5.夜がきた
「うう……お恥ずかしい……」
ヴィヴィアンは馬車から降りるなり、赤くした顔を覆った。
どうやら人格が変わるのは自覚しているようだ。文学少女が鬼に変わる衝撃は新しく、仲間たちは『まあまあ』と言いつつ、顔が引きつっている。
そんなやり取りをしながら大荷物を提げて門をくぐったところ、ふいにリリーが顔を険しくして校舎を見上げた。
「ん? どうした?」
「……何か、妙に暗くありませんこと?」
つられて見上げる空は、確かに日暮れにさしかかっていた。
「けれどまだ明るさを残しているし、門限はまだまだ先のはずでありますよ」
「うん。あと1時間くらいは余裕あるはず……だけど」
クロエとヴィヴィアンも違和を抱いたようだ。
何がおかしいのかと分からないままでいると、
「ああっ、分かりましたあ! 学校です! 学校が暗いんです!」
ソフィアの言葉に、みなもハッと目を開いた。
暗いのだ。空を反射する学校の窓が、まるで夜のように真っ黒なのである。
どうしたことかと呆然としている最中、
「な、何だあれ!?」
突然、とある上階の窓を女の手が叩き、ずずっと力なく滑り落ちていった。
「……バケモンでもいんのか?」
「や、やめますの、そんなこと!」
リリーは身体を抱いてぶるっと震える。
「もしや、ポイント争奪戦が始まっているのでは」
「あり得ますわね。誰かが能力を発現させて、仕掛けたか……こんな大がかりなのは初めてですけれど」
「学校全体に影響する能力など、聞いたこともないであります」
そろりそろり足を前に運ぶ。
扉に近づくにつれて、どんよりと重い空気が漏れているのが分かる。外気と違う冷たい風に恐々としながら、ドアノブに手をかけようとしたところ、中からいきなり、ドンと何かが叩きつけた。
エルマは後ろへと飛び退き、恐として目を瞠った。
「何だ……いったい何が起きてるんだ……?」
怖いものは得意だけれど、オバケだとか怪異とまた違う。
扉の先から感じられるのは、動物のような生きている気配だ。開けばたちまち飢えた犬が飛びかかってくる――そんな直接的な危険を告げている。
仲間たちはみなエルマの後ろに隠れていた。
「おい、お前らずりーぞ!」
「こ、このような状況では致し方ありませんであります!」
「何が、致し方ありませんだ! 軍人の娘なら前に出ろ!」
「私は妾の子であります!」
爪を立てた猫のように、しがみつく身体から離れないクロエを引っ張っていると、
『そこにいるのはエルマなの!!』
扉ごしに声がした。
「おお、そうだぞ! ってうちの連中かよ、いたの……」
『そこにカトリーヌいないッ? いたらボコってッ!』
「カトリーヌぅー?」
『あの馬鹿ッ、今度はアイリーンと組んで全員に喧嘩ふっかけたのよッ!』
病気にしたのと同じく、また小細工な謀でポイントを稼ぎにいったのだろう。
アイリーンはクラスメイトにいたが、彼女の能力は知らない。ひとまずカトリーヌを探してみるが、周囲には見当たらなさそうだ。
「あ、居ましたー! あそこ、噴水横の茂みですー!」
ソフィアが指させばそこに、茂みに身を隠して様子を窺うカトリーヌの姿が。
ぎょっと表情を変えると、以前と変わらぬ判断の速さで、脱兎のごとく逃げ出した。
「待ってー!」
追いかけるソフィアだが、のんびりしていて当然追いつけない。
するとそれで能力が解除されたらしい。正面の扉から、大量のクラスメイトが雪崩のように飛び出してきた。
エルマはそれに飲み込まれ、全員の下敷きになった。
「お、お前ら……覚えとけよ……」
「申し訳ないであります……つい反射的に……」
本来ならば逃げられたのだが、それに驚いたクロエが前に突き飛ばし、自分だけ逃げたのだ――。
◇ ◇ ◇
「信じらんないわよもう! 突然真っ暗になったかと思うと、ポイント減ってくんだから!」
アイリーンの能力は〈ミッドナイト〉と呼ぶらしい。
部屋を真っ暗にしないと眠れないと、ただそれだけの能力かと思っていたが違った。彼女の作り出した“夜”は無差別にポイントを吸収し、どんどんと広がって対象を飲み込むのだと言う。
明かりがあればポイントは減らない。
しかしランプは外されて、部屋の一箇所に集められていた。パニックになった生徒がそれに群がったところ、いきなり扉が閉まって出られなくなったそうだ。
「明かりがと言ったの、カトリーヌだったんだろ」
「よく分かったわね」
「オレもそうするしなー」
狡さでは同レベルねと呆れられる。
「……で、ランプや蝋燭を囲って、細々と救助を待ってたってわけか」
「仲間はほとんどやられたわ……」
“夜”はすっかり学校を覆い尽くしているらしい。
外に出ようとするのを見越したカトリーヌが、外に繋がる扉を封鎖をしたことで身動きが取れず、誰かが持っていたタバコの火や、油が尽きてくるランプのおぼつかない明かりを囲うしか出来なかったと話す。
開かれた扉の向こうは真っ暗で、試しにエルマが手を入れてみると、確かにポイントが減っていった。
「何秒かに1ポイント、闇が濃く、対象に近づくほど減りが早くなりそうであります」
「“夜”とやらにどんだけいたらアウトなんだ?」
「我々の平均が600とすると、完全に飲まれて1分ぐらいってところでしょうか」
「それまでに見つけてボコんのは流石にキチーな」
「ノン、明かりと言えばこの時の能力!」
クロエが両目をピカッと光らせた。
「我が〈フラッシュライト〉の本領発揮であります!」
おお、と歓声があがる。
試しに“夜”に侵入すると、クロエの光はこれを割いて周囲を照らした。
「ポイントも減らないな……よし、これで行くぞ!」
「いや、しかし欠点が」
「何だよ欠点って」
「私が見えないであります」
目を光らせているので、自分の視界は真っ暗なようだ。
「使えねえなあ!」
「酷いでありますう……」
そこに提案したのはヴィヴィアンだった。
「ワゴンに乗せたら?」
ランプを載せて移動したらしいワゴンが一台、玄関に置かれてある。
それにクロエを乗せ、動かせば周囲を照らせるのではないかとの考えのようだ。
「なら食堂か部屋にゆくであります。いい方法があるでありますよ!」
クラスメイトの期待を背に受けながら“夜”へ――。
クロエを載せたワゴンはヴィヴィアンが押す。僅かでも光から出るだけポイントが削られるため、緊張を呼ぶ闇は、産毛の先まで警戒を呼んだ。
食堂か寮か。
最も近いのは食堂だ。
一行はそちらを選ぶと、やはり中は真っ暗闇で、クロエが首を回して厨房付近を照らすと、そこに何人か倒れているメイドの姿が浮かびあがった。
「水を入れたグラスを、底から照らせば……一気に明るくなる、はずであります!」
周囲はパッと、一気に明るく照らされた。
「おお、すげえな!」
「これで探しやすくなると思うであります」
眩い白明かりは闇を払って昼間のようだ。
それにしてもこんなに人がいたのか……。明かりを求めて避難したが、カトリーヌに扉を封じられて、そのままやられたんだろう……。
何人ものメイドが、光が尽きたランタンの周りに横たわっていた。
「うう……」「ぽ、ポイント……」
「どうやらこの“夜”ってのは、体力も奪うようだな」
メイドたちは光に目を覚まし、水を求めるように手を伸ばしてきた。
「おいおい、大丈夫か――」
エルマが身を屈めて一人の手を掴もうとした、その時である。
「なりませんわッ!!」
リリーが足元にあったモップを掴み、身体ごと押しのけるように払った。
「何すんだ、やられた上にモップとか可哀想だろ」
「何言ってますの! このように群がる連中は危険ですのよ!」
メイドは押しのけられても厭わず近づいてくる。
「ポイント……」「ポイ、ント……」
「光……」「ポイント、ちょうだい……う、うう……」
何だこいつら。飢えたように光に迫ってくる。
「み、みんな逃げましょうッ!! 外からも一杯きてますッ!!」
入り口付近に立っていたソフィアの声に振り向けば、扉に隠れた影から、ううっと呻くような声が近づいてくる。
まさかこれは……。
「こいつら全員、ポイントゾンビになってんのかあッ!?」




