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花菖蒲のほとり  作者: B星
第2章 ④ 本邸 10歳
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 078. 心配事 4/4 ― 黒羽の心配事(大地)


 黒羽くろはの部屋に入ると涼しかった。俺との約束があった。シャワーを浴びる前に、冷房を入れておいてくれたのだろう。


 椅子を逆に向け、机を背にして腰かけた。黒羽はクローゼットを開けてしゃがみ込み、ガサゴソしている。


「おい、黒羽。さっきも言ったけど、ほどほどにしとけよ」


「う~、ん……」


隼人はやとにしめられてもめげないって。なんなんだよ。その根性は」


「……お嬢様は僕の全てだから」


「はあ?」


「僕の人生で一番頑張らないといけないことだから」


「マジで言ってんのか?」


「マジだけど……。えっと、コレと……、コレとコレか」


 黒羽は立ち上がり、クローゼットを閉めると、本を三冊差し出してきた。俺が受け取ると、黒羽はベッドに腰かけた。


「おお~、この本が隼人の……」顔がニヤけてしまう。


(と、その前に)


「なんかめ込んでることとかあるか? ここに住むようになって、我慢とかしてないか? 隼人がいなくなって、辛いこととかないか?」


 尋ねると、黒羽は怪訝けげんそうな表情をした。


「なんで? いきなり、どうしたの? 大地だいちのくせに」


「俺のくせにって、どういう意味だよ」


「そのままの意味ですけど」


「は~。お嬢様だよ。お嬢様が心配してるの。黒羽のことを。無理してないかって。つーか、俺だって心配くらいするけど」


「お嬢様が?」黒羽がニヤーッとした。


「そう。真面目な話だぞ」


「別にふざけてないけど」キリッとした顔をしたが、すぐにゆるんだ。


「その顔で言われてもな。で、どうなんだよ」


「大丈夫です。我慢とかしてません。家庭教師の時間、お嬢様と一緒にいられなくなってしまいましたけど、仕方のないことだから。勉強の時間が増えたけど、仕事は減ったから、集中して課題をこなせば自由時間は増えたし。その分、お嬢様と一緒にいられるし。あ、でも、我慢してるかも。本当はもっとくっつきたいんですけど。今は暑いって逃げられることが多くて。はやく涼しくならないかな。でも、そうなると……」


 黒羽の顔が急に曇り出した。


「そうなると?」


「涼しくなって、寒くなると……。春が来るから……」


 四月になったら、黒羽は学園に入学する。お嬢様と離れて暮らさなければならない。


「ああ。そういうことか。そうだな。っていうか、お嬢様のことばっかだな。他にはないのかよ。あ、そうだ、悠子ゆうこさんとはうまくいってないんだろ? 他の人とは? なんかあったりしないのか?」


「悠子さんはよくわかりません。最初からなんで。僕のことが生理的に嫌いとかなんじゃないですか?」


「生理的にって。それでいいのかよ」


「それでいいです。お嬢様じゃないんで。他の女の人にどう思われてても。あ、てつさんが……」


てつさん?」


「うん。てつさんが、最近よくわからない顔で僕のことを見てる、かな。ニヤニヤ……してるかな?」


「なんで?」


「さあ。よくわかりません。この前、お嬢様のほっぺにキスしてるとこ、見られたからかな?」


「そういや、ソレ、怒られなかったのか?」


「注意もされなかったです。お嬢様が仲直りのキスだって言ったからかな? でも、注意ではないんですけど……。その日の夜に、肩をポンポンって叩かれて、笑顔でうなずかれました」


「どういうことだ?」


 黒羽は首をかしげたあと、横に振った。


「あとは……。隼人に剣術の稽古をつけてもらえないのが、少し残念です」


「一人でやるのが寂しいなら、忠勝ただかつさんに頼んでみたらいいんじゃないか? たまになら、見てくれるだろ」


「恐れ多い」黒羽は真顔で頭を左右に振った。


「ぶはっ。それ意味違うだろ! 恐れ多いじゃないだろ、恐怖だろ! こわいんだろ!」


 黒羽にジトッとした目でにらまれた。


「あはは。他には?」


「うーん。特にないです」


「そっか。まあ、お嬢様が心配してるようなことはないってことだな」


「そうですね。お嬢様がいるから大丈夫です」


「ああ、はいはい。じゃ、本を見させてもらおうかな」受け取った三冊の本の表紙を見比べた。


「それ見ながらでいいから、聞いてほしいんだけど……」


「なんだよ」


(……お嬢様には内緒って話か。忘れてた)


「お茶会で女の子に誘われたことあります? 大地は女たらしだから、誘うほう?」


「誘うって? どういう意味だよ」黒羽に顔を向けた。


「だから……、部屋とか。人気ひとけのないところとか。そういう場所に誘って、そこでいろいろと……」黒羽は俺から視線を外し、下に向けた。


「まさか、やったのか?」


(お嬢様とは違う意味での、大人の階段を……ってことなのか!?)


「やってない! 大地とは違うから! たまに誘われるから、聞いただけ」焦った様子で顔を上げた。


「たまにって。本当についてってないのか? 本当はフラッと……」


「してない。トイレに行ったあととか、ちょっと一人になったときとかに、声をかけられて。一回のお茶会で、一人か二人くらいなんだけど。断ってます。しつこいときは、旦那様に声をかければ逃げてってくれるし」


「一回のお茶会で一人か二人って、多いからな。忠勝さんをそんな使い方してんのか」笑いそうになったが、笑うところではないと思いこらえた。


「それで、断ると言われる。みんなやってるって。年下の女の子……、お嬢様くらいの女の子にも言われたことがあって」


「すごいな……。ただ好きですって告白されるだけじゃないのか?」


「そういうこともあるんだけど。断ると結局誘われて……。他の人にはこんなことしないって。僕のことがいいと思うから、こうやって誘うんだって。遊びでいいから、今回だけでいいからって。そういうものなの? ぼ、僕が知らないだけで、お嬢様も……誰かを……」


「お嬢様のそういうところを見たのか?」


「見てないけど……。お茶会中、ずっと見てるけど、そんなところは見たことないです」


「ず、ずっと見てるのか」


 黒羽は、当たり前、とうなずいた。


「さすが黒羽、やばいな。……黒羽は、他の女の子とそういうことしたいって、少しも考えないのか?」


「考えません!」


「そっか。黒羽はそうかもしれないけど、そうじゃない人もいるんだよ。好きな人がいても、恋人じゃないうちは、そういう誘いがあれば乗る人もいるし。恋人がいたって、関係ない人もいる。誘う理由も、誘いに乗る理由も、人それぞれだ。顔が良いから、身分が高いから、金を持ってるから、友達に自慢したいから、ただその行為が好きだから、とかな」


「さすが、女たらし。よく知ってる」


「おい、それ、褒めてないからな。で、だ。もう、結論も言ったんだけど」


「結論?」


「ああ。人それぞれなんだよ。遊びでもいいって子もいれば、そうじゃない子もいるってこと。黒羽の周りに集まってくる女の子、全員が誘ってくるわけじゃないだろ? 一人か二人なんだろ? 見てるだけの子もいるだろ?」


「うん」


「あとは、誘われた側の気持ち次第だよ。その子を相手にするか、しないかだ」


「それで、大地は全員相手にして、とっかえひっかえしてたんだ」


「おい、黒羽……。俺はお茶会ではそんなことしてないからな」


「お茶会では?」


(余計なこと言ったな……)


 黒羽が思い切りニヤニヤしているが、これ以上突っ込まれなくないので、敢えて触れないことにした。


「で、聞きたいことはそれで終わりか?」


「終わりじゃないです。僕はお嬢様以外に興味ないからいいんですよ。誘いに乗ることはないので。問題はお嬢様です!」


「お嬢様も黒羽と一緒。そうしたい相手がいれば、そうするだろうし。したくなければ、しない。それだけだろ」


「ひ、ひどい!」黒羽がにらんできた。


「何がだよ」


「僕以外とそうさせたくないから、相談してるのに!」


「ぶっ! おい、いつから相談になったんだよ。つーか、そんなの俺にはどうしようもない。お嬢様の気持ちなんて、俺にはどうにもできないぞ」


「なんで!? そこは、女たらしの本領を発揮するところですよ」


 黒羽は立ち上がるとこちらに向かってきた。俺の後ろにある机から、ノートとペンを手に取るとベッドに座り直した。


「はい、どうぞ」


「なにが、どうぞ、なんだよ」


「女の子を誘うときのパターンですよ。いろいろとありますよね? 誘い文句とか。全部、洗いざらい吐いてください。メモにとるんで。それをお嬢様に、こう言われても絶対についていかないようにって念を押すんで」


「メモって……」


「はやく教えてください。僕がお嬢様を見張っていられるのは、三月までなんですよ! それまでに、お嬢様にちゃんと教えておかないと。変な男についていかないように」


「く、黒羽は、ホント、くくく、お嬢様のことになるとバカっぽくなるよな。あ、あはははは」


「な、なんで笑うんですか」黒羽はブスッと頬を膨らませた。


「お嬢様がお茶会で、かわいいね、二人きりで話がしたいな、とか言われてついていくと思うか?」


「思わな……、いや、ついていきそうな……」


「思うのかよ……。その前に話せるのか? 知らない人とは話さないんだろ?」


「そうだけど。向こうに美味しいお菓子が置いてあるとか聞こえてきたら、フラフラその場所に行っちゃって、待ち伏せされて……、とかあるかもしれないじゃないですか!」


「あ、あはははは。ありそうだな。なんだ、黒羽のほうが、お嬢様の誘い方わかってるじゃないか」


「大地の役立たず! 本、返してください」黒羽が手を差し出してきた。


「そうだった。俺は本を見たいんだよ。しばらく、ほっといてくれよ」


「僕の相談は!?」


「もうしただろ。お嬢様の誘い方は、黒羽のほうがわかってるし。まあ、頑張ってお嬢様を振り向かせるんだな」


「どうすれば、振り向いてもらえるんですか?」


「さあな。俺、そういうのやったことないから……」本を開いて、視線を落とした。


「……え?」


「誰かに振り向いてもらおうと思ったことがない」


「本当に?」


「ああ」


「ええ~。とっかえひっかえの上、追いかけたことがないだなんて……。なにそれ。とっかえひっかえだから、追いかける必要がなかったってこと?」


 黒羽はぶつぶつ言いながらノートとペンを机に戻すと、ベッドに倒れ込んだ。少し経つと寝息が聞こえてきた。俺と剣術の稽古をし、そのあと道場の後片付けを一人でやりきった。疲れていたのだろう。


 簡単にだが、三冊全てに目を通した。


(隼人、この本……、確かにピュアだけど……)


 隼人が黒羽に渡した本は、内容もソフトで純愛系だった。ただメインで掲載されているものの女性の髪が、全てウェーブのロングだ。お嬢様の髪と似ている。


(わざとなのか、なんなのか、聞きたい)


 お嬢様が夕食の時間だと呼びに来るまで、本を眺めていた。黒羽は眠っていた。

 ドアがノックされた瞬間に、本を隠した。お嬢様が部屋に入ってきても、黒羽は起きなかった。


「黒羽は我慢してることないってよ。お嬢様が心配してるようなことにはなってない。安心しろ」


「そっかあ。なら、良かった」


 小さい声でそう伝えると、お嬢様はホッとした様子で微笑んだ。


 お嬢様が黒羽を起こそうとしたので止めた。あるセリフを言わせてみた。


「黒羽! 時間! 隼人が待ってるよ!」


 黒羽は飛び起きた。隼人がいなくなって四ヶ月以上経っているのに、見事な反応だった。俺とお嬢様は、しばらく笑いが止まらなかった。


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