1.仲間はずれ
親睦戦を終えて季節は11月を迎えていた。
雨の多い地域のせいか地面の濡れる日が多く、川から風が吹くたび冷たさが流れ込んでくる。学校の堅牢な外壁はそれらを凌いでくれているが、それでも寒いものは寒い。
「――うし、湯の温度はいいな。おーい、部屋の温度をもうちょい上げてくれー」
エルマが声をかけると、クラスメイトが通気口の蓋を広げる。
炉で薪を燃やしたその温風を、壁や床下の通気口を通して送り込む構造で、しばらくすると暖かな空気が部屋に流れ込んでくる。
それを確かめてから、エルマは傍に置いた赤ん坊――の人形を抱いて、用意した湯の中に浸けてやった。
「お、気持ちいーかー? そかそか!」
にんまり笑って湯を掬い、身体にかけてゆく。
目や口など各パーツが可動する訓練用の人形だ。首の後ろに添えた手の位置や温度が適していなければ反応せず、クラスメイトたちの誰もが悪戦苦闘する中で、エルマのだけはパッチリと口まで開いている。
人形でも身体を冷やさないように。
手早く洗ってから、さっとタオルで包んで服を着替えさせる。
【乳幼児の世話 +300ポイント】
すべてを終えるとエルマに得点が入った。
「流石、一日の長がありますな。私の方は全然であります」
「湯が熱すぎんだよ。赤ん坊の肌は薄いんだ、大人の『ちょうどいい』だと熱すぎるし火傷しちまう」
「そうでありますか? 手でぬるめを感じる温度でしたが」
「指や手の平で計ったろ。手首や肘の内側で見るんだよ、手だと感覚鈍いから」
ほう、とクロエが実行する。「確かに、私にちょうどいい湯加減であります」
「孤児院でも赤ん坊の世話をしていたでありますか?」
「おう、やったぞ。おっぱいもあげたぜ」
感心するクロエの横で、のんびりした明るい声がした。
「わあ、私も出来ましたあ」
「お、ソフィアも終わったのか。やるじゃん」
「はいー。私、お人形のお世話好きなんです」
いや訓練……と隣でヴィヴィアンが呆れる。
ソフィアは長身でおっとりした性格だが、それが彼女の母性を引き立てている。大事そうに抱っこする様子は、人形であれど赤ん坊が心地よさそうに見えた。
訓練はチーム単位や2、3人で1組でおこなわれる。
みなが四苦八苦している中で、部屋の隅で一人、モタモタと苦戦している人物がいた。エレノアである。
「うわっ、うわわわっ!?」
「おっと」
エレノアは手を滑らせ、たらいから落としそうになった赤ん坊の人形を、エルマが両手でキャッチした。
「気をつけろ。これが本物だったらシャレになってねえぞ」
「ご、ごめん……」
「余計なとこに力入れすぎなんだよ。自分が体重を預けられる存在で、それを受け止める緊張は分かるけど、だからこそ支えになる意識が大事なんだ。自分がこいつのベッドになるんだってな」
「わかった」
エレノアは再び真剣な表情で向き合う。
彼女の周りには誰もいない。それは親睦戦にて判明した『病気にかかる』という能力により、いつどこで伝染るかと警戒されているからである。
本人の意思で制御しきれていないのも理由だ。
軽い風邪でも重篤にいたる赤ん坊は尚のこと、その名を〈ホームシック〉とした能力は、大人でも病に至らしめる。メイドとしても致命的であるゆえに、肩に力が入るのも無理はなかった。
教室でもひとりぼっちになった彼女に、エルマは『何とかしてやりたいが……』と思うも手立てが見つからない。
こうして喋っても会話が続かず、言いたいことを言い終えると、後味の悪さを残して去るしかできなかった。




