◆096. もう一つの暴力 1/2
最近、視線を感じている。
「一護くん、何か用ですか?」
「なんでもないよ。……あ、答えちゃった」
「一護、しっかりしてよ。お嬢様、また戻ってる! それじゃ、ダメ」
「ごめん、一加。お嬢様、言い直して」
「……一護、何か用?」
「そうそう。ちゃんと慣れてね」
「そうだよ、慣れてね。なんでもないよ」
(一護くんにすっごく見られてるような気がするんだけど。今まで、距離があったのに、急に仲良くなったからかな?)
一加と一護が、私の部屋からそれぞれの部屋に戻って二週間経った。
二人がお手伝いの仕事を再開した日。仕事を終えた一加が、私の後ろを歩いていた。思いきって、一緒にお茶でもどうかと誘ってみた。すごく喜んでくれた。
私の部屋でお喋りしていると、一護が訪ねてきた。一加を呼びに来たのかと思ったが、一護はにっこりと微笑んで、ボクも、と言い、中に入ってきた。そのまま三人でお喋りした。
数日後の夜。ベッドに入ろうかな、と思っているとドアがノックされた。一加と一護だった。二人とも枕と毛布を抱えていた。昨夜怖い夢を見た、今日も見そうだから一緒に眠ってほしいと頼まれた。それならばと部屋に招き入れたが、少し困ったことになった。私の眠る位置が真ん中だった。寝相が悪いので不安だった。でも、私が転がってきたら受け止めるという二人がなんだか可笑しくて、まあいいか、と思い、真ん中で眠ることにした。
眠る前にトランプをして遊んだ。そのとき、呼び捨てにしてほしい、敬語はやめてほしい、と二人に言われた。二人にそんな風に言ってもらえて、とても嬉しかった。
そんなこんなで、熱を出す前、三週間前まで私とはあまり話さず、一緒にいることもなかった二人だったが、今では時間が空くと私のところに遊びに来てくれるようになった。
父もみんなも、二人の変わりように驚いている。私も驚いている。
「催眠術にでもかけたんじゃないのか~?」
ニヤニヤした徹に、そんなことを言われた。そう言い表したくなるくらいの変化を感じたということだと思う。
二人が変わったのは私に対してだけではない。徹たち、大人たちに対する態度も変わった。
以前は、仕事に関するやり取りのみだったらしい。半年が経ち、少しずつ慣れてはきたが、話を振っても、言葉少なに相づちを打つだけだったそうだ。それが今では、にこにこしたり、時には顔をしかめたりしながら話をするようになったと、みんながそう言っていると律穂が教えてくれた。
「お嬢様。ど……こで遊ぶ予定ですか?」
通りすがりの悠子に聞かれた。
「庭に行きます」
「あ、もう聞かなくても……いいんだっけ?」悠子がボソッと呟いた。
「どうかしましたか?」
「い、いえ。なんでもありません。いい天気で、外、気持ちいいですよ」
悠子はペコペコと軽く頭を下げながら、去っていった。
いつもの荷物を紙袋に入れて持っていた。新しく手提げ袋を作るまでの代わりだ。あの手提げ袋は、型紙を買って、手縫いでチマチマと作ったものだった。
(今度、ミシンでも買ってもらおうかな。でもなあ……)
手縫いだと厚めの布は縫いにくい。ミシンがあれば、ある程度厚い布でも縫える。でも、ミシンを買ってもらっても、そんなに使わないような気がする。それならば、多少高くても気に入った布を買ってもらったほうが、心も財布も痛まない。
撥水加工がされていて手でも縫える布を、値段を気にせず選んで、父におねだりすることに決めた。
庭のはずれの芝生にレジャーシートを広げて、靴を脱いで仰向けに寝転がった。袋から流出制御訓練機を取り出した。
(ゲーム機と違って、ハンドル付きじゃないから気をつけないと。ハンドル付きのゲーム機ですら落とすんだから……。寝ながらやらなきゃいいだけなんだけど)
「お嬢様」
一護が私に影を落とした。一加はいないようだ。
訓練機に氣力を流しながら、「一護くん、どうしたの? あ、手紙ですか?」と尋ねた。「やり直し」と聞こえてきた。
「一護、どうしたの? 手紙?」言い直した。
「違うよ。隣いい?」
黒羽からの手紙かと思ったが違うようだ。そういえば、手紙は二日前に届いたばかりだ。
「どうぞ」
一護が靴を脱いで隣に座った。
「裸にされてた話だけど」
ゴンッ
「った~~」手から滑り落ちた訓練機が、顔面に直撃した。
「大丈夫?」
「い、痛い~。う~~。大丈夫じゃないけど~、大丈夫」両手で顔面を押さえて悶えた。
「裸にされてたって、どういう意味かわかる?」
「は、裸って……?」
「この前のボクたちの話、覚えてない? ……あれ? 一加、裸って言ってたっけ? 忘れちゃったな」
(たぶん、あのことなんだろうけど)
「話は覚えてるけど……」
「一加がなんて言ってたかは忘れちゃったんだけど。ボクが言いたいことわかるよね?」
「何も着なかった……って話?」
「そう、そうだった。そのことなんだけど。ただそれだけだよ。ボクたちは観賞用だったんだ。家事をやるペットだよ。美術品……、彫刻かな? あの人たちの気紛れで、奴隷だったり、彫刻になったり、忙しかった。ボクたち、男と女なのに、顔がとっても似てるでしょ? でも、やっぱり体は違うんだよね。それが、観てておもしろかったみたい」
「そう……」
「まあ、一加はなんだけど」
「一加ちゃんは?」
「そう一加は。あの人……、母親だった人は、あんまり殴る蹴るの暴力はしなかったけど。別のがあって……。変な趣味っていうか。知らない人といろいろしてるのを見せられて。ホント、最初はよくわからなかったな……」
ずっと顔を押さえたまま、話を聞いていた。指の隙間から、一護のことを覗き見た。膝を抱えた一護は、遠くを見ていた。
「よくわからなかったけど。いけないことしてるっていうのは、なんとなくわかって。気持ち悪くて。見たくなくて。そこにいたくなくて……。でも、言うこと聞かないと、一加にひどいことするって。一加を代わりにするって。父親だった人に言いつけるって。もっともっと痛いことされるって」
はー、と一護は小さく息を吐いた。
「あの家から出て、こうして離れて考えてみれば、あの人だってそんなこと言えるわけないって、わかるんだけど。あれってたぶん、ううん、確実に不倫ってやつだし。そんなことしてたわけだし……」
「……ああ、でも言いつける内容はでっち上げればいいのか」
一護は、今気づいたとばかりに小さい声でそう呟いた。寝転がっている私に顔を向けると、にこっと微笑んだ。
「だから、お嬢様。汚いのは、ボクたちじゃなくて、ボクだけだよ」
「汚くないよ」
「意味わかってる?」
「……わかってないかもしれないけど」
私は一護の言っていることがよくわかっていない、としておいたほうが、一護が接しやすいのではないかと思った。いや、たぶんそうではない。そう思われていたほうが、私が接しやすいからだ。一護の話を聞いて、どうしたらよいのかわからなかった。逃げてしまった。
「ボクが教えてあげよっか?」
「え?」
一護は私を跨いで四つん這いになった。左手を顔の横につき、右手で私の左手首を掴むと、シートに押しつけた。
「こ、こういうことは、好きな人とするものだよ!」
「こういうことって?」
にっこりと微笑んだ一護は、私の顔の横についていた手で、頬に触れた。肩に触れ、手首に触れるとそのまま掴み、反対側同様シートに押しつけた。




