第11話 珈琲の湯気、父の言葉
どれだけ自問自答を繰り返しても、暗闇の中からは何も答えが見つからなかった。 「道端で捨て犬や捨て猫を拾ってきて『かわいそうだから家で飼います』っていうのとは、わけが違うの」「耳障りのいい綺麗事でヒーローごっこ」
――母の突きつけた冷酷な言葉が、頭の中で呪いのようにこびりついて離れない。
大学に行く気にもなれず、ベッドの上で膝を抱えていたその時。 コツ、コツ、と控えめなノックの音が響いた。
「……入るぞ」
返事をする間もなくドアが開き、姿を現したのは父だった。 手には、湯気の立つマグカップが一つ。いつも仕事で忙しく、家ではどちらかといえば寡黙で、母親の強い意見にいつも押し切られているように見えた父親だった。
「……父さん」
父は何も言わないままベッドの脇に歩み寄り、机の上にマグカップをそっと置いた。それから、散らかった部屋の床に視線を落とし、小さく息をついた。
「母さんがな、お前が部屋に戻ったあとも、ずっとリビングのテーブルでため息をついてたよ」
「……」
「あいつが怒ったのはな、お前を頭ごなしに否定したいからじゃないんだ。……お前が世間の厳しさも知らずに無茶を言い出したからってのもあるが、それ以上に、あいつ自身が『親』だからだよ」
父は静かに言葉を紡ぐ。
「施設に預けられている子を引き取るっていうのが、どれほど大変なことか……法律や経済的なことだけじゃない。親の事情や、その子が知らず知らずに背負わされている複雑な事情や傷、それらを丸ごと包み込んで親になるっていうのが、どれだけの覚悟を求められるか。子育てを経験してきた母さんだからこそ、その現実の重さが嫌というほど分かって、怖かったんだよ」
「……怖かった……?」
「ああ。お前が中途半端な気持ちで首を突っ込んで、自分自身も、そして何よりその小さな子も傷つけて壊れてしまうんじゃないかってな。……母さんなりに、お前の将来も、その子のことも真剣に考えたからこその、あの大喧嘩だったんだと思う」
父親の声音は穏やかで、責めるような響きは微塵もなかった。
「父さん、俺は……」
「お前が何を考えてるのか、正直、俺には全部は分からない。ただな」
父はマグカップに目を向けたまま、ぽつりと言った。
「誰かを本気で救いたいと思う気持ちや、誰かのために泣けるその痛みは、大人が頭ごなしに『エゴだ』『偽善だ』って切り捨てていいものじゃないと、俺は思うよ」
「……っ」
「ただ――」父は顔を上げ、真直ぐに俺を見た。
「母さんが言った『大人の責任』って言葉も、嘘偽りのない本音だ。生半可な気持ちで首を突っ込んで、途中で投げ出すようなことがあれば、一番傷つくのはその小さな子だ。それは分かるね?」
「……分かってるよ。分かってるから、俺は……」
悔しさと不甲斐なさで、声が震える。 父はそんな俺の頭に、大きな、少しゴツゴツとした手をぽんと置いた。
「なら、焦るな。すぐに何か大きな者になろうとしなくていい。お前が本当にあの小ちゃい子の力になりたいなら、まずは自分の足でしっかり立てる大人になることだ。……地道にな」
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