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第6話 社会のルール、届かない声

市役所の窓口で冷たく突き放されてから数日。頭では「学生の自分にどうこうできる問題じゃない」と分かっていながらも、あの日の夕暮れ、ベンチでクマの人形を抱えていた結月の小さな瞳が、どうしても脳裏から離れなかった。


(市役所がダメなら……子供を直接扱っている本丸の「児童相談所」なら、もっと話を聞いてくれるかもしれない)


居ても立ってもいられなくなった俺は、授業の合間を縫って、今度は少し離れた場所にある総合福祉センター、その中にある児童相談所の窓口へと足を運んでいた。


「あの……ひまわり児童養護施設にいる結月ちゃんという子のことで、相談したいんです」


対応してくれたのは、児童福祉司らしき、落ち着いた雰囲気の男性職員だった。俺は前回の失敗を教訓に、なるべく冷静に、だが必死さを隠さずに切り出した。


「先日市役所の方にも相談したのですが、門前払いと言いますか…僕はその子の力になりたいんです。例えば、アルバイトを増やして生活費を何とかするとか、大学を休学してでも――」


男性職員は、穏やかだが一切の隙のない目で俺を見た。


「お名前は?」


「……星野、太陽です」


「星野くん。お気持ちは分かります。ですがね」


職員の男性は、ため息混じりに首を横に振った。


「ここはボランティアの窓口ではありません。児童の生活や権利、そして安全を守るための公的機関です。先日の市役所での説明と何ら変わりませんよ。あなたの個人的な感情や熱意だけで、保護を必要とする児童の人生をどうこうすることは、法律上も、福祉の安全性の観点からも絶対に認められません」


「でも……! あの子は、家族のことも知らずに――」


「星野くん。本気でその子を救いたい、支えたいと思うのであれば……まずはあなた自身が、自分の足でしっかりと立ち、社会的責任を背負える『大人』になりなさい。学生の身分で他人の人生を背負うなど、かえってその子を傷つける無責任な行為になりかねませんよ」


「……っ」


返す言葉が、喉の奥で詰まった。 「無責任な行為」という言葉が、鋭い針のように胸に突き刺さる。 児童相談所の重い自動ドアを出て、俺は冷たいアスファルトの上で立ち尽くした。 どこに行っても、誰に話を聞いても、返ってくる答えは同じ。「お前には無理だ」「資格がない」。その事実が、じわじわと全身の体温を奪っていくようだった。



同じ頃。


実家のリビングで、母・美佐子は落ち着かない様子で洗濯物を畳みながらも、頭からある光景が離れずにいた。

(……変ね、最近の太陽のやつ)

先週末、電話口で聞いた息子の声は、どこか様子がおかしかった。普段の軽口は消え、何かを思い詰めているような、必死な声色だった。 気になって、夕方に太陽の部屋へ掃除機をかけに入ったときのことだ。 ゴミ箱の底に、ぐしゃぐしゃに丸められて捨てられたパンフレットの束があった。

『里親制度について』

『特別養子縁組の手引き』

『児童養護施設での生活』

何気なくそれを拾い上げ、開いた瞬間、美佐子の顔からスーッと血の気が引いていくのを感じた。 そこには、独身や学生の身分ではいかに子どもを育てるのが困難であるか、どれほどの責任と法的な壁があるのかが、冷徹な文字でびっしりと書かれていた。

「……嘘でしょ、あの子……。まさか……どこかで子どもでも作って、どうしていいか分からず一人で抱え込んでるんじゃないでしょうね……!?」

結月の顔も名前も、美佐子はまだ知らない。

ただ、気楽に意気揚々と生きているはずの息子が、こんな重くて、一歩間違えれば人生を狂わせかねない「隠し子」や「重大なトラブル」に足を踏み入れてしまったのではないかという恐怖で、頭が真っ白になっていた。

――未熟な学生の分際で、一体何を考えているの……!

クシャクシャになったパンフレットを握りしめ、美佐子の胸のうちは、言い知れない不安と、息子への怒りで激しく波立っていた。

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次回23日7時を予定しています!

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