。シャルの身は、彼女自身に決めてもらおう。あの男と深い関係を持つ者としての立場で。
コツコツと靴の音。オランジェットさんたちが戻ってきた。
「まぁあれだけ大声で泣かれちゃ聞こえちゃうから。ごめんね」
「いえ…それで、私はシャルロット=ポワールを、反町ハルキ捜索隊の一員として連れて行こうと思います。申請はどうしたらよろしいでしょうか?」
「まぁその辺は私がやっておくから。でも…いいの?」
「はい。多分…私も女だから、でしょうか…」
「…なるほど。正当な理由ね。あ、お届け物は部屋に入れておいたから」
「あ、はい。ありがとうございます」
「シャルロット=ポワールの分も、今日中は無理でも明日朝には。それと、彼女にはこれから取り調べに応じてもらうけど、いいかしら?」
「私は別に…シャル。大丈夫?」
「…はい」
「ねぇ…そんな返事、しないでよ。私の調子が狂っちゃう。それで、聞かれたことには、正直に答えて。それは、お互いのために」
「はい…うん、わかった…」
「それじゃ、クレハちゃんも、自分の部屋に入ってくれるかな?」
「はい。お手数かけます」
「まるで犯罪者ね」
「いえ、そうですから」
「うーん…あんまり自分を責めちゃダメよ?」
「はい。ありがとうございます」
私が自分の部屋に入って間も無く、警護の人が2人。シャルを連れて行った。私は今日持ち出した荷物の整理、それから、追加で入れられた荷物を開ける。久しぶりに見る、自分の洋服たち。これらを見るだけでも、自分の女性としての自覚というか自我というか、そういったものが目覚めるような感じだ。そして、荷物の中に、まるで誕生日プレゼントのような包み紙。多分、オランジェットさんの仕業だろう。全く、素敵なことする女性だ。こんな心遣いができる女性に、私もなりたい。見倣うところが多いな。任務が終わったら、いっぱいお話ししたい。お話ししたい人がいっぱいだな、私は。
それで、包み紙を開けてみる。
ほぉぉ。そう来たかぁ。でもこれは…私、持ってたっけ? まさかオランジェットさんが? 明日、確認とお礼をしよう…また保健管理室来たのか、ってイヤミ言われそうだけど。
エンディング曲 『私だけ(F)』
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