10.強く願うことは、全力を尽くす意思である
リリーは顔を血まみれに、立つのもやっとに腕をだらんと下げていた。
「うおおおおおお……生きてる、生きてるぞおおおおーッ」
「くっつくな馬鹿ッ、傷は治りきってないのですわ!」
浮かべた涙は喜びに、エルマは抱きついてわんわん泣いた。
その様子にリリーは呆れ、ふうと息を吐いて諦めた。クロエもまた疲れ切ったように床にへたり込み、あーと天井を仰いだ。
「死んだかと思ったよおおッ!」
「はぁ……死にましたわよ。けれどその直前に、これを使ったんですの」
リリーはポケットから1枚の銅貨を取り出した。
ひしゃげ、変色したそれはクズ銭である。価値は1割もなく、地面に放り投げても硬貨の音はしなかった。
「落ち延びて初めて手に入れた金ですわ。泣きながら地面を掘り返したそれを……地獄への渡し金にして舞い戻ったんですの」
屈辱を決して忘れぬために。
これで貴族としての終わりと、リリーはため息をついて肩を落とした。
◇ ◇ ◇
ようやくエルマも泣き止み、ロビーに全員集まった。
警官隊も到着して、ギャングの死体を次々と運び出している。年端もゆかぬ少年少女がやったと思えない死体の数々に、みな言葉を失っていた。
「さて……これからどうしますの?」
「決まってら」
エルマは目に力を込めた。
「全員、ブッ殺してやる!!」
「はあ……連中のアジトは把握してあるんですわよね」
そこにクロエが声を弾ませる。
「迫撃砲を潰した謎の人たちが、警察省にいた内通者を尋問して吐かせたアジトを記した地図を、すぐ走れる車に置いて行ってる気がするであります! いやはや、偶然でありますな」
「クロエの家にいる捜査官だよね」
「ノン。妾宅に勤める使用人たちであります、はい」
アジトに関しては、ソフィアも横で調べていた。
「アジト……は……クラーケン・イルの……倉庫……街に……あり、ます」
「だそうですー」
急に死体が喋ったため、運んでいた警官は驚いてこれを落とした。
「私、暴力とか苦手ですけど、みんなを傷つけたのは許せません」
「うちの組合も、ギャングどもに迷惑してるからね」
ヴィヴィアンとソフィアに、リリーも言葉を継ぐ。
「銃は貴族の嗜み。サンドイッチを用意して、ティーパーティーですわ」
「お前、銃はあんのかよ。爆発の時に瓦礫の下敷きになっただろ」
「連中が持ってきた銃がありますわ」
リリーは部屋から出て、ハンドルがついた重厚感のある銃を担いできた。
横縞のスリットや角張ったデザインは無骨そのもの。全長60センチほどの大きさで、側面に金属箱のような弾倉が装着してある。
「おおっ、それは海を越えた大陸で開発された、最新式の機関銃ではありませんか」
「外で見つけましたの。まさかと思いましたが、まあ考えてみれば当然ですわね。犯罪は常に最新でなければなりませんもの」
「まったく……いつの世も、犯罪者が時代を運んでくるでありますな」
時代遅れの犯罪者はいない。遅れた者から捕まってゆくからだ。
最新技術を取り入れるのは軍人だが、駆使するのは犯罪者であり、それを世間に広めるものだ、とクロエが言う。
「だけど、怪我は大丈夫なのかよ。一度死んでるレベルだろ」
「どこぞの誰かによる頭の悪い数値のおかげで、もうすっかり良くなりましたわ」
「まあ着替えはしたいでありますな」
ですわね、とリリーは笑う。
すると、そこにバークルがロビーに現れた。
「貴女たち外出するなら届けを。それと指輪の調達は時間かかりますよ。崩落に埋まってしまったので、それまで――」
「へへっ、それは心配ねえよ」
エルマは頭の裏で指を組むと、そのままロビーの奥へ。
傘をさした初代校長の像があり、台座にかかるプレートを蹴る。するとプレートが開き、中にあった台座を引き出した。
「そ、それは……!」
するとバークルは驚愕に目を瞠っていた。
「何だよ、秘密のだったのか?」
「ひ、秘密と言えば秘密ですが……それは特別な品なのです」
「特別?」
バークルは咳払いをすると、
「栄光のメイドたち――それが我が校における最大の栄誉。その指輪は、初代校長とその仲間に作られた特別なものです」
「へえ。最高の一品ってやつか」
「最高成績を収めた生徒に授与される予定でしたが、毎年それを選出しては指輪の価値が低くなるからと却下され、そこに収めていたのです」
思ったより現実的だなと、エルマは巨大なオブジェを見上げた。
「この〈ハウスキーパー〉の能力が、自分で発現させたものだったらな」
まあ文句は言えないだろう。
指輪の入った箱をよく見てみると、
【愚直な不真面目者にこれを遺す -怠け者より】
と記されてあった。
(ひょっとして……能力が発現するのって、不真面目が条件なのか……?)
強く願う――それは裏を返すと『全力で怠けたい』と言える。
そして、エルマにある考えが浮かんだ。
(確か……みんなの能力も、習慣とか趣味とか『自分のしたいことを表に出したい』のが起点だよな……?)
――自分の得意は全力で出しつつ、周りがしない悪いところを抑えるであります
――きっとそこで能力も出るであります
授業の厳しさに泣きべそかいた時、クロエが説いた癖についての話だ。
嫌なことから逃げるのに病気のフリをした者……戸締まりをしてからあれこれ気になる者……これらは『したいこと』の悪癖が、能力によって彼女らの肯定へと変化している。
料理や掃除の能力も、楽をしたいのもあれば、趣味が高じていたりする。そのどれもに『全力』が共通していた。
(クロエの言う通りだったのか)
校長も案外、自分たちと同じかもしれない。
そうと思うと、見上げる像にも親しみを感じる。
「へへっ、ありがたく使わせてもらうぜ。校長先生」
ハウスキーパーは『全力で駆け回る』ものだ。
エルマは指輪をはめた拳を、ぐっと突き上げてみせた。
「この学校には、まだまだ秘密がありそうでありますな」
「さっきので指輪が壊れたので、ちょうどよかったですわ」
「組合の通行証にもなってくれたら便利なんだけどな」
「牛さんや馬さんのお世話の時は、外さないといけませんねえ」
仲間たちもそれぞれ指にはめてゆく。
「うーし、そんじゃ行くか!!」
「「「「オッケー!!」」」」
拳を掲げた5人は、暮れかかった光を威風に変え、正門から出てゆくのだった。




