逆行夫人
「これより反乱軍の首魁 ジャネット・マスタングの処刑を執り行う」
「わぁぁぁ!!!!!!」
広場は狂気を孕んだ熱気に包まれていた。 魔人の支配下にある観衆は皆正気を失っている。
「何か言い残すことはあるか?」
「くたばれパイプカット野郎!」
私の元婚約者ステファン。 魔人の妻マリーダの眷属で今は魔将参謀を名乗っている。 正気を保ちながらも魔人に与する人類の敵だ。
『血の惨劇』を生き残った私はブルースと共に今日まで戦い抜いてきた。 ベアトリス様を、マリアンヌを、嬉々として殺した魔人の姿が今でも脳裏に焼き付いている。
「くっ・・最後まで下品な女だ。 やれ!」
勇者の裏切りでブルースが死にダイアナは心を閉ざしセレスティアは眠ったまま。 魔人に抗う者は潰えた。
もうこの世界は終わり。
+++++
「はっ」
生きてる。
この天井は・・辺土伯夫人だった頃の私の部屋。 いままでの出来事は全て夢?
「お目覚めですか? 奥様」
「貴女・・は」
「そろそろ覚えて下さいね。 マーサです」
見覚えはあるけど名前は初めて知った。 10年前に亡くなった侍女の一人だ。
過去に戻ってる?
「ねぇ 今日は界歴何年? 何月何日?」
「今日でございますか? 今日は98年の3月2日ですよ。 いったいどうされました?」
界歴498年の3月2日・・『血の惨劇』の前日だ。
「ブルースは何処?」
「はっ? ブルっ? 領主様なら、もう王都へ向け出発しましたよ」
時間が惜しい。
「着替えは自分でするから馬を表に回して」
「馬を? 奥様が?」
「いいから!」
「は・・はい。 ただいま」
いまなら未だ間に合う。 全ての悲劇の始まり『血の惨劇』を防ぐんだ。
+++++
領都から西北西に5km離れた小高い丘陵地帯に冒険者が集う街、通称ゴールドラッシュがある。 冒険者ギルド辺土支部を起点に扇形に拡がる街並みは漆喰の白と煉瓦の赤がとても鮮やかだ。
「そろそろ、教えてくれないか? 誰を待ってる」
「殺して欲しい敵がいるの」
もしもーし! ジャネットさんはどうしちゃったのかな?
王都へ向けて出発した車列を単騎で止め。 誘拐するように僕を連れ出すと、冒険者の街へ直行して今に至る。 もう小一時間ギルドの酒場に座って受付にくる冒険者を見張っているのだ。
「復讐か? 例の元婚約者を狙うなら場所が悪いぞ」
「パイプカット野郎にはおいおい礼をさせてもらうわ。 でも今回の獲物はもっと大物」
ジャネットさんいったいどうした?
「・・来た! あの男よ」
「ふむ・・こいつは」
一見15歳前後の小柄な少年。 屈託ない笑顔で受付嬢と話す仕草は人畜無害な田舎者といった雰囲気だ。
上手く人間に擬態したものだ。
「君はいますぐここを離れるんだ」
一個師団を従えてくればよかった。
「冗談。 貴方一人じゃ今のあいつでも手を焼くわ」
「・・ジャネット。 君はいったい何者なんだ?」
「その話は後、早く介入しないと受付の娘が眷属化するわよ」
少年の応対をする受付の表情がトロンとしてきた。 不味いな。
「どぉぉぉ!!!!!!」
怒気を放って奴を牽制する。
少年は首を真後ろへぐにゃりと折ってこちらを見た。 あまり正体を隠す気はないようだ。
「・・・? きゃぁ!!!」
「うお! なんだコイツ?」
「バケモンだ!」
目の前の少年の首が突然折れて、魅了が解けた受付嬢が悲鳴を上げる。 気付いた周囲の冒険者も騒ぎ出した
ケケケケケケ
少年は擬態を解いて赤紫色の化け物・・魔人の姿に変態した。
「戦える者は武器を取れ! それ以外は逃げろ! 支配されるぞ」
騒然とするギルド内、冒険者の男達は武器を構えて魔人の周囲を囲った。 流石は辺土の冒険者、逃げる者はほとんど居ない。
「くたばれ化も・・。」 ゴシャ
「ちぃぃ 早いぞコイツ、距離を・・。」 バキャッ
「くそっ なんでこんな化け物がギルドで冒険者登録なんかしてる」
受付前に居た冒険者たちが次々と斃されていく。 膂力だけでも僕と同等かそれ以上だ。
「ブルース、奴の魔法は私が防ぐ。 貴方はその馬鹿力でアイツの頭をカチ割って」
「了解」
慣れた感じで戦闘に備えるジャネット。 斜に構える姿は実に頼もしい。
「シッ」
ドゴォ―――ン!!!
ジャネットに言われて持ち込んだバスターソード。 野戦では主に長尺の斧槍を愛用する僕だが、室内の近接戦闘ならばこれがベストだ。
イイイィィィ
剣を受け止めた腕が盾に割れた。 牛魔人の胴を両断する一撃も腕を破壊する程度か。
ミミミミミミ
妙な声を発して魔人が魔力を収縮させ始めた。 ヤバい。 デカいのがくる。
「下がるなブルース! 魔法は私が防ぐと言った筈だ!」
「・・了解。 どぉぉぉ!!!!!!」
いま懐に飛び込んでも魔法の直撃を喰らう。 あれに飛び込めとは夫使いが荒い奥様だ。
袈裟懸けが振り下ろされる直前、魔人から赤紫の光が迸り、獰猛な衝撃波が弾けようとしていた。 やっぱり遅かった。 屋敷に残した一個師団に後を託そう。
ザシュッ
一瞬の静寂の後に手応えあり。
ギィィィィィィ!!!
衝撃波が霧散してバスターソードは魔人の肩から胸まで食い込んでいた。
「ジャネットこれは君が?」
「ティアに習った聖法結界。 魔力が弱い分、攻撃の瞬間しか防げないの」
状況からみて、ジャネットは魔人が攻撃する瞬間に結界を展開、続いて僕の攻撃が当たる直前にそれを解除したのだ。 繊細な魔法操作はもちろん、近接戦闘を熟知しないと難しい離れ業だ。 セレスティアにも無理ではないだろうか?
「油断しないで! まだ終わってないわ」
「おっと」
ジャネットの言う通りだ。 魔人の身体を蹴ってバスターソードを抜く。 そのまま。
「シッ・・。」
グシャッ
オーダー通り魔人の頭をカチ割った。




