2.不運な特別講義
食堂では教師を交えて食事をする機会がある。
勤勉な生徒にはまたとなく、不真面目な生徒にはまるで縁の無いシステムだ。
エルマはこの日、不運が重なった。
クロエと教室で他愛もない話をし、昼の時間を少し過ぎてから食堂へと向かう。普段の昼食は購買で済ますのだが、たまたま食堂の席が空いていたのだ。
あと5分遅ければ……。
席に着いてパンを囓っていると、正面の席にバークルが座ったのである。
「いつもそのような食事なのですか」
「食いたいから食ってるだけだよ。孤児院ではこれだったから、スープやサラダなんて食い慣れてねえし」
「大変でしたのね」
「同情すんな。孤児院のガキどもまで巻き込まれてるようで腹が立つ」
「なるほど、そういう視点もございますか。失礼いたしました」
ふんとエルマはパンを囓る。
バークルは不気味な相手だ。つっけんどんに答えても不快を見せず、すべて受けて返すその姿勢は、意地を張れば張るほど、自分が幼稚に思えて窮してしまう。
正直なところ、食事なんか何を口にしてもいいと思う。
だがこの学校は、努力を要求される不自由な場所……裏をかえせば、努力さえすれば衣食住が確保される。エルマはそれを怠惰に感じ、孤児院の子供たちはと心配の味になってしまうのだ。
バークルは、これを見抜いたように小さくため息を吐いた。
「私もまだ未熟ですね。貴女がどうして選ばれたのか、今になって分かった気がします」
「……理由なんてただの厄介払いだよ。大人になったら働けってな」
「そうではありませんよ。ミス・エルマが学校に選ばれた理由です」
「学校?」
「我が校の入学志願者は山ほどいますが、それが叶うのはひと握りです。入学の可否はすべて学校が願書などを見て、決定されます」
エルマはどうしてだとなるも、
「能力か」
すぐに解に到った。
バークルも静かにスープを口に運ぶ。
「気になるんだけどよ。能力ってここだけなのか?」
外でも使用出来るのなら、もっと有名になってもいいはずだ。
何なら警察などに与えれば、犯罪者が逮捕しやすくなって治安もよくなるのではないか。なのに使用人を育成する学校に留まっている。
自分が知らないだけなら分かるのだが、様々な地域や身分の集まる学校で、誰の口からもその話がなかった。
「卒業生は上流階級など名門の屋敷に配属されるため、世間には広がっていません」
それが一つ、とバークルは言った。
「逆に言えば、その世界ではうちのメイドや執事は有名です。流石に襲撃事件などは稀ですが、能力を有していることは、よからぬ者たちへの抑止力となって現在に続いています」
ここローズフィールド王立家政アカデミーは、ただの学校ではない。
仕える者として『奉仕』の形を学ぶ場であり、貴族の館や未来の家庭、ひいては国そのものを、気高く保つ存在であることを目的にする。
使用人は日常を整え、危急には主君の盾となる。それには剣と鎧が必要で、犠牲が偏る……初代校長はそれを嫌った。
かつて魔女が存在したように、魔法のような力があれば犠牲も少なくなるだろう――研究の末に編み出したのが、能力であると言う。
「そうして、この学校に通う使用人の卵たちに、一つの能力が与えられるようになりました」
「うーん……」
「あら、難しかったですか?」
「そこまで馬鹿じゃねえよ。新しく気になったことがあるだけだ」
目で言葉を促され、エルマは思ったことを口にした。
「能力はポイントを使うし、ポイントは学校から与えられるんだよな?」
「あら、いいところに気づきましたね」
「そのご立派の家は学校と同じなのか?」
「いいえ、ポイントは学校でしか配分されません。卒業時のポイントを持って配属先にゆきます」
「……ってことは、学校にいる時みたいに、バカスカ使えねえってことか」
「なのでポイントが少ないことは、雇われ先が限られたりお給金が減りますね」
「うへ……」
能力は誰かに役立つために存在する。
これを権力にある側が力を得れば、正義という名の領域を奪い合い始める。それが戦争だとバークルは話す。
「戦争には『死の商人』と呼ばれる武器の売人が現れます。彼らはその渦中で“平等”と“権利”を安売りし、あらゆる正義を悪と糾弾し、得た利益を別の組織に転売します」
だが、正義の対立は悪ではない。
悪は正義の氾濫に起こる抑止で、みなが悪と聞いて想像するのは“外道”である。外道が招くのは対立による社会の混乱だった。
ゆくゆくは国や民から“平等”と“権利”を取り上げ、悪質な両替商のように我が物にしながら、都合のいい再配分をおこなっては金に変えてゆく。
バークルはそう説明する。
「つまり誰かを守る力は、裏をかえせば加害の力にもなり得るのです。警察や司法、政治家やギャング……宗教においても、外道が神になろうとするでしょう」
エルマは孤児院にいた校長の話に近いものを思い出していた。
――正義は履き違えれば、外道につながる
今まで自分は野良犬のようだと言われてきた。
大人は“悪いこと”としたが、バークルの言葉に当てはめてみれば、確かに独善的で正しいと言いがたくもある。
ヴィヴィアンが麻疹に苦しんでいる時、自分の中に見つけたのは『仲間を守るため』という、意思と目的だった。
これは正義か、悪か。もしくは外道か。
現在の自分では、まだ答えを断定出来そうにない。
「てか、オレも卒業したらどっかお上品なトコのお屋敷勤めかあ……想像しただけで肩凝るぜ……」
「うちは更生施設などではありません」
ですが、とバークルは口元を緩めた。
「今の時代、貴女のようなのも需要があるでしょう」
「需要って何だよ……」
エルマはゾッとするものを覚えたその時、
「あれ? そう言えば、よその家に行ったら能力のポイントとかどう見るんだ?」
「それは外出時にも使われる、このリングを使用します」
バークルが皺ばった左手を立てると、人差し指に銀色の指輪が嵌められていた。
「このリングに能力とポイントを登録して、外へ持ち出します」
卒業時に配布されてそれがメイドと認められた証となる。
なるほど、だから外では貯めることが出来ないのかとエルマは納得しつつ、囓っていたパンの残りをすべて口に放り込んだ。




