初めての宿
「っくあー……つかれたーもぉー」
その後、エリシアの要望通りいったん宿に向かった俺たちは、宿に入り腰を落ち着かせる。
部屋の中は簡素であり、あるのはベッドと、申し訳程度の燭台……そして机とイス。
イメージとしてはビジネスホテルの一室に近いだろう。
「宿泊代、一部屋銅貨5枚……大体現在の通貨で5000円ぐらいですかね」
「……値段までビジネスホテル準拠か」
「恐らく意図したものではないかと」
「……いやまぁ、そうだろうけど」
ミユキの言葉にそう答えながら、俺はとりあえずダンジョンで手に入れた二つの剣と、騎士からパク……預かった剣を壁に立てかけ、ベッドに腰を掛ける。
硬いな……。
「……ふぅ、とりあえず人心地ついたわね……素泊まりだから食事とかはついてないけど、別にいいわよね?」
「かまわないよ。 それよりも体を休めたい」
俺はそういうと、あちこち痛んだ体をさすってみる。
……ポーションのおかげで目立った外傷はないようだが、腫れや痣は引いていないらしく、肩を見てみると嫌な色に変色していた。
「…………ごめんなさい。 私の代わりに、全部攻撃を受けてくれたんだもんね……勝手に巻き込んで……私だけ無傷で」
「……気にすんな。 言っただろ? ニートは大切なものは命をかけて守る防衛線のプロだって」
「ちなみに私も無傷です! すごくないですか!?」
えっへんと胸を張るミユキ。
「それにこのように、人の後ろに張り付いて盾代わりにしていたというのにとても誇らしげな奴もいる……」
「……ありがとう。 本当に……」
そう俺はため息を漏らしてそういうと、エリシアはくすくすと笑いながら、黄金を紡いで作り上げたように光る髪を耳にかけなおして俺の隣に座る。
「……? なぜに隣に?」
「薬を塗ってあげるわ。 ポーションって、あんまり腫れとか痣には効かないのよね……そういう時は塗り薬の方がいいの……ちょうど私が調合したのがあるから、塗ってあげる。 上着脱いで」
「なっ!? えっ……い、いいって別に!?」
「だめよ、腫れだって痣だって内出血なんだから……私は回復魔法を使えないから……せめてこうやって薬に頼るしかないの」
「いや、まぁそうなのかもしれないけど」
「いーから脱ぐ!」
「はい!?」
エリシアに言われるがまま、俺は来ている通気性抜群ジャージと【働いたら負け】と書かれたTシャツを脱いで背中をさらす。
……よくよく見てみると、胸とかわき腹とかも青あざだらけだ……。
「随分こっぴどくやられたわね……少し触るわよ……」
ぴたりと、背中に冷たい感触が走り、軟膏のようなものが背中を走る。
昔、俺がけがをしたときに母親が塗ってくれた市販の軟膏を思い出すが。
俺の知っているそれと異なるのは、その軟膏が塗ったと同時に乾くという点だ。
「乾くの早いな?」
「そりゃそうよ。 ポーションと同じ、魔力を練り込んだ物なのよ? 重症じゃなきゃすぐに治るわ……じゃなかったら薬の意味ないじゃない?」
きょとんとした表情でそうつぶやくエリシア。
「俺の世界では、軟膏を塗っても痣ってのは三日は残ってるもんだが」
「何それ、本当に薬なの? 騙されてたんじゃないの?」
「いや、恐らく……そうだよなミユキ?」
なんだか今までの記憶に自信が持てなくなり、俺は頭の上でうとうとし始めているミユキに問いかけると。
「この世界は魔法がありますからね……死んだ人間も生きかえるぐらいです……医療に関してはリューキ様の世界の数段先を行っていると考えてください。 まぁでも、怪我したら一週間入院とか、全治二か月で冒険中断~……なんてリューキ様も嫌じゃないですか?」
「確かにそうだな……」
「ええ、だからそこは素直に受け入れるのがいいと思います! だって魔法ですもん! 科学では到達できないことを平然とやってのけるから魔法なんです!」
「そういうもんなのか……」
「そういうものなのです」
そう言うことらしい。
上手く丸め込まれた気もするが……俺はミユキが言う様に深いこと考えないようにする。
「とかなんとか言っているうちに終わったわよ」
と、不意にエリシアがそう呟き、一度背中を叩く。
体を見てみると、先ほどまで青黒い色に染まっていた体はもう存在せず、痣も塗ったはずの軟膏もきれいさっぱり消え去っていた。
「……本当に魔法ってすごいんだな」
「そうね、本当は神聖魔法を使えれば、ポーションに頼る必要は無くなるんだけど、そういうのは僧侶の役目だから、魔法の効果を内包したアイテムを使用するしかないのよ」
「エリシアの使う魔法と、回復魔法は別物なんだな」
「ええ、そうね。 私が使っているのは闇魔法……。 神の力を借りずに人々が作りだした神秘で人を傷つける目的のものが多い戦闘向けの魔法ね。そんでもって、僧侶が扱うのは光魔法……自分の力ではなく、この世界の神々の頂点に立つ主神クレイドルの力を借りて行使する魔法で、天界の力で傷を癒したり、死人を蘇生したり、アンデッドを浄化したり……あらゆる神秘を発動することができる魔法よ。基本的に、魔法と言えばこの二つをさすわ。 まぁ、中には呪いっていう特殊なものも存在するけど、滅多にお目にかかることはないでしょうね」
「ふぅん……そんでもって、エリシアは闇魔法のエキスパートであると」
「そうね。 三年間、魔道王国エルダンの魔法大学に通っていたけど、首席合格だからね!」
「それってすごいのか?」
「えーと、ハーバード大学首席卒業みたいなものです」
「すげえな!?」
なんとなく普通に接していたけど、もしかしてこいつすごいやつなのか?
まぁ確かに、こんなほそっこい体でドラゴン握りつぶすんだから普通ではないとは思ってはいたが……。
そんな素直な驚愕に、エリシアは気分を良くしたのか、鼻を鳴らして胸を張ると。
「ふっふーん! レベルさえ上がれば、きっとメルトウエイブみたいな究極魔法の行使も可能なはずよ」
「メルトウエイブ?」
なんだか聞きなれたような慣れないような名前だが……。
「核融合による炎熱魔法破壊の極地……言ってしまえば核爆発ですね」
「魔法使いすげえな!?」
行き着けば核爆発も個人の力で思いのままとは……随分と恐ろしい世界だ。
「まぁ、この極地にたどり着くには相当な鍛錬と才覚が必要になりますが……それでも莫大な資金も資源も使わず、己の力と魔力だけで核爆発を起こすことができるという点では、魔法はリューキ様のいた世界の【科学】の上位互換であると考えて差し支えないでしょう……もっとも、リューキ様のいた時代の現段階ではという前提が付きますが。
文明レベルが低いと思っていた異世界が、自分がいた世界よりも医療も科学?も進んでいた件。
これでは現代知識を活かした俺tueeeeができないではないか。
いや、そもそも現代知識を披露できるほど俺が知識や技術というものを持っているかというと答えはNOなのだが。
「さてと……怪我も治したし」
衝撃の事実に落ち込む俺に対し、エリシアは一度手をパンと叩くと、軟膏をしまって立ち上がる。
「……なんだ?」
「お風呂に入りたいわ……体中ほこりや泥だらけだし……」




