6.金の亡者とポイントの亡者
エルマたちは学校じゅうを駆け回っていた。
「こいつら、本当にポイントゾンビかよ!? くそっ、来るんじゃねえ!!」
逃げ遅れたクラスメイトはあちこちに倒れ、クロエの明かりや物音に反応してくる。
立つがやっとにフラフラと、もしくは這いずりながら。まるで“夜”に操られているかのようだ。
「やい、高慢ちき、まだか!」
「お待ちなさい。今から出ますの」
自分たちの寮区画である階で、リリーは己の小銃を抱えて部屋から出てきた。
ゾンビな彼女らに叩かれるとポイントが奪われるので、その前に長柄のモップで撃破しなければならない。
けれど隙も多く、集団を相手には多勢に無勢――照明を担当するクロエ、これを運搬するヴィヴィアンで戦力は二つ欠けて、エルマとソフィア、リリーのだけでは攻撃が追いつかず、後退するばかりだった。
探索を進めるにはポイントゾンビを撃退せねばならない。
そこで、白羽の矢が立ったのがリリーの銃だ。寮区画までゆくのはリスクはあるも、エルマたちは遠距離からの攻撃ができるメリットを選択した。
「ポイント……」「ポイントォォ……」
「ええい、鬱陶しいですわ!」
リリーが銃を構え、迫るクラスメイトを二つ吹き飛ばした。
「よし崩れた! 突破するぞ!」
包囲を突破して寮区画の廊下を駆ける。
やがて教室に繋がる廊下までくると、一行はようやく息をつくことができた。
「アイリーンの居場所はここでもねえか。あと探してないのはどこだ」
「ちょっとずつソフィアが闇に触れてポイントの減りを確かめてくれて、教室のこの位置は逆に中心から離れて行ってるね」
使用者と離れるほど、1ポイント減少にかかる秒数が増えている。
その距離は10メートルごとと推察され、距離が (d) メートルのとき、1ポイント減少にかかる時間は (n)秒となる。
これを計算式にすればn=d/10となると、ヴィヴィアンは言う。
「急場での単純式だし、アイリーンの〈ミッドナイト〉は能力者を月とすれば、私たちは自転する地球のような位置で、現実はもっと複雑だと思うけど、地図に記したポイントの減りからしても、彼女はきっと講堂にいると思う」
「言われてもよく分かんないが……いやそれよりも、ソフィアお前そんなことしてたのかよ」
ソフィアのポイントは【281/520】と大きく減らしていた。
「私、鈍くさいから……それに能力ないし、ポイントもそれほど重要じゃないから、こういうところで役に立たないと……」
「馬鹿。自分を卑下した根性で動くんじゃねえよ、やるならちゃんと言え」
申し訳なさそうに目線を下げる彼女だったが、エルマの言葉にパッと顔が明るくなった。
自分が何も役立てないことが気がかりだったのだろう。そんな思いをさせていたことに、エルマはふがいなく、腹立たしくなる。
しかし、表に出すことでもない。
話をそこで終わりにし、リリーの方を向いた。
「ポイントで思い出したけど、高慢ちきのポイントはどうなんだ? あんまポンポンと撃てねえだろ」
「まあ、ぼちぼちですわね」
【リリー・ハートウェル 118/140】
「140!? お前、今朝は700ポイントぐらいあっただろ!?」
「さ、さあ、どうしてかしら。おほほほ……!」
そこに、明かりを照らすクロエが「まさか」と声を発した。
「……換金したでありますね!?」
「う゛っ……!?」
リリーは胸元に手をやり、隠すように身を捩る。
外出時には700ポイントほどあったのに、今は140ポイントまで減っている。通貨に換金するのは学校で……となれば、帰ってきた時に再び行ったことになる。
「……そうか、てめえ指輪でやりやがったな!! 学校に入ったどさくさに!!」
「だ、誰がいつどこで換金しようが勝手ですわ! 私が得たポイントなのだから、私のお金は私のですのよ!!」
「ポイントが減るって聞いて、慌てたんだろ。700ポイントでやられるより、100ポイントでやられる方がマシだって」
「うるさいですわ!! 小銅貨50枚を稼ぐ苦労も知らないくせに!!」
「知ってるわ!! てか小銅貨50枚なんて半日だろ!!」
え、とリリーは目を見開いた。
「半日も働いたのですの……?」
「も、って何だ……半日“も”って……」
お前らも小遣い稼ぎしたことあんだろ、と仲間に確認を取れば、ソフィアまで大きく頷いて返した。
「私、1週間かかったんですわよ……?」
「1週間って、よほどのピンハネ喰らわんとそんな額にならねえだろ……まあ、半日もって言うくらいだから時間が短けえんだろうけどよ……何時間働いてそれだよ」
「1時間もですわ!!」
「ポイント戻して銃弾に換えやがれ!!」
リリーから指輪を取り上げようとエルマは飛びかかる。
「お止めなさい!! は、まさか……貴女もポイントのゾンビに成り果てましたのね!!」
「なってねえよ馬鹿! 労働ナメくさりすぎだから、イチから学べってんだよ! この貴族ごっこが!」
「何が貴族ごっこですの! 私は貴族ですのよ!!」
揉みくちゃになっているが、仲間たちは馬鹿馬鹿しくて仲裁にも入らない。
ヴィヴィアンの節約によって浮いた金だと分った途端、パンケーキをいくつも食べだした。
外出に制服であるメイド服を着た時点で薄々勘づいていたが、やはりそうだ。こいつは家が没落したあとに困窮を極め、しかしそのプライドゆえに下働きを拒んだのだ。
「姉たちが娼館にいるということは、台所事情が相当かと思っていたでありますが……」
「ただの娼婦ではありませんわ。この高貴な出を差し出すのですから、それ相応の格を、高級娼婦としてゴネ――雇われましたのよ!」
「没落貴族の娼館勤めはあるあるで、しかもどん底からであります……」
「誰がそんなので納得しますの!」
「納得もクソもねえだろ!?」
エルマが隙をついて手を伸ばした。
あ、とリリーがそれで指輪が抜け、軽い金属の音が廊下に反響する。
「何をしますの! ああ、お金……私のお金……」
指輪はコロコロと、リリーは這いつくばって追いかける。
近くの用具箱の近くで倒れたそれを捕まえ、彼女はぎゅっと胸の前で握り締めた。
「これは誰にも渡しませんわ!!」
「こいつ!」
エルマが追いかけようとした、その時だ。
「待つであります!」
「何だよ、諦めろってか」
「違うであります。玄関にいたみんなは『カトリーヌの罠にかかった』と言っていた……あの〈ロックダウン〉の能力は、外からその対象の扉を開閉するもので、我々が到着した時に学校の外にいたとなれば、内部の鍵は開いているはずであります」
「だからそれが何なんだよ」
「……罠にかかった連中は、いったいどこにいるでありますか」
カトリーヌの罠にかかったのなら部屋の中だろう。
確かランプを取りに行って閉じ込められたと言っていた。そのランプがあるとすれば……。
「高慢ちきッ、今すぐこっちにこい!」
「何ですの、行きませんわッ!」
「ちげえよ馬鹿ッ、後ろだ! 後ろの扉だよ!」
振り返ったすぐ後ろには、まさにその用具室の扉がある。
騒ぎを聞きつけたのか、扉の向こうから、ドンッ、ドンッ、と叩く音が響き始めた。リリーも気づき、立ち上がった刹那、中にいた者が一斉に飛び出す。
「きゃああああーッ!?」
「リリー殿!?」「リリーさん!?」「リリー!?」「高慢ちき!?」
ポイントゾンビと化したクラスメイトは、リリーに覆い被さっていた。
「銃だ、銃を使え! ポイント戻せば吹っ飛ばせるだろ!」
「嫌ッ、嫌ですわッ!! これは、これは私のお金ですのよ……ッ!」
「そんなこと言ってる場合か!? クロエの明かりの外だし、ポイントどんどん減ってるだろ! 早くしろ!」
クラスメイトの手に叩かれ、身体が“夜”に触れてポイントが【72/140】まで減っている。
このままでは、リリーがやられてしまう。
「あ、ああああああーッ!? もう、もう、どうにでもなりやがれですのッ!!」
リリーは被さるクラスメイトの一人を後ろへと蹴り飛ばし、銃を構えた。
ドンッ!
激しい衝撃音が生じ、クラスメイトはもう一人吹っ飛ぶ。
「今だこっちにこいッ!」
「許しませんわ……ッ、絶対……ッ! 私のお金を……お金を……ッ!」
リリーは換金した分をキャンセルしたらしい。
表示は変わって【リリー・ハートウェル 852/950】と数字が浮かぶ。
「お前どんだけ換金してんだよ!?」
「うるさい!! 金は命より大事ですのよ!!」
薬莢代わりに噴煙を噴き出す小銃を構え、リリーは肩をいからせズンズンと廊下を歩いてゆく――。




