080. 初デート? 2/4 ― 写真 (黒羽)
「何しよっか?」
「白鳥に乗りたいです」
本邸から歩いて来られる場所にとても大きな公園がある。円境湖の子どもみたいな、大きい池がある。そこに、お嬢様と二人で遊びに来ていた。
お嬢様はズボンを穿き、動きやすい格好をしてキャスケット帽をかぶっている。買い物に行くときの格好だ。男の子の格好をするようにと言われたわけではない。動き回るのでこの服装が良いとお嬢様が決めた。髪はハーフアップにして、下半分を帽子から出している。
「いいね。乗りに行こう」
「その前に。ちょっと待ってください」
僕と手をつないでボート乗り場に向かおうとするお嬢様を引き止めた。リュックから、あるものを取り出した。
「な、なにそれ!」お嬢様はとても驚いている。
「カメラですよ。インスタントカメラ。撮ったその場で、すぐに写真ができるやつです」
「こんなのがあったの? 写真って、写真館に行かないといけないのかと思ってた!」
「出たばかりですから」
「そうなの? すごい! 黒羽ってこういうの興味あったんだね」
「旦那様が買ってくださったんですよ。入学祝いに」
「あ……、そ、そうなんだ。良かったね!」
お嬢様は一瞬だけ泣きそうな顔をした。気を取り直すかのように、にこっと微笑んだ。
三月になった。僕が学園に入学するまで、残り一ヶ月を切った。お嬢様と一緒に過ごせるのは残り三週間ほどだ。
チョコレートのお茶会があった日。お嬢様にいつものように慰めてもらっていたが、心はどこか浮き足立っていた。お嬢様は断らないと思っていた。思っていたはずなのに、断られたらどうしようと不安だった。いつもだったら、断られても平気だ。良い返事がもらえるまで、グイグイ押すだけだ。でも、今回はなんとなく断られたくなかった。
お嬢様をデートに誘った。デートとは言わずに、二人で出かけましょう、と誘った。お嬢様は、いいよ、と頷いたあと、でもお父様に聞いてからね、と付け足した。
旦那様には確認済みだった。許可を得たのでお嬢様を誘った。そのことを伝えると驚いていた。
僕の誕生日の少し前、十二月の頭に、旦那様が誕生日プレゼントに欲しいものはないかと尋ねてくれた。これまでは、毎年欠かさず聞いてくれる旦那様に、欲しいものはないので大丈夫です、と答えてきた。初めて、あります、と返事をした。
「春になったら、お嬢様と二人でお出かけがしたいです」
旦那様は目を見開いていた。条件付きで許してもらえた。
先月、旦那様と二人で買い物に出かけた。入学祝いに何か欲しいものはないかと聞いてくれた。お嬢様と出かけることを許してもらえた。もう充分だった。ただ学園への入学は、誕生日のように毎年のことではなく、一度しかないことだ。欲しいものはないと言いかけて、口をつぐんだ。
何か良い物はないだろうかと悩みながら、先を歩く旦那様についていくと、電化製品売り場の一角にたどり着いた。インスタントカメラが売られていた。携帯用の小型のカメラが出たらしく、派手に売り出されていた。レンズの大きいすごそうなカメラと十五センチ四方くらいの手軽そうなカメラ、二つのタイプのカメラが並んでいた。
旦那様は、特にないならこれはどうだ? と手軽そうなタイプを薦めてくれた。僕がいつも物を欲しがらないので、もしないようだったらカメラを薦めるつもりだったと話してくれた。
黒色のボディに紫色のラインやポイントの入っているカメラを選んだ。カメラだけでも高いのに、こんなに買ってもらっていいのかなと思うほど、フィルムもたくさん買ってくれた。
カメラとフィルムの入った紙袋を受け取るとき、感謝の気持ちとともに、大事にします、と伝えた。旦那様は、使い倒しなさい、と頭をなでながら手渡してくれた。
家に帰ってから、徹さんにお礼を言った。徹さんと相談してカメラを薦めることにしたこと、たくさんのフィルムは徹さんからのお祝いだと、帰りの馬車の中で教えてもらった。徹さんは、頑張れよ~、と言いながらニヤニヤしていた。
「このカメラを使いこなせるようになりたいので、モデルになってください」
「え、やだ……」お嬢様は嫌そうな顔をした。
「な、なんでですか!」これは断られると思っていなかった。
「写真うつり良くないし」
「そうですか?」
僕たちが写真を撮るのは、年に二回くらいだ。お嬢様と僕の誕生日あたりに写真館で撮っている。
「そうだよ。それに、それって、失敗したのもそのまま出てくるでしょ。撮り直せないし、消去できないでしょ」
(撮り直し? 消去?)
「普通じゃないですか?」
「あ! う、うん。普通なんだけどさ。それが嫌っていうか。あ、そうだ。私が撮ってあげるよ、黒羽のこと」両手を差し出してきた。
「これ、写真撮るのに氣力使いますよ。カメラ高いですけど、お嬢様使ってみますか?」
「え!? 氣力使うの? そ、それは触りたくないな。壊しちゃったら大変だし。黒羽のだし……」眉間にシワを寄せ、両手を引っ込めた。
「それに、僕が使えるようになりたいんですよ。おとなしくモデルになってください」
「ええ~。やだなあ」
パシャッ
「あ! 撮っていいって言ってないのに」
「お嬢様の返事待ってたら、日が暮れちゃうので」
カメラから出てきたフィルムを眺めていると、三十秒ほどでお嬢様の姿がきれいに浮かび上がった。
「ふっ、ふふふ」思わず笑みがこぼれた。
「ちょっと、黒羽! なんで、笑ってるの? そんなに変な顔してた? や、やだ、見せて!」
「大丈夫ですよ。かわいいです。ちょっと膨れてるだけですよ」
お嬢様には見せずに、写真がちょうど入る大きさの薄いケースに入れて、コートの内ポケットにしまった。いっぱい撮るので、写真用のファイルもリュックに入れて持ってきた。
「や、やだ~。帰ってから確認するから。変なのは回収するからね!」
「それって……」
「撮ってもいいけど、あとで絶対に見せてね」
「お嬢様!」
「そ、外、ここ、外だからね。家じゃないから!」
お嬢様は抱きつこうとした僕をヒラリとかわすと距離をとった。
「そうだ! 家じゃないから、お嬢様禁止ね。お嬢様って呼ぶときは、買い物のときみたいに、小さい声で。それに、ふざけてて、カメラ壊したら大変だから、抱きつくのも禁止!」
「そんなあ」
「写真撮るのと、どっちがいいの?」
「……今日は、写真で」
「それじゃ、ほら、ちゃんとカメラを首から下げて。落とさないように。高いものだから、あんまり見せないほうがいいかな? コートの中に入れておこう。この春っぽいコートも買ってもらったの? 初めて見るね」
「はい。この前、入学準備の買い物に行ったときに。学園公式のジャージで過ごす予定ですけど、普通の服も必要なので。いろいろと買ってもらいました。背が伸びて、小さくなってしまった服も結構あったので」
「そう。そっかあ。そうだね、背すごく伸びたよね」
お嬢様はまた泣きそうな顔をした。でも、涙はこぼさなかった。
「おじょ……、菖蒲様」
「まずは、白鳥ね!」
僕がお嬢様の手を握ると、ギュッと握り返してきた。お嬢様はボート乗り場を指さし、僕の手を引いて歩きだした。
今日はお嬢様といっぱい遊んで、いっぱい写真を撮る。それを持って学園へ行く。でも、学園のことはあまり考えずに過ごしたい。
これはお嬢様と僕の初デートだ。そのために下調べもした。絶対に楽しい一日を過ごしたい。
「黒羽、頑張れ~」
「菖蒲様も漕いでください」
「だって、疲れちゃった」
白鳥のボートに乗って少ししか経っていないのに、お嬢様は足漕ぎ用のペダルから足を外してしまった。
「舵はまかせといて」
お嬢様はハンドルに手を置いて、にこっと微笑んだ。
(かわいい)
「僕が向かう先を決めたいので」お嬢様の手の上からハンドルを握った。
「私も操作したい」
「漕いでるの僕なんで」
「それはいいっこなし」
「菖蒲様も漕いでください」
「も~、しょうがないなあ。手を離して~」
僕が手を離すと、お嬢様は椅子に両手をついた。足をペダルにかけ、全力で漕ぎだした。
「あ、あはは。菖蒲様、すごい、進む」
「も、もう、無理~~。疲れた~」漕いでいた足を止めてしまった。
「はやすぎです。もう少し頑張ってください」
「ええ~」
お嬢様はゆっくりとペダルを踏み始めた。お嬢様のハーフアップにした髪の毛が、風に揺れている。池に落としたら大変なので、お嬢様の帽子はボートに乗る前にリュックにしまった。
お嬢様にあわせて、僕もゆっくりとペダルを踏み込んだ。




