アルスマグナの姫 エリシア
プリンセスナウ
「スニーキングのスキルは俺はないぞ?」
「そうね、だけど私はある。 スニーキング……スカウトのスキルね。 見つからない様に私が奴らの同行を探る。 アンタは少し離れたところから、ご自慢のスキルで他に敵がいないか索敵をして」
「見つけたら?」
「私がエリシア様と一緒にいます。 リューキ様の情報は逐一私の中に入ってくるようになってるので」
「そうか……それは……って、え? 逐一?」
「ええ一分一秒漏れることなくリューキ様の状態や場合によっては視覚情報まで共有されてます……あ、そういえば昨日夜分にトイレに行った際快楽指数が急上昇していたのが気になったのですが」
「わーー!? ミユキ!? 夜は、これから夜はダメ!? 夜はその機能停止させなさい!?」
「え? しかし夜分こそ敵に襲われやすく……」
「夜だからこそダメなの!? もっと、もっと他の方法で!? 俺とお前の仲でもこれからはプライベートは考えて!?」
「そ、そうですか……エリシアさんどういう意味か解ります?」
「まぁ、騎士は戒律が厳しいものね……リューキも男の子だし? 私は
、そういうところ理解あるから大丈夫よリューキ」
エリシアはなまめかしいなんとも言えない表情で俺を見つめた後、親指を立てる。
「優しさが痛いわ!?」
「……ほら、ふざけてるとゴブリンたちを見失うから行くわよ」
「了解です」
エリシアはそういうと、俺に先導して先に茂みの中を歩いていく。
俺は、心の中に少しだけ傷を残したまま、その後をゆっくりとついていくのであった。
◆
エリシアの後をついていくようにゴブリンの後をつけること数分、テルモピュリーとの国境線から離れ、エルフ領近くの森を国境沿いを歩いていく。
ちなみに、なぜ俺が国境すれすれを歩いているかわかるのかというと、ステータスのおまけらしく、国境線がオレンジ色の線となって視覚化されているためだ。
どうやら、エルフとアルスマグナは、この森に流れている少し大きめな川を国境と定めているらしく。
俺は川の音を聞きながら少し離れたところにいるエリシア達の後を追いかける。
ゴブリンたちは川の付近には近づいていないが、エリシアは少し遠回りするように近づいている。
恐らく、足音や会話の音を川の音で消すためだろう……。
ただ後をつけるだけではなく、そういった要因を考えながら尾行をしなければならない。
恐らく、森の中で生きてきたエルフだからこそ思いつくことである技法であるし、自然と身につきそして幾重もの失敗を超えて手に入れたスキルなのは俺でもわかる。
そして、このスキルグラップというスキルがいかに異常なスキルであるかを……。
今こうして、蛇の抜け殻に驚いて尻餅をついてしまった俺でも、エリシアのスキルをグラップすれば彼女のようにゴブリンを追うことができる。
五秒だけ……とは言うが、彼女の思考や考え方をその間だけ理解することができるのだ。
……なんだか嫌な予感がする。
このスキルを持つことが、予言者の手紙が残した通りの未来を呼び込むのだとしたら……俺はそんな不安を覚えながらも、蛇の抜け殻を蹴とばした後にエリシアのアチ尾を追いかける。
と。
ふと、俺の視界に追跡している敵以外の存在が移る。
ゴブリンよりも大柄であるが、赤色で表示された者たちが、まるでゴブリンたちを迎え入れるかのように立ち止まっている。
「エリシア、新手だ……その付近に強敵が潜んでいる」
ぼそりと俺は小さくつぶやくと。
【了解ですリューキ様、少しだけ距離を開けます……ちなみに、新手の方の動きはどんな感じですか?】
「まるでカカシですな……恐らくはゴブリンの仲間だと思うんだが、エリシアの方からは目視で確認できるか?」
「うーん、よっぽどうまく隠れてるのかしら……こちらからだとうまく見えないわね」
「そうか、となるとこれ以上行くのは危険だな……いったん離れて様子を」
見た方がいいな……そう俺が言おうとすると、急きょ新手の方のシルエットがゴブリンに向って行動を開始する。
「エリシア、新手が動き出したが」
「あーそうね……これ不味いかも……」
「ゴブリンの仲間じゃ無さそう?」
「控えめに見ても、抱擁のハグには見えないですね……」
となると、敵対勢力との抗争か。
「エリシア、すぐに戻ってきてくれ……巻き込まれると……」
瞬間ゴブリンを襲撃している赤いシルエットが、エリシア達へと向かっていくのが見える。
「エリシア逃げろ!? そっちに一体向かってる!」
「えっうそやだ!? きゃああ!?」
「エリシア? くそったれ!」
その言葉と共に、なにやら悲鳴のような声が一つ響き、同時に通信が途絶える。
まずい……。
赤い影が、エリシアの腕を掴み剣を抜くのが見える。
いかに高位の魔法使いとはいえ、近接戦闘では勝ち目はない。
俺は自分の判断ミスに舌を鳴らしながらもエリシアを助けるためにエリシアの元に駆け出していく。
「はあああぁ!」
剣を引き抜き、敵のできるだけ少ない場所から一直線に……エリシアの元へと走る。
茂みを抜け、俺は剣を振りかぶったまま背後からエリシアを襲う影に襲撃を仕掛ける。
われながらこれ以上のバックアタックはなかっただろう。
茂みから飛び出すと、丁度腕を振りほどこうと暴れるエリシアの姿が見える。
よかった、まだ怪我をしている様子はない。
だったらあとはこの汚い手を、離させるだけだ。
「エリシアを離しやがれえぇ!」
一閃……とまではいかないが、鋼の剣をできる限りの力で振るおうと振りかぶり。
「なっ!?」
不覚にも、俺は振り返った鎧姿の敵の姿に驚愕を漏らす。
……振り返ったその鎧姿の人間は……女性であり、その胸には……アルスマグナの正門前で見た竜の紋章が輝いていたからだ。
「……アルスマグナの……ひゅべえ!?」
鈍い衝撃が走り、俺の動きはいったんここで止まり、少しの浮遊感の後、地面に叩きつけられる衝撃で意識が戻る。
「リューキ!?」
「捉えろ!」
「はっ!」
「俺のばかやろう……」
呆けたその一瞬に、さすがは軍人というべきか、不意打ちであったというのに俺に対し裏拳をその少女は放ったのだ、ということを理解するころには。
俺はあっという間に周りにいた兵士に取り押さえられていた。
「動くな……お前たちには聞きたいことがある」
取り押さえられ、身動きもできないためようやく落ち着いてあたりを見回すと、目の前にころりとゴブリンの首が転がる。
あぁ、こりゃまずいな。
鋼鉄製の鎧の足で踏みつけられながら、俺はそんな感想を心の中でつぶやく。
拘束自体はスキルグラップで解除できそうだが。
喉元に突き付けられた剣はどうにかできそうにない。
「ちょっとリューキ!? 結構すごい落としたけど大丈夫!?」
あぁ、この状況でも俺の心配をしてくれるエリシアの優しさが痛い。
「あぁ、吹き飛ばされて叩きつけられるのは実は二回目だからな、そこらへんは問題ない……えーと、ミユキは無事?」
「ここにいますよ~」
声が頭上から響き、俺は首だけを持ち上げて俺を裏拳で吹き飛ばした女の手を見てみると。
そこには首根っこを掴まれてうなだれるミユキの姿があった。
首を掴まれて運ばれる子ウサギの様だ。
「……無事でなによりだ……」
「これが無事に見えるんですかねリューキ様」
「あぁ、昨日のアンデッドよりかは健康そうだ」
俺はそう冗談をミユキに飛ばしてみると、ちくりと首に剣が刺さる。
「いっつ!?」
「そこ! 勝手にしゃべるな! ……質問にだけ答えろ……貴様等は何者だ」
「……俺はリューキ……冒険者ギルドに頼まれて、殺された守り竜の調査に向った冒険者の捜索をしていた」
「……怪しいな……その目、その口ぶり……私は知っている、それは詐欺師の目だ」
どうやら彼女は人を見る目があるようだ。
「ちょっと!? リューキが嘘なんてつくわけないでしょう!?」
そして彼女は驚くほど人を見る目がない。
「それを判断するのは我々だ……どちらにせよ、ギルドに確認が取れるまで貴様らの身柄は拘束させてもらう」
「そりゃどーも……」
俺はその言葉にため息を一つ漏らし、彼女たちの言い分に従うことにする。
まったく、転生したり冒険者になったり、拘束されたりと、忙しい旅路だことだ。
「……アキハ隊長……偵察隊が守り竜の遺体を発見しました」
「え?」
そんな中、一人の鎧姿の兵士が茂みから顔を覗かせ報告をする。
ステータスが他の兵士よりもとびぬけているため、恐らくとは思っていたが、どうやらこのアキハという人物がこの兵士団の隊長であるらしく。
その名前を聞くと、エリシアはそんな驚愕の声を漏らす。
「……アキハ?」
「……気やすく私の名前を……」
「チックタッククロック、おやつが来るのはいつだっけ?」
「!?」
不思議な呪文を唱えるエリシア、俺はミユキに視線を向けると、ミユキは首を傾げ、同時に他の兵士たちをも見てみると、他の兵士たちも首を傾げている。
しかし。
「え……あ……え?……ノックノッククリック……10時と3時たったの二回……」
その不思議な呪文の続きを騎士の少女は唱え始めたのだ。
その言葉に、エリシアは口元を緩ませると。
「こっそりお願いお願いよ……甘―いお菓子を持ってきて?」
「ノックノッククリック……仰せのままに……お姫様」
震える様な声……まるで夢でも見ているかのような呆けた表情を、その少女は作り。
同時に信じられないと首を左右に振りながらも、しかし呪文は重なり合う。
「今日は何して遊ぼうかしら」「今日は何して遊びましょうか」
二人の声が重なり……同時に静寂がおとずれる。
静かな風が森を通り抜け、木々は二人の再会を祝うかのように身を揺らす。
そして……。
「うそ……そんな……貴方は」
ぽろりと瞳から涙をこぼし、崩れ落ちるように騎士の少女は頭を垂れ、エリシアを離し跪く。
「……久しぶりね、アキハ……泣き虫アキハが随分と怖い顔になっちゃって、気づかなかったわ」
「エリシア様こそ……お美しくなられて……」
その言葉に、兵士団たちは慌てて俺達から剣を離し、エリシアに跪き始める。
アルスマグナの兵士団がエリシアの名前を聞いただけでこの反応。
「いや、おいまさか……」
育ちがいいとは思っていたが……。
俺は立ちあがり、恐らく間の抜けた表情でエリシアを見つめていたのだろう。
エリシアはばつが悪そうな表情ではにかんだのち。
「隠しててごめん……私、実はこの国のお姫様なのよね……」
なんてとんでもないことをさらっとぬかしやがったのであった。
【エリシア王女】 アルスマグナ国王ガラドランとテルモ国女王フレイリアの間に生まれたハーフエルフ。
アルスマグナとテルモとの和平のための政略結婚であり、その第一子であるエリシアはエルフと竜神族二つの国を統べる女王となるはずであったが……戦争の再発、そして終結と同時にアルスマグナは人質としてエリシアとフレイリアを差し出すことに……。 その後、フレイリアは殺害され、同時にエリシアも命を落としたとされていたが……。




