095. 食堂にて 2/2 ― お嬢様効果? (徹)
小夜さんと悠子さんと一護が食堂に入ってきた。洗濯した布巾などを持った一護が、そのまま台所に入っていった。定位置にしまうためだ。
「それじゃ、一護くん。今日はここまで。お疲れ様でした」
「い、一護くん、お、お疲れ様でした」
「はい。ありがとうございます。お疲れ様でした」
俺たちにも、「お疲れ様でした」と挨拶をして食堂を出ようとしたが、はたと立ち止まり振り返った。
「あの、一加は……。飲み物とか……」
「一加は菖蒲と、菖蒲の部屋に行ったぞ~。ジュースは菖蒲が持っていたな。一護のマグカップも持っていったから、何も持っていかなくて大丈夫だ」
「ありがとうございます」
一護はにこっと微笑み、おじぎをして出ていった。
「ふふ。元気になって良かったですよね。悠子さん、お茶でいいですか?」
「はははい。ありがとうございます。お嬢様と、な、仲良さそうで安心しました」
「本当にな~。菖蒲の部屋で過ごしてから、俺たちにも笑顔を見せるようになったしな~。やっぱり、催眠術か何か――」
「徹……」
理恵に睨まれたので、視線をそらし口をつぐんだ。
「あはは。催眠術ってなんですか?」
小夜さんは、お茶を注いだマグカップを二つ持って、笑いながら台所から出てきた。悠子さんにマグカップを一つ手渡した。
「な、なんのことだろうな~?」
小夜さんと悠子さんも、椅子に腰かけた。お茶を二口三口飲んだ小夜さんが口を開いた。
「でも、本当に不思議ですね。お嬢様とは一週間くらい一緒にいたので、仲良くなっててもおかしくないんですけど。熱を出すほど嫌なことがあったのに。大人の私たちにまで……」
「お嬢様効果」律穂がボソッと呟いた。
「お嬢様効果~? どういうことだ~?」
「あの二人は、今回のごどでお嬢様に絶大な信頼を寄ぜだ。だぶん、お嬢様が親じぐじでいる人は、大丈夫っで認識じでる」
「なるほどな~」
「ふっ。適当に言っだ」律穂が鼻で笑った。
「な、なんだよ~。納得しちゃっただろ~」
「でででも、そうかもしれません。私も、お、お嬢様が仲良くしている人は良い人なんだろうなって思います。…………えっ? えっ? なんですか?」
悠子さんの言葉を聞いて、みんなが悠子さんに顔を向けた。悠子さんは焦ってみんなの顔を見回している。
「説得力が……」
「……ないわね~」
小夜さんの言葉のあとを、理恵が続けた。
「なな、なんでですか?」
「なんでですかってな~。菖蒲があれだけ仲良くしてる黒羽のことを、性格が悪いって言ってる悠子さんに言われてもな~」
「あっ! あああの人は例外です。お嬢様と仲良くなる前に、お嬢様と同時に、し、知り合ったので」
俺が指摘すると、黒羽の存在を思い出したらしく、視線を泳がせた。
「じゃあ、菖蒲と仲良くなってから、黒羽と知り合ってたら違ったのか~?」
「そそそれは……、わ、わかりません。だって、あの笑顔は……。あの作り笑顔は、よくないですよ。あ、で、でも、前よりは……、前ほど悪い人だとは思ってませんよ」
「そうなのか~?」
「や、やっぱり、お嬢様が楽しそうにしてるのを見ると、悪い人じゃないのかなって思ったりもしますし。そそ、それに……、私たちにも泣いて笑ってくれたから……」
「そんなことあったか~?」記憶になくて首を傾げた。
「は~、あったでしょう! も~! 徹はあのとき、菖蒲より泣いてたから、見てなかったのかもしれないけど」
「ああ。あはは。そうでしたね。徹さん、号泣してましたね」
「ふふふ」
どうやら黒羽が学園へ出発した日の話らしい。理恵は呆れた顔をしている。小夜さんと悠子さんに笑われてしまった。
「あ、あの~~」
出入り口に一護が立っていた。手にはジュースの容器を持っている。
「なんだ? どうした~?」
声をかけると、中に入ってきた。手を差し出して、容器を受け取った。
「新しいジュースをもらえますか?」
一護はおずおずと小さい声で言った。
「はは。いいぞ~。 お嬢様と一加に行ってこいって言われたのか? パシらされてるのか~?」
台所から新しいジュースを持ってきて、手渡した。
「お嬢様はそんなこと言いません」
一護は俺の目を見てそう言ったあと、視線をそらした。
「一加が……、一加がワガママだから。本当、こんなときばっかり、姉ぶって……。だいたいボクはそんなに飲んでないのに。いっぱい飲んだの一加なのに……」うつむいて、ぶつぶつと呟き出した。
「女の子二人の相手は大変ですか?」
小夜さんが声をかけると、ハッとして顔を上げた。
「大変……だけど、二人とも、かわいいから。大丈夫です。ジュースありがとうございます。あんまり時間かけると、何言われるかわからないから、すぐ戻らないと!」
一護は勢い良くおじぎをすると、駆けていった。
「あはは。お姉ちゃんのことも、かわいいだなんて。とっても良い子。いい姉弟ですね」
「え、ええ。い、良い子だと思います。あ、姉のこと、かわいいって思うなんて、す、素敵です」
(二人ともって、菖蒲もってことだよな? それって……)
「ま、まさか……、菖蒲のこ――」
「徹……」
理恵が低い声を出した。俺のことをジトッとした目で見ている。
「姉と同列よ。あれはそういう意味よ。余計なこと言わないでね」
最後にキッと睨まれた。隣で律穂がニヤニヤと笑っている。理恵の怒りをこれ以上買わないように、おとなしく口をつぐんだ。
「さてと」小夜さんが立ち上がった。
「そろそろ帰らないと」
「わわ、私も」
小夜さんと悠子さんは、「お疲れ様です」と言って帰り支度をするために出ていった。律穂も、忠勝の仕事の様子を見てくると書斎に向かった。
みんなのマグカップを洗い、理恵と夕食の準備に取りかかった。
(そういえば、一加と一護の好きな食べ物って……)
前に聞いたときは、好きな食べ物も嫌いな食べ物もないと言っていた。今聞いたら、違う答えが返ってくるかもしれない。
(二人の好きな料理、作ってやりたいよな~)
一加と一護の好きな料理を、夕食のときに聞いてみることにした。ある、と答えてもらえたら、明日の昼にでも作ってやろうと思う。普段だったら、献立が狂うと理恵が怒りそうだが、この件に関しては喜んで賛成してくれるだろう。
二人が好きな料理を食べて、美味しいと顔をほころばせるところを想像しながら、フライパンを火にかけた。




