7.お宝のにおい
「お金……私のお金……」
リリーは肩を落としながら、しかしヤケクソに銃をぶっ放した。
もはや見境もなく、動くものが見えれば引き金を引く。進むこちらは楽であるが、校内にまだ生存者もいた。確認もせず銃を向けて撃つので、向こうからすればたまったものではないだろう。
「ポイントゾンビに対して金の亡者だな」
「貧しさを知らないのは黙ってろですわ」
「知ってるわ!? 孤児院あがりナメんなよ!!」
「誇るものでもないであります……」
能力〈ミッドナイト〉の使用者、アイリーンは講堂から動いていないらしい。
そこに繋がる通路は一本道で、ヴィヴィアンのナビもある。真っ暗闇でも迷うことはなかった。
「ん? どした」
リリーはふと足を止め、銃を構えた。
廊下の先に、ほの明るいランプが灯る。まさかと思った先に銃声を2発、明かりはガラスが割れる音と消え、続けてカエルが踏まれたような悲鳴が生じた。
「お前、あれ明らかに生存者だろ!」
「ふん……!」
リリーのポイントは【460/950】と表示される。
途中は何発か撃っても760ポイントあったので、300ポイントもの威力の弾を使用したことになる。
「あ、あの人は!?」
“夜”の向こうからヨロヨロ近づいてくる灰色の輪郭。
ぼんやり明かりに浮かぶと、見覚えのある顔だと分かった。
「あ、あんた、よくも……!」
「……」
リリーは躊躇せず再び引き金をひいた。
「あぐッ!?」
それは、入学式に悶着を起こした上級生のリンダである。
頭を撃たれ、仰け反りながら後ろへ倒れた彼女は、気を失ったのか白目を剥いている。
【リンダ・モルダワ -0/22,423】
ポイント差があっても、当たり所によっては一撃のようだ。
「未だに執着してたのかよ……」
「豚の臭いは闇に消えませんわ。鼻に触れるたび癪に障りますの」
ふん、と鼻を鳴らして銃をコッキングする。
「こんな時ですが、においで思っていることがあるであります」
クロエがグラスを目に置きながら、エルマを向いた。
「……エルマさん、最後にお風呂に入ったのいつでありますか?」
「オレか? いつだっけ……先週は入ってねえな。なんだ、臭い?」
「視界が見えない状態でも感じるであります」
言葉を濁しているが、かなり感じるのだろう。
風呂の習慣は孤児院にいた時からこんなものだ。けれど大人になったからか、自分で“限界”と感じる日数が短くなっている気が、エルマはした。
「週イチで入るようにすっかな」
「毎日入れ!!」
リリーは尻を蹴った。
「そのために浴室を開放したのですわ」
クラスポイントとチームポイント、そして個人ポイント……。
最初にクラス全体で浴室を解放したのち、続けて台所とメイクルームを開いた。チームではカフェテラスを開放しているも、ほぼリリーが独断で行ったものである。
「夏場はプールを開放したいでありますな」
「私は裁縫室を解放したいですー、皆さんの服を作りたいです」
「うちは図書室かなあ」
今回の〈ミッドナイト〉の能力は全校生徒を相手取ったものだ。
上級生の多くは見込めなくとも、不意打ちで搾り取っているなら相当なポイントを溜めているはず。
そのためか、みな勝利後を見据えた“報酬”を意識し始めていた。
ああ、そうか。
エルマは“夜”道を歩きつつ、何故この辺りに上級生がいたり、また生存者が出口を目指さずうろついているのかの理由に気づいた。
みな、能力者であるアイリーンを探しているのだ。
ここは“夜”であり宝が眠る“迷宮”だった。そして、自分たちが最も答えに近づいている。
(……もしかしたら、高慢ちきが誰彼かまわず撃ってたの、正解だったんじゃねえか?)
同じ亡者をしているからこそ、敵と認識したのかもしれない。
いよいよ講堂に近づく。そこにランプの明かりが見えても、リリーは反応しなかった。
【何だこの異様な瘴気は……。
ランプの明かりに照らされていてもポイントが異様な速さで吸われてゆく……。
やはり、やはり奴はここにいる。
だけどもう力がない……。
やっと見つけたというのに、私はここで……】
壁にもたれかかって倒れた上級生の傍に、文章が浮かぶ。
「……メモの能力、ですかねえ?」
「思ったより楽しんでんな」
入学式以来の来訪となる講堂は、不気味なほど静かだった。
上級生のランプは灯ったままだ。エルマはそれを拾って中の様子を窺うも奥は見えない。クロエの明かりで“夜”を払っても、白く色の飛んだ反射光が長椅子や床が浮かぶだけだった。
空気は澄んで冷たく、見上げた天窓は漆黒に塗りつぶされている。
今日のような天気の夜なら、玲瓏とした月明かりが照っていてもおかしくないだろう。
勿体ないなと思いながら近づくと、
「……!」
リリーが後ろから肩を掴み、人差し指を口にあててから耳へ、続けて右斜め前を指した。
『……ゥー……ゥー……』
微かだが自分たちメームメイトと違う息が聞こえる。
こちらに気づいているのか。
身を低くして、長椅子の陰から様子を窺うも、息は変わらず。同じ場所にずっと留まっている。
(持久戦か?)
息を整えていたその時だ、
「あのー……これ、寝てませんかあ……?」
ソフィアがそう呟いた。
改めて耳に集中すると、そのようにも聞こえる。
「寝たフリかどうかは、呼吸の間隔で分かるであります」
エルマは『自分が行く』とリリーに合図を出してから、ランプを掲げながら吐息の主の場所へ。
ポイントは上級生のメモ通りに、おぼつかないランプの橙明かりでは防ぎきれず、ポイントはどんどんと減ってゆく。しかし焦らず、しかし急いで……いよいよ長椅子からその場所に顔を出した。
「すゥー……すゥー……」
十人並みの少女が一人、油断しきった顔で眠りこけていた。
(思い出したぞ! こいつ、訓練中に立ったまま寝てた奴じゃねえか!)
もしや、この〈ミッドナイト〉の能力は……。
エルマは考えるとどんどんと腹立たしく、裸足で眠っているのに気づくと、その足裏にランプを当てた。
「……ん、んん……ん……、ん……あ……熱ッつ!?」
“夜”という迷宮の奥に、確かに宝は“眠って”いた。
学校中からポイントを集めた張本人は、長椅子にいることを忘れ、飛び起きた勢いで転げ落ちた。
「寝たいだけでこんな迷惑かけんじゃねえよ馬鹿ッ!!」
「いだッ!?」
追い打ちにエルマに殴られ、彼女はようやく状況を把握するものの……起き抜けの頭で導き出せたのは、両手をあげて降参することだった。
◇ ◇ ◇
「――この馬鹿にお灸を据えてやらないと気が済まないわッ!!」
「か、カトリーヌに言われただけだよォォッ!? ここで能力使って寝ていたらいいって!?」
アイリーンの〈ミッドナイト〉は『真っ暗だとよく眠れる』からで発現したらしい。
元々から寝るのが好きだが、訓練が厳しく、日頃から寝たいと思っていた。
「ヴィヴィアン、本当に出来るでありますか?」
「本にある通りだと、理屈は同じ。多分行ける」
クロエの目に〈ルーペ〉を眼鏡のように当てて、その指の輪を絞る。
ピカッと光るクロエの〈フラッシュライト〉は、レンズの役目をする〈ルーペ〉を通じて集光し、一本の線となる。その光をクラスメイトが突き出す紙に当て、しばらくすると、
「おお、紙が焼けてる!」
ぶすぶす、黒い染みを広げながら煙をくゆらせた。
「よし、じゃあやっちゃってヴィヴィアン、クロエ!」
「あいあい!」「オッケー!」
ヴィヴィアンが後ろから被さるように。
二人が向いた先には、アイリーンと同じくクラスメイトに拘束されたカトリーヌの姿があった。
“夜”が晴れると一斉に“馬鹿”狩りを始め、倉庫に隠れていたのを見つけたのだ。
「ちょ、ちょっと何する気!? だめッ、ちょっとッ!?」
カトリーヌはスカートをまくり上げて尻を丸出しにしている。
クラス全員をハメた代償は大きいらしい。その丸みにクロエの光は当たり――
「あ゛ぎょあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーッ!?」
部屋に彼女の絶叫が響き渡った――。




