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花菖蒲のほとり  作者: B星
第3章 ① 本邸 11歳
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◆096. もう一つの暴力 1/2


 最近、視線を感じている。


一護いちごくん、何か用ですか?」


「なんでもないよ。……あ、答えちゃった」


「一護、しっかりしてよ。お嬢様、また戻ってる! それじゃ、ダメ」

「ごめん、一加いちか。お嬢様、言い直して」


「……一護、何か用?」


「そうそう。ちゃんと慣れてね」

「そうだよ、慣れてね。なんでもないよ」


(一護くんにすっごく見られてるような気がするんだけど。今まで、距離があったのに、急に仲良くなったからかな?)



 一加と一護が、私の部屋からそれぞれの部屋に戻って二週間経った。


 二人がお手伝いの仕事を再開した日。仕事を終えた一加が、私の後ろを歩いていた。思いきって、一緒にお茶でもどうかと誘ってみた。すごく喜んでくれた。

 私の部屋でお喋りしていると、一護が訪ねてきた。一加を呼びに来たのかと思ったが、一護はにっこりと微笑んで、ボクも、と言い、中に入ってきた。そのまま三人でお喋りした。


 数日後の夜。ベッドに入ろうかな、と思っているとドアがノックされた。一加と一護だった。二人とも枕と毛布を抱えていた。昨夜怖い夢を見た、今日も見そうだから一緒に眠ってほしいと頼まれた。それならばと部屋に招き入れたが、少し困ったことになった。私の眠る位置が真ん中だった。寝相が悪いので不安だった。でも、私が転がってきたら受け止めるという二人がなんだか可笑しくて、まあいいか、と思い、真ん中で眠ることにした。

 眠る前にトランプをして遊んだ。そのとき、呼び捨てにしてほしい、敬語はやめてほしい、と二人に言われた。二人にそんな風に言ってもらえて、とても嬉しかった。


 そんなこんなで、熱を出す前、三週間前まで私とはあまり話さず、一緒にいることもなかった二人だったが、今では時間が空くと私のところに遊びに来てくれるようになった。


 父もみんなも、二人の変わりように驚いている。私も驚いている。


「催眠術にでもかけたんじゃないのか~?」


 ニヤニヤしたてつに、そんなことを言われた。そう言い表したくなるくらいの変化を感じたということだと思う。


 二人が変わったのは私に対してだけではない。てつたち、大人たちに対する態度も変わった。

 以前は、仕事に関するやり取りのみだったらしい。半年が経ち、少しずつ慣れてはきたが、話を振っても、言葉少なに相づちを打つだけだったそうだ。それが今では、にこにこしたり、時には顔をしかめたりしながら話をするようになったと、みんながそう言っていると律穂りつほが教えてくれた。



「お嬢様。ど……こで遊ぶ予定ですか?」


 通りすがりの悠子ゆうこに聞かれた。


「庭に行きます」


「あ、もう聞かなくても……いいんだっけ?」悠子がボソッと呟いた。


「どうかしましたか?」


「い、いえ。なんでもありません。いい天気で、外、気持ちいいですよ」


 悠子はペコペコと軽く頭を下げながら、去っていった。


 いつもの荷物を紙袋に入れて持っていた。新しく手提げ袋を作るまでの代わりだ。あの手提げ袋は、型紙を買って、手()いでチマチマと作ったものだった。


(今度、ミシンでも買ってもらおうかな。でもなあ……)


 手縫いだと厚めの布は縫いにくい。ミシンがあれば、ある程度厚い布でも縫える。でも、ミシンを買ってもらっても、そんなに使わないような気がする。それならば、多少高くても気に入った布を買ってもらったほうが、心も財布も痛まない。

 撥水はっすい加工がされていて手でも縫える布を、値段を気にせず選んで、父におねだりすることに決めた。


 庭のはずれの芝生しばふにレジャーシートを広げて、靴を脱いで仰向けに寝転がった。袋から流出制御訓練機を取り出した。


(ゲーム機と違って、ハンドル付きじゃないから気をつけないと。ハンドル付きのゲーム機ですら落とすんだから……。寝ながらやらなきゃいいだけなんだけど)


「お嬢様」


 一護が私に影を落とした。一加はいないようだ。


 訓練機に氣力きりょくを流しながら、「一護くん、どうしたの? あ、手紙ですか?」とたずねた。「やり直し」と聞こえてきた。


「一護、どうしたの? 手紙?」言い直した。


「違うよ。隣いい?」


 黒羽くろはからの手紙かと思ったが違うようだ。そういえば、手紙は二日前に届いたばかりだ。


「どうぞ」


 一護が靴を脱いで隣に座った。


「裸にされてた話だけど」


 ゴンッ


「った~~」手から滑り落ちた訓練機が、顔面に直撃した。


「大丈夫?」


「い、痛い~。う~~。大丈夫じゃないけど~、大丈夫」両手で顔面を押さえてもだえた。


「裸にされてたって、どういう意味かわかる?」


「は、裸って……?」


「この前のボクたちの話、覚えてない? ……あれ? 一加、裸って言ってたっけ? 忘れちゃったな」


(たぶん、あのことなんだろうけど)


「話は覚えてるけど……」


「一加がなんて言ってたかは忘れちゃったんだけど。ボクが言いたいことわかるよね?」


「何も着なかった……って話?」


「そう、そうだった。そのことなんだけど。ただそれだけだよ。ボクたちは観賞用だったんだ。家事をやるペットだよ。美術品……、彫刻かな? あの人たちの気紛きまぐれで、奴隷だったり、彫刻になったり、忙しかった。ボクたち、男と女なのに、顔がとっても似てるでしょ? でも、やっぱり体は違うんだよね。それが、観てておもしろかったみたい」


「そう……」


「まあ、一加はなんだけど」


「一加ちゃんは?」


「そう一加は。あの人……、母親だった人は、あんまり殴る蹴るの暴力はしなかったけど。別のがあって……。変な趣味っていうか。知らない人といろいろしてるのを見せられて。ホント、最初はよくわからなかったな……」


 ずっと顔を押さえたまま、話を聞いていた。指の隙間から、一護のことをのぞき見た。ひざを抱えた一護は、遠くを見ていた。


「よくわからなかったけど。いけないことしてるっていうのは、なんとなくわかって。気持ち悪くて。見たくなくて。そこにいたくなくて……。でも、言うこと聞かないと、一加にひどいことするって。一加を代わりにするって。父親だった人に言いつけるって。もっともっと痛いことされるって」


 はー、と一護は小さく息をいた。


「あの家から出て、こうして離れて考えてみれば、あの人だってそんなこと言えるわけないって、わかるんだけど。あれってたぶん、ううん、確実に不倫ってやつだし。そんなことしてたわけだし……」


「……ああ、でも言いつける内容はでっち上げればいいのか」


 一護は、今気づいたとばかりに小さい声でそう呟いた。寝転がっている私に顔を向けると、にこっと微笑んだ。


「だから、お嬢様。汚いのは、ボクたちじゃなくて、ボクだけだよ」


「汚くないよ」


「意味わかってる?」


「……わかってないかもしれないけど」


 私は一護の言っていることがよくわかっていない、としておいたほうが、一護が接しやすいのではないかと思った。いや、たぶんそうではない。そう思われていたほうが、私が接しやすいからだ。一護の話を聞いて、どうしたらよいのかわからなかった。逃げてしまった。


「ボクが教えてあげよっか?」


「え?」


 一護は私をまたいで四つんいになった。左手を顔の横につき、右手で私の左手首を掴むと、シートに押しつけた。


「こ、こういうことは、好きな人とするものだよ!」


「こういうことって?」


 にっこりと微笑んだ一護は、私の顔の横についていた手で、頬に触れた。肩に触れ、手首に触れるとそのまま掴み、反対側同様シートに押しつけた。


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