アルスマグナの脅威
「こんな時間にしかもこのタイミングでの緊急の召喚……一体何が」
白色の石畳に赤き絨毯が敷かれた謁見の間へとつながる廊下を、アルスマグナ王国軍、軍隊長アキハは一人そう呟きながら速足で歩く。
南方での魔獣討伐に駆り出され、たった今帰還したばかりの彼女に、畳みかけるようにかかった緊急の召喚……他の部隊は出払っている気配はないというのに……なぜか帰還したばかりの彼女が呼ばれた不自然に疑問を覚えながらも、アキハは命令通り謁見の間へと向かう。
場内は夜であるため薄暗く、煌煌と光る照明用の魔鉱石は光が弱く、吹く風は夏が近いというのにどこか冷たい
嫌な予感がする。
部族戦争時、王を守り最前線で戦い続けた者の勘か……アキハはそんな予感を感じながら歩む速度を更に上げる。
夜の招集自体は、長年戦争を経験してきたアキハにとっては珍しいことではないが。
問題なのは、数多くいる隊長の中で、たった一人自分だけが招集されたということだ。
平和になった現在……跡継ぎのいない老王には味方が少ない。
「何もなければいいのだが」
不安は募り、アキハは自分の杞憂であることを祈りながら、謁見の間の扉を開ける。
と。
「よくきた……アキハよ」
そこには三人の人間が立っていた。
玉座に座るのはアルスマグナの王、竜神王ガラドラン。 そして左大臣のメリエスと右大臣のカルロスゴーン。
この国のトップ三人がアキハを迎え、そしてそれ以外の者は一人として存在しない。
門の前にも、廊下にも、近衛兵はおろか給仕の者もいない。
人払いが完全になされた、まさに密会の場といってもいいだろう。
アキハは、自分の悪い予感が的中したことを察するも、表情を変えることなくその場に跪く。
「……王国軍第一番隊隊長。 アキハ・イガキンデ。 召喚に応じ参上いたしました」
アキハの言葉に、老王は一人満足げにうなずくと。
「……急な呼び出しをして済まなかったなアキハ。 しかし事態は急を要するのだ」
「やはり問題ごとですか」
「あぁ、予想通りな」
王は一人ため息を漏らすと、少しばかり悩むような表情をする。
「一体何が?」
「……テルモピュリー国境沿いに配置した守護竜が殺された……しかも二体同時にだ」
「馬鹿な!?」
アキハはその言葉に驚愕を隠せずにそう叫ぶ。
しかし。
「先日ですな、国境付近の近衛兵がその遺体を確認しましてな……」
そう左大臣は淡々と語る。
「……二匹ともですか?」
「二匹ともですな……」
「死因は? 疫病か何かですか?」
その問いかけに、右大臣は持っていた書類にもう一度目を通し。
「いや、他殺である。 一体は全身を魔法でつぶされ、一体は頭蓋を大岩でくだかれていたのである」
魔法……は間違いなくエルフ族が行使する魔法だろう。
最高峰の魔法防御を持つ竜の体を潰すほどの膨大な魔法を行使できる術者など稀ではあるが、エルフ族ならば不可能な話ではない。
だが問題は、大岩で頭を砕かれた龍の方だ。
その殺し方はどう考えてもエルフの者ではない。
「……どう考える? アキハ」
自体と問題点を理解したと踏んだのか、老王は一人つぶやくようにアキハに問いかける。
と。
「……岩の大きさや種類を見なければ分かりませぬが。その殺し方はエルフの者では不可能かと」
「では何が起こったと考える?」
続いて降りかかる質問に、アキハはしばし瞳を閉じ思案を巡らせ。
同じ国境付近に面する小さな部族の集落を思い出す。
「ゴブリンの部族……彼らの助力があった」
「……やはりですな。 我ら三人とも同じ考えなのですな」
最悪のシナリオに、アキハは一つ表情を歪める。
「それが事実であるならすぐにでも派兵をしなければ。 アルゴンはエルフの里にゴブリンの里双方から挟撃を受ける形になってしまいます」
守り竜がいない今、テルモピュリーの国境は兵がいないも同然である。
鍛え抜かれた兵士団による自治が行われているとはいえ、小競り合いならいざ知らず、戦争となればオーガとエルフの挟撃を備えられるだけの設備はない。
今すぐに討伐隊を派遣し、戦争に備え国境付近の守りを強化するべきだ。
しかし。
「……派兵は出来ないのですな」
左大臣は一人うなだれ、ため息を漏らす。
「なぜ!?」
「……確たる証拠がない今、王の一存では軍は動かせないのですなぁ」
「もし事実なら、事態は一刻を争います!?」
「だが違うかもしれないと……貴族院の決定だ。 動かすならば……第一部隊のみの派兵を許可すると」
「……貴族院……王であるあなたが貴族の意向に縛られると?」
「それが文民主義なのである……。 情けない話であるが、王にはもうかつての力はないのである」
右大臣の言葉に、王は一度ため息を漏らし額に手をつく。
「っ……空気を読むのですな!? カルロス」
「よい……事実だ。 あいまいにすれば真実を見逃すことになる……」
「つまりは、この調査命令は、私の排除が目的だと?」
「……あぁ、体のいい厄介払いだな……。貴族たちの意見も我々と同じなのだろう」
現在、王の自由に動かせる部隊はアキハのいる第一部隊のみ。
戦時中、戦場の最前線に常に立ち続け、勝利をおさめ続けてきた彼女の部隊は、他の度の部隊よりも強く、そしてどの部隊よりも民衆からの指示が高い。
王を傀儡としたい貴族たちにとっては……彼女の存在は邪魔なのだ。
「ゴブリンとエルフの軍勢に襲撃をされ、第一部隊は壊滅。 その後後続の部隊が侵攻を阻止撃破……それこそ貴族院がもくろんでるシナリオだろう。 現に、余に内密で私兵を動かしている一団があると聞く」
「……」
王はあくまで冷静に静かに呟き、アキハはその言葉に少し考えをめぐらせ。
そして疑問を覚える。
「確かに、自然な流れにも見えますが……これは本当に偶然でしょうか?」
「……罠でしょうなぁ」
アキハの言葉に、左大臣は間をおかずにつぶやく。
「アキハ殿が帰還したと同時にこの情報は上に上がってきたのである。しかも出どころは貴族院……罠の匂いがプンプンなのである」
「恐らく、エルフとゴブリンの挟撃に会うことになるのですな……下手をすれば部隊は壊滅……王の剣であり、ミーの個人的なお茶友達を向かわせたくはないのですな……」
「吾輩としても同意見である……アキハ殿の剣術の稽古が、最近の楽しみである……だが」
「ですが……これが罠だとするならば、この国を陥れようとするものが貴族にいると……そう言うことですね?」
「そう言う……ことだ」
二人の言葉から、心の底から身を案じていることをアキハは感じ取り。
竜神王の表情は、溶けた鉛を飲み込んだかのように渋い表情をしている。
―――優しいお方だ―――
そうアキハは心の中でつぶやき、同時にその王に忠を尽くすべく、立ち上がり敬礼をする。
「王よ……お命じください……国を脅かすものがあるならばその者を打ち倒しましょう、貴方様を陥れようとするものがあるならばそれを白日の下にさらしましょう……それが、私の使命であり……今は亡きお妃さまと姫さまとの約束でございます」
「……」
その言葉に、一瞬老王は賢人の衣を剥ぎ……一人の父と夫の顔になり。
「……アルスマグナの威を示せ。 アキハ将軍」
そう短く命ずる。
彼女が戦う理由はそれで十分であり。
「……はっ!!」
アキハは笑みを零して再度敬礼をすると……そのまま一人死地へと歩んでいく。
言葉はいらず……彼女がその場から立ち去るまで、声を発するものはだれ一人おらず。
広く絢爛な謁見の間に……大げさな扉の閉まる音が響き渡った。
……………。
「よかったのであるか? 友よ」
右大臣カルロスの言葉に、一度目を伏せて竜神王ガラドランはうつむき。
「今彼女を失えば、貴方を守る盾がいなくなるのですな……いいのですかな? 友よ」
それに重ねるようにメリエスは問いかけ、ガラドランは顔を上げ。
「良い……民が傷つく危険が迫ってる中……自分の身を案じてどうする」
「……変わらないですな……貴方は。いつも自分よりも民を優先する」
「当然だろう……民無き王など、ただの愚者でしかないのだから」
その言葉に、両隣の大臣は口元を緩ませた。




