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花菖蒲のほとり  作者: B星
第2章 ④ 本邸 10歳
83/351

 081. 初デート? 3/4 ― 順調 (黒羽)


 景色を見ながらボートをぐお嬢様にカメラを向けた。一枚目は景色に目を向けるお嬢様が撮れた。二枚目はカメラが近いと顔を背けるお嬢様が撮れた。


 目的の場所に着いた。この池で、一番景色が良いと言われている場所だ。休日になると、ここにボートがたくさん集まる。今日は平日なので空いている。


水面みなもがキラキラしててきれいだね。木もいっぱいあって。……円境湖えんきょうこみたいだね」


「この池は人口じゃなくて、元からここにあったそうです。円境湖に似せて周りを整備したらしいですよ」


 お嬢様は景色に目を向けたまま、小さい声で、そうなんだ、と呟いた。


 そーっと近づいて、ピッタリくっついた。お嬢様が僕のほうを向いた。逆側に逃げられても、ボート中は狭いのですぐにくっつき直せる。

 お嬢様は逃げなかった。


「バランスが~」僕のほうに少し押し返してきた。


 どちらかに寄って座ったところで、このボートは大して傾かない。


(かわいい)


「ちょっと寒いですね」


 お嬢様の手を握った。本当は寒くない。手を握るための口実だ。


「寒いなら、戻る?」


「い、いえ。手だけなんで! まだ、景色見てたいんで!」


「そう? 大丈夫? 風邪引かないでね?」


 僕の心配をしながら、お嬢様は視線を景色に戻した。僕の手の上にもう一方の手を置いた。温めてくれている。


(あ、危なかった。いつも通り普通に握ればよかった。まだ、戻るには早い。まだ、こうしてたい)


 お嬢様は背もたれと僕に寄りかかっている。これまで、本を読むときなど、僕とくっつくことを当たり前にしてきた。その成果が出ていると思う。


(いい雰囲気? キス……してもいいかな? 早い? やっぱり、デートを成功させて、最後にキスをするのがいいかな? でも、今も……。あ~、でも、それで警戒されても困るし)


「私が、氣力流出過多症キリカじゃなかったら、黒羽くろはのことも撮ってあげられたのに。せっかく、きれいなのに。撮ってあげられなくて、ごめんね」


「僕の写真は別にいいですよ。気にしないでください。……キリカ、辛いですか?」


「制御するのが下手へたで困るけど。嫌ではないんだよねえ。お父様とお揃いだから」


「旦那様のこと、大好きですね」


「うん。大好き。ちょっと過保護だけどね」


「あれは、ちょっとなのかな……」ボソッと呟くと、お嬢様が僕の顔をのぞき込んできた。


「やっぱり? ちょっとじゃないと思う?」


「ま、まあ、少し……」


「そうだよねえ。華族かぞくだからなのかなって思ってたんだけど。家の外に自由に遊びに行けないし。買い物に連れてってもらっても自由に見てまわれないし。なぜか、男の子の格好だし」


「男の子の格好……、おかしいと思ってたんですか?」


「思ってたよ。だからお父様に、なんで? って聞いたよ」


「聞いたんですか!?」


「うん。なんで外に遊びに行っちゃいけないの? なんで買い物中、ずっと手をつないでなきゃいけないの? なんで男の子の格好なの? って聞いたらね。……さて、問題です。お父様はなんて答えたでしょうか?」


 お嬢様は話の途中でニヤリとすると、クイズに切りかえてきた。


「かわいいからですか?」


 僕がそう答えると、ブスッとした顔をして、答える気ないでしょ、と口を尖らせた。


「決まりだからって言われた」


「決まりですか?」


「うん。湖月こげつ家の女の子の決まりだって。もう少し大きくなるまで、我慢しなさいって。大きくって、いつまで? って聞いたら、もう少しって。何回も、もう少しって言われた。最後に聞いてから、もう一年以上経ってるかな? でも、今日は黒羽と二人で外に遊びにこれたし。男の子の格好じゃなくてもいいって言われたし。大きくなったってことかな?」


「……嫌ではなかったんですか?」


「百貨店の中を自由に見てまわれないのが不満だったかな。本屋とか。でもそれも、大地だいち隼人はやとがちゃんと付き合ってくれたから。黒羽もね。不満っていう不満でもなかったかな。別邸にいたときは、大地がたまに湖に連れていってくれたし。湖に自由に行けなくなってからは、本邸に出かけるようになったし。それに、家の中でみんなと過ごすの好きだしね」


「僕と過ごすの楽しいですか?」


「うん。楽しいよ」


 お嬢様は僕の手をギュッと握りながら、にこっと微笑んだ。


「……あ、黒羽! ここ外!」


「誰も見てませんよ」


 我慢できず、頬にキスをした。お嬢様が頬を膨らませている。その頬を指で押すと、口から空気が抜けた。また膨らませたので、また押した。何回か繰り返した。


「も~、黒羽、しつこい」


菖蒲あやめ様が膨らませるからですよ」


「だって、黒羽が押すから。……ふふ」


(かわいい)


「写真撮らせてください」


「さっき、撮ったでしょ」


「まだまだ撮ります」


「ええ~。うーん、じゃあ、あっちの景色と撮って」


 お嬢様は、僕に椅子の端に寄るように言うと、自身も端に寄った。バランスを気にしている。


「落ちたら大変。はやく、撮って~。きれいな景色入ってる? 白鳥の首の間とかに。もっと、横にずれたほうがいいかな?」


「そのままでいいですよ」


 パシャッ


「あ、も~、撮るときは言ってよ」口を尖らせながら、隣に座り直した。


「言っちゃうと表情が固まるじゃないですか」


「ひ、ひどい。好きで固めてるわけじゃない。……ん? まだ一回も言ってないでしょ」


「それじゃ、菖蒲あやめ様。撮りますよ。はい、いち足すいちは?」


「にー」


「ぶっ、くくく。あはは。ほら、固まるじゃないですか」


 写真に浮かび上がってきたお嬢様は、視線だけこちらに向けて、あとは白鳥の進行方向を向いていた。肩が少し上がっていて、力が入っているのがわかる。口は『に』の形になっているが笑顔ではない。


「そ、そんなに笑わなくても。黒羽だって、カメラ向けられたら、こうなるから! いや、ならなそう……。っていうか、どんな写真も絵になっちゃいそう! これまで撮ってきた記念写真も変なの一枚もないし! なんかズルい!」


「ふ、ふふふ。そろそろ戻りましょうか。お昼を食べましょう。何食べたいですか?」


「えっと、何があったっけ?」


 何を食べるか考えながら、二人でゆっくりといで戻った。ボートから降りるとき、先に降りて、あとから降りるお嬢様に手を差し出した。お嬢様は僕の手に掴まり降りると、ありがとう、と微笑んだ。思っていた通りにできた。

 そのまま手をつないで、軽食売り場へと向かった。



「迷うね!」


「そうですね」


「フライドポテトは絶対食べたい。あと、ホットドッグ……。うーん、やっぱり焼きそばかなあ。でもなあ……」


 パシャッ


「写真撮ってないで、黒羽も選んでよ。決められない」


「写真も大事なので」


「も~。黒羽が決めていいよ」


「それじゃ、お好み焼きとたこ焼きとあとはジュース二つで」


「フライドポテトが入ってない!」


「だって、僕が決めていいんですよね?」


「意地悪」


「さ、買いに行きますよ」


 軽食を買い、芝生が敷き詰められている場所に向かった。他の人たちもしているように、僕たちもレジャーシートを広げ腰を下ろした。


「いただきまーす」


 お嬢様は嬉しそうにフライドポテトを頬張った。フライドポテトとたこ焼きと、ホットドッグとジュースを二つずつ買った。フライドポテトとたこ焼きは半分こだ。


 美味しそうに食べているお嬢様の写真を撮った。


 お嬢様がたこ焼きを食べさせてくれた。熱くて口の中を火傷やけどするかと思った。お嬢様は熱がる僕にジュースを差し出しながら笑っていた。可愛らしくて、抱きつかないようこらえるのが大変だった。


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