愚弟立つ
「私の口座を凍結したのは父上ですか?」
「久しぶりに帰ってきたと思ったら何だね。 基礎的な作法すら忘れたのかな」
「はぐらかさないで下さい」
父上はいつもそうだ。 側室腹の俺を見下して、長兄ジルベルトばかり重用する。
「それで、何を憤っているんだい?」
「私は大事な方の前で恥を掻かされた。 取り返しの付かない事態です」
昨日、俺とマリーダは出会って2周年を祝ってお忍びデートに出掛けた。 その時に立ち寄ったインポートブランド・エルメのブティックで、彼女が予てより欲しがっていた壁蜥蜴革のバキーンを見付けたのだ。 早速、貴族カードで支払いを・・となった所でカードの使用停止が判明して酷い惨めな思いをさせられた。
「ああ、その件か・・ケーニッヒ男爵家の口座から不正に大金が引き落とされていると聞いてね。 私が口座の凍結を指示した。 横領の犯人はエンリケだったんだね」
「勝手にカードを作ったことは認めます。 ですが、1年後にケーニッヒの爵位は私が継承する。 横領には当たりません」
男爵位に甘んじるだけでも忸怩たる思いにも拘らず、そのうえ金の使い方まで口を出されては堪らない。
「事後報告になって申し訳ないがエンリケ・・君は既に廃嫡されている。 然るにケーニッヒ男爵位は返上してもらった」
「は・・?」
廃嫡・・だと?
「弁明の機会はとうに逸した。 私の呼び出しに応じなかったからね」
「やらねばならぬ事があったのです」
ライバルは多い。 少しでも長くマリーダの傍にあって彼女の心を繋ぎ留めねばならない。
「理由は何です。 またベアトリスが私の悪評を流したのですか?」
「あの娘がエンリケを悪く言ったことはない。 何度も言わせないでおくれ」
嘘だ。 全てマリーダから聞いてる。
「では何故?」
「この半年、学院の授業に出席してないね?」
「忙しいのです」
「学生の本懐より重要なことかね?」
「・・はい」
「まあいい。 一番大きいのはベアトリスの件だ。 何があっても家族だけは味方でなければならない。 私はそう教えてきたつもりだ」
「あいつはマリーダに意地悪をした。 赦されることじゃない」
「この際、意地悪云々については語らない。 しかし、仮に彼女が王族を害したとして、それでも情状を得るため力を尽くすのが家族だと私は信じる。 君のしたことはその信義に悖る行為だ。 私も最大限情状を酌量した結果、君の措置を決めたのだよ」
マリーダの言った通りだ。 俺はこの人の家族じゃなかった。
「君は現在、ヘロウ公爵家の陪臣保障家族扱いだ。 規定により18歳まで生活費は保証される。 仕官・出仕のサポート制度について執事室で説明を受けなさい。 サンドラも心配していたから領地の邸に顔を出すといい、きっと相談にのってくれる」
「男爵家出身の母上に相談して、何の意味があるというのです」
あの女の息子だから、こんな惨めな思いをするんだ。
「その考えを改める機会にはなる。 頭を冷やしてよく考えなさい」
*****
執事室で仕官先の斡旋に付いて説明を受けた。 基本的に公爵家の圧力でゴリ押しはしてくれないらしい。 だったら意味がないじゃないか。
「ケビンさん、俺これからどうしたらいいですかね?」
「マリーダが言ってたじゃないか。 悪役令嬢がスパイを送ってくるから気を付けろって」
彼女の助言に従って、実家に釘を刺しておけばよかった。
「貴族位を失えば、5年後に完成する『マリーダ宮』に入ることも適わないな」
「最悪だぁ ベアトリスの奴、ほんと碌なことしない」
俺のこれまでの努力が全て水の泡だ。
「ウィリアム殿下に叙爵を依頼するのも手だが、形だけでも功績が必要だぞ」
「功績か~ 自由に使える金も限られてるからな」
冒険者を雇うにしても金が掛かる。
「おまえはいつも金で解決しようとする。 自分の腕でなんとかしようとは考えないのか?」
「じゃあ王都の外へ行けと言うんですか?」
最近いい気になってる、ハーベスト伯一派に足を掬われる。
「ああ、俺も付き合うから辺土に行ってみないか?」
「嫌ですよ。 遠いし臭いそう」
「よく聞け。 近頃市井で流行ってる絵巻物語にマリーダが密かに嵌ってるらしいんだ」
「へぇ そうなんですか。 魔獣と戦う無敵将軍の話でしたっけ?」
意外なマリーダ情報を入手した。
「あれのモデル、辺土の『好色卿』らしいぜ」
「よりによって、ベアトリスの飼い主かよ! がっかりだな」
変態のゴリマッチョだ。
「因みに俺は奴に決闘で圧勝している。 感覚的にはエンリケよりも数段弱かった。 そんな奴でもそこそこ戦えてる戦場に俺達が行けば」
「大活躍すること間違いなしだ」
「やる気になったか?」
魔獣とかよくわからんけど。 次期近衛騎士団長が一緒なら危険はないか。
「やる気は出ない。 でも、そこに活路があることは理解した」
「じゃあ決まりだな」
ついでに悪役令嬢の惨めな末路でも拝んでくるか。




