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花菖蒲のほとり  作者: B星
第2章 ④ 本邸 10歳
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 079. 初デート? 1/4 ― 緊張 (黒羽)

黒羽くろは視点。


 今日はお茶会だった。僕だけが出席した。お嬢様のおまけ出席はナシだった。


「いい匂いがする! ちょっと、交代。黒羽くろは、立って~」


「交代?」


 お嬢様に慰めてもらっていた。ソファーに座ってお嬢様の胸に抱きつくと、お嬢様はそんなことを言いながらすぐに離れてしまった。交代の意味がよくわからなかったが、とりあえず立ち上がった。


「お、お嬢様?」


「やっぱり! いい匂いがする。チョコレートの匂いがする~」


 僕が立ち上がると、お嬢様は胸に抱きついてきた。僕の胸に鼻をあてて、匂いを嗅いでいる。


「今日のお茶会は、チョコレートだらけだったんですよ。学園のイベントをしたお茶会だったんですけど……。チョコレートを渡して、感謝や想いを伝えるとかなんとか。なんていったかな? バ、バ……」


「バレンタイン?」


「そう、それです。お嬢様、よく知ってましたね!」


「ま、まあね。学園のイベントなの?」


「ええ。あれ? 名前は知ってるのに、学園のっていうのは知らなかったんですか?」


「へ? えっと、名前が印象的で……、な、なんとなく覚えてたの! ちゃんとは覚えてなくて。だから教えてほしいな。学園のなの?」


「そうらしいです。学園ってイベントがたくさんあって、そこから普及されたりするらしいですよ。卒業生が懐かしがったりとか。それで、そのバ……なんとかを、今度から学園外でもやってみたらどうかっていうお試しだったみたいです」


「そうなんだ。ところで……」お嬢様が見つめてきた。


(かわいい)


「お土産は?」首を少しだけ傾けた。


「かわいいっ!」


「く、苦しい~! お土産~、チョコのお土産はないの~?」


 お嬢様が可愛らしすぎて、思い切り抱きしめてしまった。背中をタップされたので、抱きしめる力をゆるめた。


「いっぱいありますよ」


「いっぱいあるの?」


「はい。みんなに一箱ずつ配られて、それを渡したい相手に渡すっていうのをやったので。たくさんもらいました」


「女の子から……だよね?」


「そうですけど。一応、女の子は男の子に、男の子は女の子にってことだったので」


「うわ~。黒羽、いっぱいもらったんだ。本当、モテるよね! すごいね! ……でも、それって一方で、もらえなかった人とかいたんじゃ。ってか、いたよね……。そこら辺のこと、ちゃんと考えたのかな……」お嬢様は少しだけ目を見開いて僕を褒めたあと、僕から視線を外し、眉をひそめて呟いた。


「チョコは全部お嬢様にあげますよ」


「あ~、うん。ありがとう。でも、それはもらえないかな。黒羽を思って、黒羽にってくれたチョコレートでしょ。私が食べるのはちょっと」


「用意したのは、主催者ですよ」


「それは、まあ、そうなんだけど。勇気を出して渡した女の子もいると思うんだよね。その気持ちを考えると、ね……」


 お嬢様は僕の顔を見上げるのをやめ、胸にポテッと頭を預けてきた。


(かわいい)


「あ~あ、それじゃ、お土産かと思ったその袋はもらったやつなのか~。残念」


 お嬢様がつまらなそうに呟いた。視線は、テーブルの上の紙袋に向けられている。お嬢様から離れ、その袋から一箱だけ取り出した。


「お嬢様、受け取ってください」


「だから、黒羽がもらったんだから、黒羽が食べなよ~」少しだけ口を尖らせた。


 チョコレートがあるのに食べられないと拗ねているのだと思う。僕が女の子からチョコレートを受け取ったことに対して、拗ねてくれたらいいのにと思った。


(僕も誰かに渡したって言ったほうが、お嬢様は喜ぶんだろうけど……)


「違いますよ、お嬢様。これは、僕の分です。僕が渡す分ですよ」


「黒羽の分? 黒羽、誰にも渡してこなかったの!? 欲しがる人、いっぱいいたでしょ!?」


「いましたけど。もう渡してしまったと言って、隠しておきました。いっぱいもらったので、隠しやすかったですし」


「ええ~。誰か、少しでもいいなと思う子に渡せば良かったのに」


 お嬢様は驚いた表情をしたあと、少し残念そうな顔をした。僕がいいなと思う子は目の前にいる。少しどころではない。この子しかいない。


「いいじゃないですか! これなら、お嬢様も気兼ねなく食べられますよ。さあ、どうぞ」


「う~ん……。持って帰ってきちゃったものは仕方ないか……。うん! ありがとう、黒羽! 開けてもいい?」


「はい」


 お嬢様はいそいそと箱を開け始めた。中には、チョコレートが二粒入っていた。


「うわあ、トリュフチョコレートだ! 美味しそう!」


 一粒つまむと、僕に差し出してきた。


「はい、黒羽。あーん」


「お嬢様の分ですよ?」


「いいから。あーん」


 口を開けると、チョコレートを入れてくれた。甘くて美味しい。残った一粒をつまむと、お嬢様自身の口に入れた。


「美味しいね、これ!」


 僕に顔を向けて、とても嬉しそうな顔をした。口の中のチョコレートがさらに甘く美味しくなったような気がした。


 ティッシュで指についたカカオの粉を拭いているお嬢様を、後ろから抱きしめた。お腹に手を回し、頭の横に頬を寄せた。


「ほどほど~」


「もらったチョコレートを一人で全部食べたら、鼻血が出ちゃいますよ。手伝ってください。二個入りなら、一個ずつ食べれば大丈夫です。それに、てつさんたちにも食べてもらう予定なので」


 たくさんもらったので、そうするつもりだった。てつさんたちに、一箱か二箱ずつもらってもらうつもりだった。僕の分の二箱以外は、全部あげてしまってもいいと思っていた。


 誰かに渡す用のチョコレートとは別に、お土産用のチョコレートも配られていた。渡す用のチョコレートをお嬢様に食べてもらいたかったので黙っておいた。お土産用はあとで渡すつもりだ。


「そ……っかあ。それなら、いっか。鼻血出たら大変だしね。さっそく、もう一個食べたいな!」


「かわいい」


「ほどほど~。そろそろ離れて~」


「まだ全然慰めてもらってません。……あ、あの、お嬢様」


「なあに」


 こんなに緊張したのは初めてかもしれない。心臓がうるさかった。お嬢様の背中に伝わってしまっているかもしれない。抱きしめる腕に力を込めた。


「あ、あの! 僕と――」


 意を決して、話を切り出した。


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