第五章 「友」の目醒め①
オープニング曲 『クレハの季節』
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この部屋で迎える、3度目の朝。
とてもよく眠った。横になってから何秒かかったか。それからいま目覚めるまでの記憶は無い。ほんとにぐっすり。
昨日、身体をとてもよく動かしたというのはもちろんある。でも同時に自分の持ち物を身に纏っていて、気持ち的にリラックスできていたから、というのもあるんじゃなかろうか。
朝食を済ませ、身支度を済ませると、鉄格子が開けられる。今日から支部舎の道場まで一人で行っていいと言われている。手錠も掛けられなかった。信用されている。ならば、この信用を裏切らない行動を取らねば、と逆に緊張したりもする。
それにしても…先生にお会いするのに何を着れば良いのか、困った。拘置服であれば迷うことも無いが、最小限の生活服程度では選びようが無い。仕方なく、Tシャツに短パン、パーカーと、寝間着と大して変わらない物になってしまった。こんなラフな服装で先生に失礼では無いだろうか? もっともこんな悩み、生前、学校へ行っていた時以来か。制服ならそれしか選びようが無いが、私服となると悩む、みたいな。少し懐かしい気分でもある。
裏口も顔パスで通り、道場へ。
「おはようございます!」
元気に挨拶。これから剣の稽古をつけてもらうのだ、萎れていてはダメだろう。
「な…なんだぁ? その格好は!?」
叱られた。朝一番で。
「申し訳ありません! このようなラフな服装で! しかしながら、昨日部屋に届いた荷物の中ではこれくらいしか選びようが無く!」
「あ、ああ、そうか。うーん、分かった。もう少し何とかならないか言っておく。まぁ、その、なんだ、何というか、もう少ししっかりした格好をしなさい」
「はい! 申し訳ありませんでした!」
と頭を下げる。
だってここは道場ですものね。神聖な場所。先生にとっては職場でもあるわけで。近所の小娘が遊びに来た、みたいな服装では、やはり。
「まぁともかく準備をしろ。って、そうか、解除は俺か。ちょっとこっち来い」
「はい」
先生の元へ駆け寄り
「耳貸してみろ」
「はい」
左耳を差し出す。
先生のゴツい大きな手が耳をつまむ。
あ。
ピッ。
封印具に触れ、解除の音。
やはり、くすぐったい。
◆
ストレッチを終え、騎士服を【設定】する。これも変えたいが…どうして良いか分からないので、今は保留だ。
「今日はとりあえずそこにある武器一通りと模擬格闘だ。昔の研修の時にもやってはいるが、大剣と薙刀では捌き方に当然違いがある。ソイツを身体に叩き込んでおけ!」
「はい!」
「レイピアは昨日やったから、ちょっと趣向を変えて…うん、こんなので行ってみるか!」
武器選びをしている先生は楽しそうだ。
選ばれた武器は、斧。道場にあるのは中型クラスと言ったところのサイズ。無論、鉈程度の物ではなく、太い丸太を叩き割るほどの大きさ重さがある。
「さすがにこのサイズじゃ、対応を間違えれば刃引きとは言え大怪我だ。まずはどう対応するか、考えろ。その考えを聞いてから、実際にやってみる」
「はい!」
いきなり始めないところは昔と変わらない。考えてから行動。そしてそれが考えないでもできるくらい、繰り返し繰り返し、練習するのだ。時には手を止め、頭でイメージを組み立ててから、ということもある。
◆
壁のものを一通りこなしていく。槍のような長物相手もこなした。
「それじゃぁ昼メシ前のラストはコイツで行ってみるか」
大剣。
それは昨日までの私の武器であったと同時に、先生の専門分野でもある。私が大剣にこだわった理由の一つがそれで、先生のような流麗で力強い剣士に憧れ、目指したのだ。今では身の程を知った、というか、身の丈に合った、自分のできることでそれを伸ばしていくのが良いのだ、と知ったが。
壁掛けの大剣は、もちろん私が使うには大型と言えるが、いま目の前で構える先生を見るとナイフのよう、とは言い過ぎだが、とても小さく見えてしまう。一度、研修生として屋外演習でご一緒させていただいた時、先生の愛剣を拝見させていただく機会があった。グランソードと先生が呼ぶその剣は、目前の剣より遥かに長く、太い。単純に何周りも大きい。それを軽々と、颯爽と振り回すのだ。あれを身体に受けたらどんなにか…などという想像は、さすがにしない。当たりどころが悪ければ【人格設定】ごと吹き飛ぶに違いないことは想像しなくても分かるから。
「さて、それじゃ行くぞ」
先生が構える。
もうこの時点で…格好良い、という言葉が陳腐過ぎる。
そう、美しい。
この言葉に尽きる。
そして、殺気を感じない。
鏡面止水という言葉があるが、まさにそれだ。
どこからどこまでも、粛とし凛とする。
それ故に、いつ、構えた大剣が飛んでくるのか分からない。
こちらも心を澄ませ集中してその一瞬を見切らねばならない。
ダッ
来た! 速い!
ガッ
しかし考えるより先に、薙刀の柄がその剣を受け流し、続いて突きを出す。
本気で喉を狙うが、当然のように見切られ、躱される。
と、その頃には次の刃が胴を目掛け駆けている。
ガッ
これも柄で受け流し、跳ねるように後退、間合いを取り直す。
「やるな」
「ありがとうございます!」
「礼はまだ早いぞ!」
後ろに剣を構え、身で刃を隠し、先生は突進してくる。
だがこれはフェイク。
その証拠に
ヴォンッ
まるで素人のような大振り。
だが
ジャッ
振り抜かれたはずの剣が、いつの間にやら突きに転じて視界の下から突き上げる。
これを身を転じて躱し、突きを避けられた分前進してしまった先生の背を取りに行く。
しかし。
ギシィッ
背に刃を突き立て勝利宣告するつもりが、すでに先生の体はこちらを向き、剣は薙刀の鎬に合わせられ、刃の進行を阻んでいる。
「なかなかやるじゃないか!」
「はいっ! ありがとうございます! 師匠が優秀なので!」
「口の方も達者だな!」
「はいっ!」
口ではそう言うものの、今のはちょっと惜しかったな、と思った。
正直、勝ったな、と思ってしまった。
並の人なら確実だったが、瞬間、先生が相手なのだということを失念していたようだ。
その分、詰めが甘かったか。
再びの静寂。
先生が構え直す。
何度でも言える。
やはり美しい。
この構え、どう崩すか。
まるで詰み筋の見つからない将棋のようだ。
どこから攻めれば崩せるのか。
あいにくと頭の悪い私はそんなことを考えられない。
ただ、ひたすら正面から当たり、いつか出てくるであろうつけ入る隙を作り出すより他、ない。
だが、こちらが先手で攻めても受け流される。
攻も守も万全の鉄壁要塞。
これ、実戦だったらどれほどの絶望だろうか?
勝つことを目的とするなら、壁相手に刃を突き立てた方が遥かにマシだ、と思えるくらい。
こちらの攻めを剣で絡め取られ、そのモーションの一連で刃が駆ける。
これが『舞』か。
ああ、美しい…
などとウットリしてしまったのが悪かった。
見惚れてしまって反応が遅れた分、柄を引くのが遅れた。
ドオォッ
先生が振り込んだ剣が、私の胴を捉えてしまった。
「ガハァッ!」
無様な声を上げ、『く』の字に曲がった私の身体は、床に叩きつけられる。
「クレハっ!」
私の名を大きな声で叫んだ先生が駆け付け、私を抱き起こす。
「大丈夫かッ?!」
「すみません…避け損いました…」
「そんことはいいッ! ケガはッ? 切れたりしてないかッ?」
「大丈夫…だと思います…実戦用の騎士服ですし…」
「お前…一瞬気が緩んだな。なぜだ?」
なんだ。バレている。さすがだな。
「あの…先生に見惚れてしまって…」
「…ハァッ?」
「『舞』と呼ばれる先生の剣技、目の前で見られるなんて、って、つい…」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
長いため息。先生は頭を抱えている。
「…お前、バカか?」
「はい。そうです」
「な…!? 全く…とりあえず保健管理室行ってこい。なんともないようなら、昼メシの後、続きをやる」
「はい。すみません…」
◆
「ホントさ、カヱデ、改めクレハちゃんか、キミはホントにバカなのかな?」
「はい…すみません…先生にも言われました…」
「そりゃ言うさぁ…連日の保健管理室通い、昨日は散髪で今日はケガとはね…まぁレントゲンも骨なんかに異常は見られないから、とりあえず湿布でも貼っとくけどさ。女の子の身体はデリケートなんだから、自分でも気をつけなさいよ!」
「はい…でもこの世界じゃ子供は産めないですし…」
「そ・れ・で・も! むしろそんな世界に変わって行った時に、愛する人の子を宿せないってなっちゃったら、悲しいでしょ?」
「はい…」
返事はするものの、実感は無い。特に「愛する人」の辺りが。そんな人が、これから先、現れたりするのだろうか? まるで恋愛小説のように。
「それで、その服はどうしたの? 他に無かったの?」
とりあえず騎士服のままでは診察もできなかろうと、朝着て来たパーカーと短パンに着替えたのだが。
「はい。昨日、手荷物の制限が一部解除で、下着と、こういう簡単な服だけ…朝は先生にも叱られました」
「なんで叱るん? …あー、そういうことね。それでこれ、か」
「あの、どういう…」
「手荷物制限緩和の申請書が出ててね。まぁ今日中には受理されて夕方にはまた部屋に届くと思うから、洋服とか。本来、反抗の意志なしと看做されれば大部分が返される物だからね。まぁ今回は急ぎでやってるからなんだろうけど。そうだな、私も顔出してみるか。ぼんやりして剣をモロに受けちゃうおバカさんでもいなければ暇だしね」
「…すみません…」
「それなりにお洋服は持ってるんでしょ? 選定に私も顔出してみるから。リクエストある? それとも私が見繕ってこよっか?」
「えっ?! ホントですか?! オランジェット先生が選んでくれるんですか? 嬉しいっ!」
「おーおー、女の子だねぇ。いいねぇ。よし! オランジェットお姉さんに任せなさいっ!」
「はいっ!」
異性が選ぶ服…というのは最悪の記憶しか無いが、同性の、しかも信頼のおけるオランジェットさんが選んでくださるというのだ、こんなに嬉しいことはない。
いま先ほどの、自分の愚かっぷりに我ながら辟易してたが、おかげで心が軽くなったばかりか、明日、それは極々近くではあるけれど、未来というものが楽しみになった。
◆
エンディング曲 『私だけ(F)』
https://x.com/HanashioKikei/status/2013221745772376537?s=20
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