4.友は知るほど謎である
外出は担当教師に届け出が必要になる。
学校ではポイントが通貨となるが、一歩外に出ればそれは適用されないため、届け出のさい手持ちのポイントを“小遣い”として変換する運びだ。
週末――。
外出が認められたエルマたちは、準備を終えるとすぐ、町に繰り出す馬車に乗り込んだ。
「――本当に、私も行っていいんですか?」
「いいんだろ。4人の理由が『馬車に乗りきれないから』なんだし」
ガタガタと揺れる馬車には、エルマとクロエ、リリー……そして留守番だったはずのソフィアが、向かいの席に座っている。
「まさかヴィヴィアンが馬車を動かせたなんてな」
エルマは進行方向……御者を向く。
先頭で手綱を握るのは、麦わら帽子を被ったヴィヴィアンであった。
「お客さんを届けたり、荷物の運搬もしてたからね」
外出時は学校から馬車をチャーターする。
二頭だての馬車は年代物で狭く、馬の負担が大きくなるのが制限の理由らしい。これを聞いたヴィヴィアンは、操馬の技術があるので自分が御者をすればいいのではと考え、バークルに窺いを立ててみたところ、あっさり承諾された……という運びだ。
「私、実はお買い物に行きたかったんですー」
「へえ。行けてよかったなあ」
おっとり、うきうきと声を弾ませるソフィアを前に、エルマはニヤニヤとその隣のリリーを見ながら相づちを打つ。
銃を向けてまで外出枠をねだったので、決まりが悪いようだ。
「……そもそも4人までってルールがいけないのですわ」
リリーは身体を横向けたまま、ヴィヴィアンの操縦する馬車はゆるりと進む。
車窓の景色は少しずつ人通りが多くなり、道がやがて歩行者と馬車に分けられるようになると、その進みは圧倒的な速度差をつけて町の中心へと進んだ。
この日は久方ぶりの晴れ間が広がっていた。
雲は青空に白色をはっきりとさせて浮かび、悠々と流れている。冬の寒さも心なしか和らいで、往来にひしめく店や人がいっそう鮮やかに、灰色の町並みに賑わう。
職人や丁稚が忙しく働き、女房たちが楽しくお喋りし、馬車から怒の鳴り声が聞こえる。その合間を貴婦人や紳士といった装いが、すまし顔で歩く光景に、エルマたちは身を乗りだすのを我慢できなかった。
「すげえー、学校に来る時はこんな風に見えなかったのにな」
「どこに行くでありますか!」
「私はどこでもいいですよー」
「ちょっと、みな目的を忘れてるんじゃありませんの。お菓子の材料を買いに来たのですわよ」
何のお菓子を作るか、まだ決めていない。
しかし注意するリリーもまた目を輝かせ、口元を緩ませながら町を向いている。
「それじゃ商店街で馬車を駐めておこっか」
ヴィヴィアンも上機嫌に手綱を繰り、道脇へ馬を寄せるのだった。
◇ ◇ ◇
「孤児院で食ったお菓子だとプディングとかビスケットだったな」
「プディング系はありきたりでありますし、チョコレートは食べた感が薄いでありますな」
町にありふれたものや簡単なものでは目新しさはなく、しかし凝りすぎては目的を損なってしまう。その“ちょうどいい”部分が意外と難しくあった。
「おほほほ、なればヴィクトリア・スポンジですわ。2枚のスポンジにジャムやとクリームを挟んだものでありますの。うちではよく食べますのよ」
「食べてました、だろ」
「やかましい! バターやドライフルーツを使ったマデイラケーキすら知らない愚民が!」
「んだと! 10年前で記憶止まってるホコリ被りのくせに!」
まあまあ、とクロエが窘める。
「お二人とも、そのメイドの格好では目立つであります。ここは交戦を控えて」
クロエはシャツに男物のパンツ、ソフィアは紫のワンピース、ヴィヴィアンはオーバーオールに麦わら帽子という恰好であるが、エルマとリリーは学校のメイド服であった。
「と言うか、なんでその恰好でありますか……」
「服がねえ」「着てゆくドレスがありませんの」
「左様でございますか……」
二人から声を揃えられてクロエは肩を落とした。「結局、似たもの同士であります……」
「けれど皆から頼まれているのを買わなきゃいけませんし、悠長にはしてられません。通行の邪魔にもなりますので、立ち止まらず歩くであります」
エルマたちが出かける間際、クラスメイトは“おつかいリスト”なるメモを渡していた。
外出は月に何人までと決められてあり、必要なものは買い出しを頼まねばならない。リストには石鹸や化粧品などの日用品から始まり、本などの嗜好品まで多岐にわたっているので、クロエが言うように余裕が無いのは確かだ。
「そんじゃ、まずどっから行くか」
「買い物リストのルートは作ってあるよ」
ヴィヴィアンが、赤い線が店と店を繋げた地図を差し出した。
「お菓子は最後のカフェで休憩しながら決めて、帰りに試作用の材料買いそろえようよ」
「いつの間に」
「移動中にね。こういうの考えるの得意だから」
材料は帰り道にまとめてというのも最初から考えてあったのだろう。
馬車を預けたその近くは食料品を扱う市場のすぐそばだ。町に出かけても気ままに歩くだけが目的だっただけに、最小の労力で最大の効果を得ようとする彼女に、エルマは舌を巻いた。
地図は道路を渡る道筋が記されているが、二手に分かれた方が更に効率がいいだろう、と提案したクロエにも全員が賛成した。
エルマはヴィヴィアンとソフィア、クロエはリリーと組む。活気のある町だが危険も多く、戦闘能力のある順でこれを決めた。
「んじゃ、指輪の確認……つってもオレらはほぼ必要ねえな」
外出にはポイントが記録された指輪を与えられるが、能力を持たなかったり戦闘に役立たなければ無用の長物だ。せいぜい攻撃を受けたダメージをポイントに回す防御面くらいである。
【クロエ・ミルズ 772/772ポイント】
【リリー・ハートウェル 640/640ポイント】
対するクロエのチームは攻撃寄りで、互いにポイントを確認し合う。
「んじゃ行くか。全部揃ったら一番奥のカフェで集合な」
みなで頷くと、それぞれが動き始めた。
◇ ◇ ◇
エルマたちは道路を渡らず、居た通りの区画を担当する。
途中で西側への角を曲がると、そこは一変して穏やかな通りとなっていた。
「わあー! 可愛いお人形さんですー!」
布を販売する店では人形も販売されている。
それにソフィアが気づき、目を輝かせて迫った。
「何だ人形が好きなのか?」
「はい! 流石にこのタイプのは高くて買えませんが、家ではぬいぐるみや服とか作ってました!」
ガラス球の青い目が綺麗な子供の人形だ。赤いドレスの服を着せられている。
「縫い物かあ……オレはどうも苦手だな」
「そうですか? 今度教えますよー」
「いや、いいよ。そっち方面の才能ねえって分かってるし」
女の嗜みと言えば裁縫や音楽、読書であった。
それが仕事に出来るのは裁縫などの手工で、あとは新聞の字起こしや代筆などの筆耕だろう。階級が高ければ家庭教師や看護などに就けるも、彼女らは『家庭にいること』を求められるので、未婚や経済的必要がある場合に限られる。
何となしに人形を見るエルマは、目を瞠るほどの額がつけられているのに気づき、うげと声が出た。
「こんなもんにこんな金出すのいるのかよ」
「ドールは仕方ないですよ。手織りの服が多いですし、これは特に女性職人の手によるものですから」
「女性職人? 女は職人になれねえだろ?」
「最近は少しずつですが増えてるんです。以前食堂でお会いした先輩のアタリィ国も、北部などは中部以南と違って同業者組合が先進的で、絶対王政期の考えが強い地域にも影響を与えているんです。主にランス国との交易や戦争から逃れた修道士さんが、書物を持って流れ込んできたのが大きいそうですよー」
「ふうん……やっぱデカい街は違うんだな、色々と」
「工房でも女性が働き始めているそうですよ」
芸術方面では女はなれず、絵などスケッチとして評価されても、生業としては認められてこなかった。
今いる布屋は老舗であるが、マネキンが飾られたショーウィンドウのガラスの向こうには、新しい構えをした画材屋があり、若い女の出入りが見受けられた。
「――これぐらいの服なら私作れますよお」
「いや、オレは別に興味ねえよ」
じっとそれを見ていると、ソフィアはマネキンを見ていたと勘違いしたらしい。
服は白で縁取った淡い紫色のワンピースで、まるで趣味に合わないものだ。着ている自分を想像するだけでゾッとする。
「マネキンっていいですよねえ……色んな服を着られて」
うっとりと羨望の眼差しを浮かべるソフィアの後ろで、
「この布とこのレースを80センチ買うので、2割引いて――」
「……お嬢ちゃん、南の組合のモンだろう」
「そうですが、今は組合員ではなく一般客として来ています」
依頼された品を注文し、徹底的に値切り倒すヴィヴィアンの姿がある。
眼鏡をくいっとキラっと輝かせる彼女に、中年の男店主は大きなため息をついて疲れた様子を見せていた。
「お前凄いな」
要求するままの金額で購入したヴィヴィアンに、エルマは素直に賞賛した。
「商売人はナメられたら終わりだからね」
値切りもだが予定時刻よりも早くすべての買い物を済ませた。
おかげでカフェに到着し、待ち合わせたクロエたちと合流するまで相当待った。二人が到着したのは、安くあげた分から少し奮発したケーキが届いた頃である。
「いやあ、リリーさんが裏道の娼館に向かった時は焦ったであります」
「何だ、そこで働くのか?」
「違うわ! 系列店で私の姉が働いているので、手紙を頼んだだけですの――あ、もう1つケーキをお願いしますわ」
リリーはすまし顔で店員に注文する。
「やはりティータイムはこうでなくては」
「ただ食いたいだけだろ……」
タダと分かれば遠慮が無い。
注文された皿を届けてきたのは女の給仕で、エルマは何気なく見ていると、それに気づいたクロエがどうかしたのかと訊ねた。
特に理由はなかった。
先ほど布屋での話しで、働く女が増えたと思っていたことを伝えると、クロエは納得したように腕を組んで、大きく頷いてみせた。
「蒸気による産業にも発展の兆しがあり、きっとこれから増えてゆくでありますな。今はまだメイドや洗濯女への要求が強いですが、遠からず『時代遅れ』と揶揄される時代がきます」
「逆に減ったらそのままってことか」
「ノン、人間は便利を覚えると後戻り出来なくなるであります。女が働くことで街が便利になれば、それを除いて不便になるのは拒まれる。法令など出して規制すれば、強い不満と反発を生んで大々的な運動へと発展するであります」
労働の手が増えるのは、すなわち総合的な労働時間の増加となる。
便利は発展であれば、この労働時間を減らすのは前時代を望むと同じ。不便を望むのは老人だと述べるクロエに、エルマたちは納得しかなかったのだが、
「……何でもかんでも愚民を受け入れていれば、秩序は飛びますわ」
リリーは黙々とケーキを食べながら言った。
「そう言えば、ハートウェル家は思い切り規制をかけた側でありますな……」
「さもありなんってことか」
やかましい、とリリーは眉をひそめる。
「……あのう、話変わっちゃうんですけど、お菓子はそのリリーさんが食べているパンケーキとかどうでしょうか」
割って入ったソフィアに、みなが視線を集めた。
「確かに美味かったな。これパンケーキっつーのか」
「庶民のあいだで人気でありますよ。作り方も簡単ですし」
リリーはそれを迷いなく食べている。
「ま、これにすっか」
材料も多く必要にならず、クリームや果実煮を添えたら済む。
ヴィヴィアンが計算をすると費用もかなり抑えられそうだと言う。
「だけど、ちょっと小麦の値段が気になるかも。今年は不作だし」
青く澄んだ空を見上げるのは、日頃は曇りか雨が多いからだろう。
その影響による不作、また小麦以外の値段が上がることが予測された。
「まあ早めに確保するように動けばいけるかな。去年のを抱え込んでるとこを当たればもっと抑えられそう」
「そう言えば、ヴィヴィアンの実家は宿駅でありましたな。常から最効率の仕入れと運搬を考える……ん?」
「どうしたの?」
「……もしかして、ヴィヴィアンも組合に居たでありますか?」
「うん、居たよ。認可証あった方が便利だしね」
「な、なるほど……」
なぜクロエは言いよどんだのか。
特に気にも留めず、カフェを出てパンケーキの試作に必要な材料を購入する。その頃には時間もちょうどよく、みな馬車に荷と共に乗り込んだ。
行きと同じく馬車は順調に進む。
揺れが少なく、心地よいそれにみながうとうとする……まさにその時だ。馬車通りの多い交差路に入ろうとすると、
「このクソアマッ、突っ込んでくるんじゃねえッ!」
馬が嘶き、通りを過ぎようとした中年男の御者が怒鳴りつけた。
どうやら接触寸前だったらしい。御者は気が荒いのが多く、この手は日常茶飯事だ。エルマはやれやれと馬車から出ようとしたら、
「じゃかあしいッ!!」
どこからか、どすの利いた声がした。
それが正面……馬車を繰る席からなのだが、
「混雑時は交互に入るのが常じゃろがッ、車繰るならそれぐらい知っとけボケえッ!!」
「んだとオラッ、お前ドコの車乗りじゃッ!!」
「南じゃあッ!! こんなトコでしか乗り回せんサンピンがッ!!」
どう考えても、怒鳴り返しているのがヴィヴィアンしかいない。
だが、小柄で気の弱そうな彼女のどこから声が出てるのか……馬車はこれが普通だとばかりに進み、みな唖然と正面を向いている。
「ああ、やはりヴィヴィアンは南のでありました……」
「南って何だよ」
「うちは軍属の家なので馬宿やその運輸もよく利用するのですが……」
チラッと目を向ける。
「馬宿の御者は、馬車に乗ると人が変わるのが多く……中でも南の組合は、群を抜いて気性が荒いことで有名であります。揉めた店に馬車ごと突っ込んだ事件も数知れず……」
「次の外出は誰か一人残るか……?」
馬車の中は重い沈黙に包まれ、馬の上機嫌な嘶きがただ響くばかりであった――。




