3.苦くて甘いエスプレッソ
「再来週、町の子供たちを学校に招くという行事があるそうです」
やはりメイドというものは“世話”が主となる。
赤ん坊の世話もあれば子供の面倒は当然だろう。エルマは別に何とも思っていなかったが、クラスメイトたちは随分不安そうだ。
「何でみんな暗いんだ」
「ほぼ実地訓練だからであります。自分たちの倍近い、100人くらいがやってきて、1日ずっとですから。……正直、私も不安であります」
「来るのは何歳ぐらいのガキなんだ?」
「情報では4歳から5歳ぐらいかと」
「なら余裕だろ。1歳や2歳なら落ちてるもん口にしないよう注意したり、階段や段差とか、箱のカドとか気をつけなきゃダメだけど、その年齢は適当でもいけるよ。ああでも、おやつはいるな」
遊ぶ内容などはもちろん、おやつなども自分たちで決める。
各チームで子供たちを割り振りをし、どこの場所を使用するかも決めないとならない。
「なら中庭がいいでありますか?」
「脚の細い机や椅子が多いし、薔薇の生け垣があんだろ。トゲが危ねえよ」
「では図書館で本を読むのは」
「まあ本をビリビリに破るだろうよ。おもしれえけど」
「中庭は」
「中央の噴水がな。それにこの季節だと外は寒いし」
「ふむ」
「まあやるなら講堂だろうな、暖房も入れられるし」
言った途端、
「私ら講堂使うわ!」
「ちょっと、ズルいわよ!」
「うちが使うわ! うちが!」
聞き耳を立てていたクラスメイトが、こぞって取り合い始めた。
それを見たエルマは、お前ら……と眉を寄せる。
「まあ場所はおいおい決めるとして、おやつを決めるであります」
これにヴィヴィアンが反応した。
「パイとか材料があったら私作れるよ」
「そうなのか?」
「実家は馬宿地区で宿駅を営んでるからね。そこでのデザートに作ってたよ」
「材料からであれば日持ちの心配もいらないであります。来週ぐらいに町にゆくでありますか。ちょうど外出申請を出しているので……ん?」
するとまたクラスメイトが聞き耳を並べていた。
エルマが「シッ」と手で振り払うと、彼女らはみな一斉に散って頭を悩ませる。
「町に出るの羨ましいですー」
「ん? ソフィアは行かないのか?」
「確か出られるのは4人までですので、申請したクロエさん、おやつを決めるエルマさん、その材料を決めるヴィヴィアンさんで、枠がもうありませんー」
「1個残ってるじゃん」
「いえ、それはー……」
ソフィアが横目を向けると、机から顔半分だけ出してこちらを見ているリリーがいた。
その目は明らかに『誘え』と言っている。
「……ソフィアでいいんじゃね?」
リリーは無言で小銃を取り出し、スチャッと机の上で構えた。
「……1人減ればそれも可能ですわ」
「素直に『私も行きたい』って言えよ!?」
「……私もお菓子に詳しくてよ」
当人のプライドが許さないのだろうか。
ソフィアが「自分の代わりに行ってください」とお願いするまで、リリーはずっと銃を構え続けていた――。
◇ ◇ ◇
教室にいてはみな群がってくるので、エルマたちは食堂に移動することとなった。
「おほほほ! では早速、ティータイムといたしますわ!」
食堂は昼が過ぎると夕食時までキッチンが閉鎖されている。当然ながら食事は得られないので、購買などで買ったものを持ち込むぐらいしか出来ない。
上機嫌で席に着くリリーは、いつの間にか購入していたパイを自分の前に置いた。いつ如何なる時も紅茶を忘れないのが高貴の勤めらしく、どこかと首を回してそれを探す。
「――湯はないよ。さっき担当が火を落としたからね」
声をかけたのは離れた席にいた生徒だった。
見慣れない顔なので上級生なのだろう。湯気だつコップを置いて、カードに興じている。
「湯がなければ紅茶が飲めませんわ。何てことしてくれますの」
「担当が、って言ったろ。うちらじゃないよ」
「嘘おっしゃい。その飲み物、淹れたてのようではありませんの!」
「ああ、これ?」
上級生はフッと口元を緩めた。
「これは紅茶じゃなくてコーヒーさ。後ろに機械あるだろ」
親指を立てて向ければ、そこに両手で抱えるくらいの大きさをした円柱系の装置があった。
何の機械かエルマは分からない。コーヒーは馴染みがないが何度か口にしたことがあるものの、サイフォンなどもっと簡素な道具だったはず。
それに鼻をすんと鳴らしてみると、コーヒーにしてはぶ厚さのある香りだった。
「その機械と、この濃密な香り……エスプレッソでありますね!」
「お、知っているのかい。通だねえ」
「うちは東部のアタリィ国との交流もあったであります。いやあエスプレッソは嗜んでいたでありますよ、どろっと濃いのに芳醇で……懐かしいであります」
「へえ、私たちはアタリィの出なんだ。よし今回は特別に馳走してやろう」
上級生が嬉々と肩を揺らすと、二人で背後の装置に触れる。
するとどうしたことか。機械はいきなり白い煙を噴いて、シュウゥゥゥッと空洞を勢いよく走る音が響いた。
「まさか蒸気の能力でありますか!?」
「ふふ、ご名答。私は〈スチーム〉で、こいつが〈ホットガール〉という熱を加える能力。うちらはこの時間、ポイントと引き換えに食い物を温めたり、故郷のコーヒーを提供してるんだ」
差し出されたのは小さなカップである。
なみなみと黒い液体が満たされているが、その濃度はとてつもなく濃い。ノズルから注がれるのを見ていても、インクかと思えたほど。しかも、表面はベージュに近い細かな泡が覆っている。
どれもエルマが知るコーヒーではなかった。
だが、何の戸惑いも見せないクロエの反応が間違いではないと伝えている。いやそれよりも驚いたのは、
「砂糖どんだけ入れんだよ、三杯は入れたぞ!?」
砂糖は比較的手に入れやすいものの、孤児院では贅沢にも使えなかった。クロエはざらざらと躊躇なく三杯も入れたのだ。
「でもあいつ、あんな甘党だっけ?」
「エスプレッソはあれが普通らしいよ? 表面の泡を“クレマ”っていうけど、それがエスプレッソの肝で香りを楽しむから、クレマを潰さないようにゆっくり軽く混ぜるんだって」
横でヴィヴィアンが携行する辞典を開き、指を丸くした〈ルーペ〉の能力で細かな説明を読み上げる。
「ありがたく頂戴するであります」
クロエはそれをぐっとひと煽り、ふた煽り……三口で一気に飲み干した。
「ぶぱーっ、美味いであります!」
「そうだろ、そうだろ。地元でも厳選のを使ってるからな。ほらビスッコッティもあるぞ」
「いえ、私はそのままで頂くであります」
カップに対しての砂糖の量、かき混ぜの浅さ……。
砂糖は全然溶けてないのではないかと思っていたが、やはり思った通り。だがそれをクロエは、スプーンで掬って口に入れたではないか。
「うげっ……流石のオレでも砂糖直食いはしねえぞ……」
「水とか飲まないのが粋なんだって。エスプレッソの味を残して店を出ると」
「歯とか虫歯とコーヒー色でやべえだろうな」
馬鹿じゃねえのと言おうとするも、ヴィヴィアンに先手を打たれて口を塞がれてしまった。
『アタリィ国の食文化を侮辱したらダメ。本気でブチギレるから』
上級生たちはエルマとヴィヴィアン、リリーにも、どうかとカップを掲げて誘ってきたが、
「紅茶ではないティータイムなんてティータイムじゃありませんわ」
リリーは露骨に眉を寄せ、これを拒否していた――。




