6.ポイント争奪戦
湿った空気に覆われた教室はどんより重い。
この日も、雨が降りそうな空模様だ。雨の匂いは嫌いではないが、毎日がこれでは病気になりそうだ……。
(減点は同じだし、いっそ廊下を猛ダッシュしてやろうか……)
石造りの建物は閉塞感に満ちている。
外を走り回ることが何より好きなエルマにとって、どれだけ建物が広かろうと、自由のない窮屈さは、陽光を浴びない草花と同じだった。
だらだら机に伏せていたところ、バークルが教室に現れる。
怠そうに身体を起こすエルマだったが、この日の担任はどこか雰囲気が違っていた。
「そろそろ〈親睦戦〉を始めたいと思います」
親睦戦、とクラスメイトたちは顔を見合わせる。
親睦会なら耳に馴染みがある。親睦戦というのは、どういうことなのだろう。
「能力の発現が増えた機会に行われる、言わばオリエンテーションです」
バークルはそう言うと、
「ポイントは、ただ貯めればいいというわけではありません。能力は剣であり、盾でもある。いざという時に使い方が備わっていなければ、宝の持ち腐れでしょう。そのため、みなさんには〈ポイント争奪戦〉を通じて、互いに研磨しあっていただくことになります」
「ポイント、争奪戦……ってことは喧嘩か!?」
エルマの言葉は無視された。
「親睦戦はその一つです。ポイントは生命力でもあり、ゼロになると戦闘不能です。またその際、一定値が相手に移ります」
おお、と教室がどよめく。
「同じクラスであれば、誰がどのような能力であるかは承知しているでしょう。けれど近くで見ているだけでは、漠然とした表面のみの理解に留まります。」
実践を経て、真にそれを理解することが目的と説明する。
すると、生徒の一人が手をあげた。
「能力がない者はどうするのですか?」
「いい質問です。能力を持つ者と協力――チームを組むか、単独で戦うかです。施設はすべて開放していますし、モップやホウキなど、そこにあるものを自由に使って相手を倒してください」
「それはかなり不利では……?」
「襲撃を受けた時、相手に『能力がないのにズルい』とは言わないでしょう」
納得したのか、生徒はそのまま黙り込んだ。
(おもしれえ……腕が鳴るぜ!)
みなが戸惑う中、エルマだけは指をポキポキ鳴らし、やる気に満ちあふれた。
「30分後に開始の鐘を鳴らしますので、チームはそれまでに組むように。またどこから始めても構いません」
教室に留まって全員で乱戦するのも、隠れ潜んでやり過ごすのも自由だ。
バークルはそう伝達した。
◇ ◇ ◇
解散を告げられても、エルマは教室に残っていた。
素手でクラスメイト全員やっつける自信がある。だが誰から狙おうかと視線をくばると、みな逃げるように教室を出ていったのだ。
ちぇっ、と頭の後ろで手を組みながら椅子を傾ける。
(だけど、オレも早く能力が欲しいな。すげーカッチョイイの)
能力と聞いて思い浮かべるのは、棒を振れば迅風が吹き、地面を叩けば割れるようなものだ。
なのに、発現したクラスメイトの能力はそれと遠く、いい天気に干したように布団がふかふかになったり、手を組んだハンドホイッスルでニワトリの鳴き声が出せる目覚ましなど、“日用”に関連したものばかり。悪くはないのだが……どうにも張り合いがない。
エルマは“必要と思うこと”で考えてみる。
欲しいのは、遊ぶ時間と自由な時間だ。あとは腹一杯にメシが食いたい。
(みんなでパーティーもいいな)
わいわい賑やかにしているのを想像し、慌てて首を振る。
もし『パーティーを賑やかにする能力』で発現してもよくない。手から飾りが出たり、楽器になるのは面白いが、能力という面では恰好悪い。
では何がいいのだろう。
みんなといるのは好きだ。それはこの学校でも同じで、最初は嫌でしょうがなかったが、今はそこまで悪くないと思う。
「みんなのためになる能力!」
エルマは両手を突き出してみるも何も起こらない。
だが気合いは入った気がした。
◇ ◇ ◇
無人の教室にいても埒が開かないので、エルマは廊下へ出る。
(静かだな)
物言わぬ建物の静寂などではない。
緊張に息を潜めた、生物の沈黙……生存か侵略かの境目に身を置く気配が、あちらこちらに感じられる。
途中にある掃除道具入れは扉が開き、中にあったモップやバケツがすべて無くなって空っぽだった。
(へへ……面白くなってきやがった)
これだよこれ、と思っていると、
「……マ、……マ」
差し掛かったトイレの入口から、囁くように呼ぶ声がした。
「お? カトリーヌじゃねえか。早速やろうってのか?」
エルマが身構えると、彼女は「ひっ」と声をあげ、トイレの壁に引っ込んだ。
「ま、まだ開始の鐘が鳴ってないよ!」
「ん? そうだっけ?」
「私まだチーム組めてなくて、エルマもまだなら、どうかなって」
「んー……オレは別に興味ないけどなあ」
彼女の名はカトリーヌ・ベル。
小柄で、眦のつり上がった丸い目は、化粧気のない肌と合わさって悪戯好きな子供の印象を与える。
「いい場所、見つけてあるんだ。そこに行こ」
「歩いて遭遇したの、全員ぶちのめしていきゃそれでいいだろ」
「だ、ダメだよ! それじゃ作戦が……!」
「作戦?」
「ちゃ、ちゃんと戦うにはプランが大事ってこと!」
カトリーヌの言うことも一理ある。
闇雲に突っ込んでは、思わぬところで足下を掬われる。女の腕力では限りもあるし、周囲をよく見て使えるものは何でも使うべきだ。
エルマは納得して、彼女についてゆくことにした。
そこは一階にあるらしい。階段を降りている最中、カーン、カーン、と硬い鐘が廊下に鳴り響く。同時に、宙に文字が浮かび上がった。
「お、おお!? 何だこれ!?」
【エルマ 503/503ポイント】
【カトリーヌ・ベル 573/573ポイント】
ひょっとすると、これが自分のメイドポイントなのか。
「何でカトリーヌの方が70ポイントも多いんだ?」
「普段の積み重ねじゃない?」
「なんだと」
「いたっ」
ポカッと拳でカトリーヌの頭を小突く。
【カトリーヌ 551/573ポイント】
「ちょ、私のポイント減ったじゃん!?」
「悪ィ悪ィ! でもなるほどな、殴り、殴られでポイントを減らしあうってわけか」
加減はしたものの、これで20ポイントも減るなら、普通にぶん殴れば一発だろう。
「おいカトリーヌ、お前もお返しに殴ってみてくれ」
カトリーヌは拳を振るも、気遣って押す程度のパンチを肩に当てる。
【エルマ 503/503ポイント】
ポイントは全然減らない。
もう一度。今度は音が鳴る程度に殴るが、結果は同じだった。
「痛い?」
「全然」
「じゃあもしかすると、ダメージを受ける側のタフさでダメージが決まるのかも」
「なるほどなあ。よっし、ならオレは無敵だぜ!」
あちらこちらで戦闘が始まっているのだろう。
どこからか音が反響して、棒のようなものがぶつかり合う音が聞こえる。
『え、えいっ! やあ!』
『わっ、わわっ、やったわねえ!』
などと、慣れていない小競り合いをするのもあれば、
『ちょっと、何であんたそんなに強いの!? 私は剣術7級なのよ!?』
『弟とよくチャンバラしてたからね!』
カンカンと棒きれを打ち合う音が響く。
『クロエの能力は目を光らせるだけよ、さっきみたいに一斉にかかれば倒せるわ!』
『ようし……!』
『ノン、甘いであります。私の能力〈フラッシュライト〉はこのように使うのであります! そら――!』
『ぬ゛ああああッー、め、目があああああッ!?』
『め、目が眩んで……!?』
『ここで攻撃であります!』
そこには能力を駆使した様子もあった。
どうやらクロエは近くにいるらしい。廊下で立っていると、向こうから和やかな声が近づいてきた。
「おっ、エルマさん発見であります!」
「へへっ、やるかあ?」
クロエはチームを組んでいるらしい。
一緒にいるのは、食堂で会ったソフィアとヴィヴィアン、それと――。
「なんだ高慢ちきもいんのか」
金髪をロール状に巻いたリリーがいた。
「誘われたそうにしていたので声かけたであります」
「ち、違うわ! まあ、協力も悪くないと思った次第、でありましてよ」
リリーは白い布に巻かれた長柄の何かを肩に担いでいる。
剣や武器のたぐいだろうか。ツンケンとそっぽを向く彼女だったが、その表情は嬉しそうだ。
「よかったなあ。友達が出来て」
「こいつはここでぶち殺しますわ」
その包みに手をやろうとしたのを見て、クロエが割って入った。
「ノンノン、ここでエルマさんとやり合うのは賢い選択ではありません。近くにこちらの消耗を窺ったチームが潜んでいるであります」
「何ですの、その私が賢くないような言い草は」
「……違うでありますか?」
リリーがクロエの尻を蹴った。
【クロエ・ミルズ 511/518ポイント】
「なんでえ、高慢ちきの蹴りでそんだけか」
蹴られた尻をさするクロエは「うん?」と首をかしげる。
「これは先の戦いで負ったダメージでありますよ。そもそもチームメンバー同士でダメージは――」
その時、カトリーヌが慌てた声を発した。
「みみみ、みんなっ、いっぱい敵がきたっ!?」
「むむ、ここは退くでありますよ。エルマさんも残ると危ないであります」
1ポイントも減らないんだから別に大丈夫だろ。
エルマは余裕の表情で、カトリーヌが向いた廊下の向こうを見やった。
宙に立て並べた棒の群れがそこにあった。火かき棒やクワも見える。先頭は鍋の蓋を片手に、完全武装している。
エルマは転身し、猛ダッシュで廊下を走った。
「ろ、廊下走りてえって思ったけど、こんなんじゃねえよ!? なんだあれ!?」
あれは流石に無理だ。
「いやあ、暴徒とはあんな感じでくるのでありますな」
「暴徒は罵声とともに石投げてきますわ」
「実感こもってんなあ……」
ソフィアとヴィヴィアンも必死についてくる。
ソフィアは背の高いおっとり顔で、長い黒髪。ヴィヴィアンは背が低く眼鏡をした、茶髪のくせ毛である。
どちらも運動は苦手なようで、苦しそうに身体が上反っている。先をゆくエルマたちと距離を開ける二人に対し、カトリーヌは意外とはしこく、小柄な体格を活かすよう角を曲がったり、階段を駆けたりした。
こっちだと彼女が先導して、いつの間にかエルマたちは、3階にある自分たち新入生の寮区域に到達していた。
「ここに隠れて!」
キッチンに近い談話室だ。
カトリーヌは扉を開けてみなを急かした。まずクロエとリリーが入って安全を確かめ、エルマは殿を勤めて、追いついたソフィアとヴィヴィアンを中へと促す。
追っ手がくる気配はない。
エルマは廊下の向こうを睨んだまま、身構え続けた。
「カトリーヌ、お前も中に入れ」
「え、エルマは?」
「オレはこっちから出迎えに行くよ。相当な武装してっけど、戦い慣れしてなさそうだし、半分くらいは減らせっだろ」
それに、隠れる仲間たちをやり過ごさせられる。
エルマは言うと、カトリーヌは急に慌てだした。
「そ、そんなことしたら危ないから! ね、中に入って?」
「お前何だよ、引っ張るなって。そっちのがみんな守れる率高いって」
「いいのいいの、この中にいれば安全だから。ね、早く」
「いらねえっての! お前が早く入れって!」
ぐいぐいと進もうとするのを、メイド服の背中を掴んで離さないカトリーヌ。
彼女はずっと目をにこやかにしていた。だが突然、腕にぐっと力が込められると同時に、その表情を険しくして、
「いいから入れって言ってんのよ、このゴミ!!」
「な――ぬわああッ!?」
投げるように、勢いよく部屋に放り込んだのだ。
エルマはそのまま一回転して、中にいた誰かとぶつかって止まった。
「ッてーなあ!! 何すんだよ!!」
「あはははははッ!! バーカッ!!」
その時である。カトリーヌがいきなり扉を閉じたと思えば、ガチリと鍵が落ちた。
「な、なんだッ!? くそッ、あ、開かねえッ!! どうなってんだ!!」
「何やってますのッ、鍵ですわ鍵ッ!!」
「やってんよ既にッ!! 鍵をいくら弄っても開かねえッ!!」
ドアノブを掴んでも、いくら鍵の開け閉めを繰り返しても効果がない。
「そんなはずありませんわッ!! お貸しなさいッ!!」
リリーが入れ替わってドアノブを掴むも、変わらず空回りする。
まるで扉と壁が一体化したかのようだ。肩をぶつけて体当たりしても、ビクともしない。
『無駄よ無駄!! 私の〈ロックダウン〉は破れやしないんだから!! 泣いてポイント差し上げますって言ったら開けたげる。あははははッ!!』
「てめえふざけんな!!」
裏切られた。
カトリーヌの高笑いに激高するエルマだったが、
「――う、うわあッ!?」
後ろからクロエの仰天した声に、振り向かざるを得なかった。
そこには尻餅をついた彼女と、キャビネットの中からこちらを見る――虚ろ顔のメイドがいた。




