5.理不尽であります
エルマは小さな刃のピーリングナイフを握り、手にしたジャガイモやニンジンの皮を剥く。
「お前らまだ全然終わってねえじゃねえか。おら、終わってないのよこせ」
この日は食事当番である。
バケツを挟んだ姿勢で丸椅子に座り、剥かれた皮が絶え間なく落ちては、ゴトゴトと身の部分が放り込まれてゆく。
同級生たちが1つ剥き終えるうちにエルマは5つ済ませる。50人分の山積みされた野菜は、あっという間に片付きそうだった。
「相変わらず段違いの手際でありますな」
「慣れだ慣れ。こういうのは迷ったらダメなんだよ」
クロエは下ごしらえの係で、エルマが剥いた野菜をキッチンに運ぶ。
皮を剥きながら大雑把な輪切りにもするが、それを煮炊き係のリリーが見て肩をすくめた。
「毎度ながら細かいですこと。これで煮たら崩れやすいんですのよ」
「ガキどもが食うには柔らかい方がいいんだよ」
次のジャガイモを手に取った時である。
『ちょっと、来られても困るんだけど……』
裏口の方から揉める声がした。
揉めるというより困惑しているようだ。クラスメイトの影に隠れてよく見えなかったが、そこに小さな影が並んでいるようだった。
「孤児の物乞いですわ」
「みなしごって……孤児院あんだろ。なんでそこに行かないんだ」
「望めば何でも得られると思っているなら大間違いですの。持たざる者が持つことは、常に何らかの犠牲を払うことで成り立つ。善意は当然ではなく、それに選ばれることが幸運でありましてよ」
「お前も昔は立派だったんだろ? 助けてやろうとか思わないのか」
「助けて何になりますの。あんな小汚いガキども」
「お前ん家が何で潰れたのか、段々分かってきたぞ……」
やれやれとエルマは立ち上がると、近くにあったパンを二つ取って裏口に近づいた。
「――だから私たちは勝手に施しを与えられないのよ。帰って帰って」
子供の片方は7歳ぐらいで、もう片方は5歳ぐらい。
見たところ兄妹で、三日ほど食ってないのだろう。妹は兄にすがって今にも泣きそうで、兄もどうしたらいいのか、泣けるなら泣きたい様子だ。
応対するのは二人のクラスメイトで、片方は背が低く、もう片方は背が高い。どちらも困ったように眉を下げていた。
「あ、エルマさん」
背の高いほうのクラスメイトが気づき、振り向いた。
「ほれ、ガキンチョども。持ってけ」
「ちょっとエルマ!?」
「オレらは好きに食えんだろ」
批難されるのを無視して、エルマは兄妹に手にしたパンを与えた。
「人情で道理を破るのはダメだけどよ、オレが勝手するぐらいはいいだろ」
妹が心配そうに見上げて躊躇するのを、ニッと笑ってみせる。
すると彼女は破顔して、パンを胸に抱きしめた。
「お姉ちゃん! ありがとう!」
「いいってことよ。だけどオレが居ない時に来るんじゃねえぞ、オレだから与えられたんだからな」
「わかった!」
「見せびらかさず、誰も見てないトコで食うんだぞ。あと転ぶなよー」
兄妹が笑みを浮かべ、手を振りながら駆けてゆく。
エルマはそれにやれやれと口元を緩ませ、息を吐いた。すると目の前の宙に、メイドポイントの表記が浮かび上がった。
【施し +200ポイント】
【勝手な行為 -200ポイント】
「分かってるよ!!」
そこに先ほどのクラスメイトが、並んでこちらを向いていた。
「ありがとうエルマ」
「助かりましたあ……」
「おうよ。……ええっと、ヴィヴィアンとソフィアだったか?」
背の低いのがヴィヴィアンで、背の高いのがソフィア。
ヴィヴィアンは丸い大きなメガネをかけ、亜麻色の髪をお下げに。ソフィアはおっとり顔で長い黒髪を垂らしている。名前が合っていたようで、二人は「うん」とうなずいて、作業に戻っていった。
エルマも皮むきに戻ることにした。
「貴女の悪いトコですわ」
リリーは呆れた横顔で、黙々と鍋を煮ている。
「オレは機械のような造り物じゃねえし、悪いトコなんてねえよ」
「自分の命を放棄していますの、貴女は。経緯のない身の上ゆえに、誰かに使おうとしているのではなくて?」
エルマは一瞬言葉に詰まり、しかしすぐ鼻を鳴らして笑った。
「別に、そんな大層なことじゃねえよ」
肩をすくめるリリーを置いて作業を続ける。
しかし足元のバケツは一杯になりそうだ。エルマは身体をかえして、洗い場にいるクロエを向いた。
「おいクロエ、そっちに空いたバケツあるか?」
「ないであります」
「あるのかないのかどっちなんだよ」
「だから、ないであります」
「どっちかって訊いてんだよ」
クロエは「むう」と唇を尖らせ、少し考えてから、
「あるでないます!」
言った直後……その頭に、エルマの持っていたジャガイモが炸裂した。
「あ、後ろにバケツあったわ」
「理不尽であります……」
悪ィ、悪ィと、エルマは悪戯に笑うのだった。
◇ ◇ ◇
「――そろそろ快適に食堂を利用出来るのも終わりでありますな」
クロエは昼食の野菜スープを運ぶ手を止め、みなに確かめるように言った。
食事は食堂と購買のどちらかは自由である。しかしそれは新入生たちはまだ充分に点数を得ていない救済措置、お試し期間という言葉がついてのものだ。
入学からそろそろ二ヶ月目に入ろうとしている。
みなポイントの獲得について把握出来つつあるので、案じる様子はないものの、しばらく思案に黙する様子を見せた。
「施設の解放はどうしよう」
「食堂やお風呂だけじゃなくて、ロッカーまで制限つきだものね……」
「台所は欲しいわ」
「何でよ、お風呂が先よ」
「いえ、食堂の利用権よ」
「ああ……クラスのポイントが少なすぎてどれかが犠牲になるう……そもそもどこも解放出来ない可能性すらあるううう……!」
クラスメイトの視線が、二杯目のスープに手をつけるエルマに集まった。
「な、何だよ?」
エルマは正面のクロエに尋ねた。
「いったい何の話してんだ?」
「先生から説明があったでしょう。学校にはさまざまな施設があるけれど、それぞれポイント使って解放しないと、我々は自室と教室の往復以外なにも出来ないであります」
思い出してみれば、そのようなこともあった気がした。
「チームって何だ?」
「生徒同士によるチームであります。学年でのポイントだけでは揉めるので、欲しい施設をチームで開放するのも手とのことですが……本当は授業がグループ実習を中心にシフトしてゆくのが目的でしょう」
「ふうん」
「そこで最初に戻ります。学校にある様々な施設を開放したいのですが、ポイントが足りないかもしれず頭を悩ませているであります」
エルマはあまり興味なさそうにスプーンを運ぶ。
「何でポイントねえの?」
「「「「「お前じゃい!!!!!!」」」」
全員の指がエルマに向けられ、エルマは思わず椅子からずっこけてしまった。




