ダンジョン脱出
「うわあぁ!?」
紙を開くと同時に現れたのは、おびただしい数の文字と、にじんだインクにより不気味に映る謝罪と後悔の羅列。
羊皮紙一杯に、まるで呪詛のように並ぶその文字に俺は一瞬驚愕し……その場で手紙を取り落としてしまう。
「ちょっ、リューキどうしたの? 大丈夫……って、なにこれ、黒魔術!?」
エリシアは驚愕し、すぐさまその紙から飛んで離れるが。
「……いえ、ただの手紙です……特に魔術的要素は感じられません」
ひらりとその手紙の元へミユキは舞い降りると、そっと俺に手渡してくる。
「あ、ありがとう」
俺はもう一度手紙を開き、中身を確認する。
かかれていた内容は変わる事なく、謝罪と後悔が延々と書かれた手紙がそこにはあった。
「……これは、アンタ相当ひどい目に合うみたいね」
「……みたいだな……しかも肝心の何が起こるかが書いてない辺り、自分の不幸を呪うよ」
どうしてこんな自分を恐ろしいことが襲うのか……。
自由で平和なスローライフで俺は十分だったんだが、どうにもそんなライフを皆々様は許してくれないようで……俺はため息を漏らしてその手紙をしまう。
「意外と冷静ですね」
「まぁな、おたおたしてたって仕方ない。 それに、この手紙が警告なら……俺がいますることはここで慌てふためくことじゃないってことは分かる……それに、手紙はこれだが、なにやら解決策みたいなもんは用意してくれてるみたいだし」
俺はそう呟きながら、手紙の封筒の中に感じた硬い感触の物を取り出す。
と。
「これは?」
そこに入っていたのは、宝石の原石の様なものに紐が通された、ネックレスであった。
ずっしりと重く、チェーンは鉄の様な感触でありながら、乳白色に光り輝いている。
「まさかミユキ、これも」
「お察しの通り、その宝石もハートですね……魔王の物ではないようですが」
魔王の物に比べると四分の一の大きさであるが、米粒一つくらいの大きさであるはずのハートであるが……ネックレスにつけられているものは、小指の先ほどの大きさがある。
これがどれだけ値打ちのある物かは言うまでもないだろう。
「……装飾はミスリル、ついている宝石はハート……ダンジョンのお宝としては申し分ない代物ね……せっかくだし、もらっておきなさいよリューキ」
「そうだな」
エリシアに言われ、俺はすぐさまそのネックレスを首にかける……と。
「!?」
不意に、足元に光り輝いていた魔法陣が消える。
「どうやら、魔法が停止をしたようです、魔王のハートが奪われたからですね」
「ダンジョンが停止したってことか?」
「ええ、そう言うことです。 この辺りに渦巻いていた魔力が落ち着きました」
「……そうね、随分と楽になったわ……」
「全然わかんね」
「でしょうね……」
「まぁ、ダンジョンが停止したということは、罠もすべて停止した可能性があるということです」
「ということは? あの霧も消えている可能性があるってことか」
「ですね、戻ってみましょう」
ミユキの提案に、もはやこの場所にはようのない俺たちはうなずき、そのまま来た道を引き返す。
沈黙が続くダンスホール。
たおれる騎士二人は相も変わらず玉座の両側に倒れており、俺はまたもやアンデッドが起き上がるのではないかと身構えるが……どうやら大人しく眠ってくれているようで、胸をなでおろす。
「あっ! 霧が晴れていますよリューキ様!」
ミユキの飛び跳ねる様な声に、俺は伸び切っているハイアンデッドから入口へと視線を移すと。 そこには霧のようなものがすっかり晴れ、大口を開けて俺たちを迎えてくれる出口があった。
「……よかった……これで帰れる」
「帰ったらどうします?」
「もうくたくたよ……宿探して、お風呂入って……ゆっくり疲れを癒したいわ」
「エリシアにさんせー……」
「ではその方向で!」
「元気だなぁミユキ」
ミユキもミユキで、その小さな体で今日という日を奔走したはずなのに……疲労でよろよろになっている俺たちの中で唯一、元気いっぱいに俺の周りを機敏に飛び回っている。
「はい! ミユキはとっても楽しいです!」
「かなわないわね……」
「まったくだ」
そんなミユキに対し俺とエリシアは顔を見合わせて苦笑を漏らし、ふらふらとした足取りで出口へと向かう。
帰り道は魔物もいない一方通行……緊張の糸がほぐれたのか、俺は一つため息を漏らして出口の扉を抜けて罠も何もかもが停止をしたダンジョンの帰り道を歩く。
行きはよいよい帰りは怖いというが、今回ばかりは逆になったようで、俺たちは何もない安全な道を、談笑を交えながらゆっくりと帰っていき。
特に何も起こることなくダンジョンからの脱出に成功をする。
「……光が」
外に出ると、来た時に見えていた光り輝く水の流れや天井は光度を落としており……その光を浴びながら己の肉体美を見せつけていた彫像たちは、どこか寂し気な表情でうなだれている。
「……魔力の源、ハートを取ったためですね……ここはもう、魔王の記憶を投影した世界ではありません……。 一度できてしまったものは消えることはありませんが……ですがここにはもう、魔王はいないのです」
「……そう、なんか寂しいわね」
エリシアの言葉は、静かに響く水の流れの音と重なり……空洞の中に凛と響き渡る。
その言葉の意味は解らなかった。
その言葉の意味を知るには……あまりにも俺の心は未発達だから。
だけどふと思う。
現実世界にも……こんな風景はきっとあった。
ディスプレイに移る様々な画面を見ては……くだらないと一蹴してきた自分。
だけど、今ならわかる。
自由に……ニート生活をしていた自分、それが俺の選択であり、最善の行動だと思っていた。
だけどそれはとても……もったいない選択だったのだと気づいた。
転生して4時間……ほんの少し歩いて冒険をしただけで……こんな風景に出会え、心を動かされている自分がいる。
だとしたら……俺のいた世界では、一体どれほどの神秘を目の当たりにできたのだろう。
そんな後悔が……俺をさいなむのだ。
「……転生してよかったな」
だからこそ、俺はそう呟いた……。
口惜しさに対する強がりと、気づけたことへの感謝を込めて。
「四時間で二回も死にかけてその感想って……リューキもしかしてマゾ?」
「ち、違わい!?」
「そ、そうなんですかリューキ様!? ですがミユキは、そういったところも受け止められるハイスペックな妖精なので!」
「だーかーら違うって言ってんだろう!?」
すっかり打ち解けたミユキとエリシア。
そんな二人にからかわれながらも、俺たちは破壊された大穴から地下水道を抜け、アルスマグナ最西端の地、アルゴンへと戻るのであった。




