第4話 青白い光、知らない世界
大音量の音楽と、グラスがぶつかり合う乾杯の音。
「太陽、もっと飲めよ!笑笑」
「昨日のサークルなんで来なかったんだよ!笑笑」
テーブルを囲む仲間たちの輪の中で、俺はいつも通りに笑い、冗談を言い返していた。
大学での評価は「ノリの良い陽キャ」。 みんなでワイワイ騒いで、上手く世渡りをして、就職して……それが俺の歩むはずのレールだった。
はず、なのに。
(……ゆづきちゃんは、ちゃんと夕飯食えたのかな)
ふとした拍子に、頭のなかにあの日の夕暮れと、クマの人形をぎゅっと抱きしめていた結月の小さな瞳がよぎる。 周りの笑い声が少しだけ遠くに聞こえ、俺は手元のジョッキから慌てて視線を逸らした。 いかんいかん。あそこはちゃんとした施設で、大人の職員がたくさんいるんだから。
頭ではそう分かっているのに、なぜかモヤモヤした違和感が胸の奥にこびりついて離れなかった。
深夜、自室のベッドの上。 部屋の明かりを落とし、スマホの画面だけが青白く俺の顔を照らしていた。
検索窓に、指が勝手に動く。
『ひまわり児童養護施設』
『児童養護施設 子ども 理由』
『親がいない子ども 生活』
画面に次々と表示される検索結果。 親からの虐待、育児放棄、経済的な困窮、あるいは事故や病気。子どもたちが施設に行き着く理由は、俺が想像していたよりもずっと重く、過酷だった。
さらに画面をスクロールしていくと、別の見出しが目に飛び込んでくる。
『里親制度とは ― 親のいない子どもなどを家庭に迎え入れて養育する制度』
画面を読み進めると、そこには厚生労働省の定義のような固い文言が並んでいた。
『里親とは、保護者のない児童や、虐待等の理由により家庭環境に恵まれない児童を、自らの家庭に迎え入れ、愛情と理解を持って養育する人のこと。』
「……家庭に、迎え入れる……」
独り言が、静かな部屋にポツリと落ちる。 さらに検索を進めると、養育里親、専門里親、そして「特別養子縁組」や「普通養子縁組」といった、子どもと家族になるための具体的な法律の壁がずらりと出てきた。
『特別養子縁組の要件:原則として夫婦共同であること。養親となる者は25歳以上であること(一方が25歳に達していれば他方は20歳以上でも可)。』
「……は?」
思わず声が漏れた。 画面をスクロールしても、そこには「独身」「学生」「未成年(あるいは25歳未満)」の人間が、単身で子どもを法的に守るための制度などどこにも見当たらない。
ただの「親切」や「同情」ではどうにもならない、社会の厳格な仕組み。そして、血のつながりがない人間が誰かの親になることが、どれほど途方もない法的な壁に阻まれているのか。
画面の青白い光を見つめる俺の胸の奥で、かすかな、けれど確実なざわめきが広がっていた。
あの日の夕暮れ、ひまわり児童養護施設の門の向こうへ消えていった結月の小さな背中を思い出して、俺は胸の締め付けられるような違和感の正体に、うっすらと気づき始めていた。
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