異世界温泉は混浴が普通の様です
お風呂NOW
「あぁ、確かに言われてみれば……」
疲労や命の危機にさらされ続けていたために忘れていたが、よく見れば服も体も泥だらけであり、体の痛みが消えた今になってようやく体はわがままにも不快感を訴え始める。
「温泉に入ってくるというのはどうですかリューキ様?」
「温泉? そんなものあるのか?」
「ええ! ほら、これ見てください!」
そういうとミユキは飛び上がり、壁に貼り付けてある宣伝のチラシのようなものを指さす。
書いてあることは当然この国の言葉ゆえわからず、俺は首を傾げると。
「……天然温泉がありますよ!? 入浴自由だそうです!」
そうミユキが親切に翻訳をしてくれる。
「そんなものまであるのか?」
一拍五千円としては破格の待遇であるが……。
「ええ、アルスマグナは元々、火山が多い場所で、いい温泉があっちこっちで出るのよ。
街に一つは大浴場が設置されているし、首都のアルスマグナに至っては皇帝自ら設計した浴場で、人々は一日数時間必ず大浴場で体の汚れと疲れを落とすのが日課なのよ……ここはもともとエルフ領だから、そこまで浴場に対する思い入れは強くないだろうけど、それでもみんなお風呂好きなはずよ?」
力説するエリシアはどこか興奮気味にお風呂について語る。
「……なんだかローマみたいだな」
「ローマ?」
「俺の世界でも、昔だが似たような国があったんだよ。 一時期は相当繁栄したって話だけどな……すべての道はローマに通ずって格言が外国にも残ってるぐらいだ」
「……すべての道は? 確かに似てるわね。 アルスマグナも同じよ。~道とはアルスマグナの蔦である~初代皇帝が残した格言よ……」
言葉こそ違えど、言いたいことは同じのようであり、俺はますますアルスマグナという国がこのローマに似ているなと思ってしまうが……俺はふと疑問を覚える。
「そういえば、やけにアルスマグナについて詳しいな……お前エルフの里の人間じゃなかったっけ」
「えっ!? そ、そりゃあそうよ! 密入国するぐらいだもん、アルスマグナについて知っておかないとでしょ? それに、私はテルモピュリー出身だから、色々と隣の国の情報は入ってくるの」
「ふぅん……そうなのか」
まぁ、エリシアがそういうならそう言うことなのだろうと俺は一つ納得をし、立ち上がる。
「そうと決まれば早速行くか」
「おー! です!」
「あ、私はフロントに荷物預けてから行くから……二人は先に行ってて頂戴」
「分かった……じゃあまた後でな」
「はいなー」
緊張の糸がほぐれたのか、エリシアはそんな気の抜けた返事をしてひらひらと手を振り、俺とミユキは部屋を出てのんびりと温泉へと向かうのであった。
◇
「はー……いいお湯ですねーリューキ様―」
「そうだなー……」
湯煙立ち上る天然温泉。
日本のそれとは異なり、乳白色の石材で作られた風呂の湯加減は少し暑めでちょうど良く、疲れ、委縮した筋肉がゆっくりとほぐれていくのが分かる。
「「くあ~~」」
エリシアのつてでやってきたこの宿泊施設であるが、どうやら今日は俺たち以外の宿泊者がいないらしく、俺は湯船で、ミユキは木製の桶にお湯を張った簡易の風呂の中で同時に伸びをする。
「それにしても、転生生活一日目だってのに、随分と忙しかったな」
「そうですね、ドラゴン退治にダンジョン攻略……。 本当に目まぐるしく一日が過ぎていきました」
ぴしゃりとおれは水滴を跳ねさせ、俺は顔についた水滴を拭う。
じんわりと目の奥に熱が伝わる感覚がし、肩や首が楽になり、俺はそこで初めて全身が張り詰めた糸のように強張っていたという事実に気が付く。
「よくもまぁ生きてたな、俺たち」
「八回ぐらいは死んでてもおかしくなかったですね」
からからと笑いながらミユキは桶の淵に腕を組み、顎をそこに乗せてこちらに微笑む。
その笑顔は、あれだけ危険な目にあったというのにどこか楽しそうであり。
「リューキ様、楽しそうですね?」
そして同時に俺の頬もミユキと同じように微笑んでいた。
そりゃそうだ。
見たことのない世界、見たことのない神秘に神話。
現実世界では想像と空想、そして文字の羅列と紙に落とされたインク……そしてパソコン画面に映る平面の世界でしか触れることのなかった憧れの中に立っている。
見ているだけじゃ体験できないスリル……冒険、痛みに……そして感動。
ここは俺にとっての死後の世界であるが……生きていた時の方がよっぽど死人のような生活を送っていた。
現実はクソゲーとはよく言ったものである。
この世界は、神ゲーだ。
「あぁ……とっても楽しいよ」
「それはよかったです……私も御鼻タカタカさんです!」
そっと手を伸ばし俺はミユキの頭を撫でる。
「よしよし、ありがとうなミユキ」
「えへへ~……ところでリューキ様」
「ん?」
「……あの手紙のことなんですけれども」
ふと、ミユキの笑顔が消え、不安げな声を漏らす。
「……どうした?」
「いや……その。 あの手紙が予言者の残したものだとすれば……リューキ様に不穏なことが起こるのは確かです……そして、恐らくエリシアさんと一緒に旅を続けることにより……起こるのだと」
「あー、そうだなぁ」
「エリシアさんはいい人です……リューキ様とも気が合うし、あちらもリューキ様を頼っています……ですが、ここで袂を分かてば、リューキ様に降りかかる厄災を回避できるはずです」
「……そうかもな」
ダンジョンにわざわざあの手紙を残すという事。
それはつまり、エリシアと共に旅を続ければ俺は死ぬと暗示しているようなものだ。
「いまなら、お互い情もそこまで移っていませんし。私はここでエリシア様とは別の道を行くことをお勧めします」
ミユキは心の底から俺を心配してくれているのが伝わった。
だが。
「……だけどよ、もしそうなると俺に降りかかる危険って奴が……エリシアを襲うかもしれないだろ?」
きっと、危険があってもエリシアは逃げないだろう。
そうなれば、俺がたどる末路を、エリシアが肩代わりすることになる。
そうしたらきっと……俺は後悔をし続けるだろう。
暗い部屋の中で、俺は後悔し続けながらただただ毎日ディスプレイを眺め……そして後悔をしながら死んでいった。
だから……二回目の人生だけは、後悔をしない選択を取っていきたい。
雨ばかり降っていた俺の心のなかを照らしてくれたのは……彼女なのだから。
「……そうですか」
ミユキは一度、悲しそうに笑うと首を振り。
「では、仕方ありませんね……ここでのリューキ様は何よりも自由なのですから」
なんて苦笑を漏らすのであった。
「悪いな……心配してくれてありがとう」
「いいえ、私はせいぜいリューキ様の人生が荒れた天気にならない様に祈るだけですよ」
「それなら安心だミユキ……ダンジョンに雨は降らないからな」
「血の雨は降りますけどね」
「怖いこと言うなぁ」
「チャラいこと言うからです」
「チャラいって……」
「あら、随分と楽しそうね? 何の話?」
そう、ミユキと軽口をたたき合っていると、ふとその言葉を遮るように聞いたことのある女性の声が温泉の中に響き渡る。
「へ?」
俺はふとその声の方向を反射的に見やるとそこには輝く宝石のような肌に、少し温泉の熱に頬を紅潮させた……どこから見ても理想としか言いようのない転生の肉体を惜しげなく披露しながらこちらに歩いてくるエリシアがいた。
【混浴】男湯女湯の区別なく、男女が一緒に入る温泉をさす言葉。 男の夢。しかし現実世界の混浴にはあまり夢は詰まっていない。異世界および学園ものであるからこそ描くことのできる理想郷であり、この世界で最も近くにあり最も遠くにある桃源郷とも言えなくはない。類義語にヌーディストビーチがある(大嘘)




