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9.ハウスキーパー

 映像が途切れた。激しい爆発で壁が崩落したからである。


「くそッ、くそッ、くそおおおおおおーッ!! 何でだよ、何でだよおおおおッ!」


 エルマは自分の無力さを呪った。

 能力があればみなと戦えた。ここで仲間がやられるのを見るだけだったのは、すべては戦える能力がないからだ。


「力をよこせよ! 仲間を守りてえんだよ、何でもいいからよこせよおおお!」


 涙をこぼしながら、何度も床に拳を叩きつける。

 それは悔しさと、学校への懇願だった。泣きつくなど、みっともない行為だ。負けだと、孤児院にいた時は決してしなかった。


「ポイントだ! せめてポイントをよこせ!」


 それがあれば誰も失わない。友を失わない。

 エルマは講堂にいる生徒ではなく、学校に向けて叫んだ。


「お前が出来ないなら、オレが守ってやる……ッ! だから、ありったけのポイントをよこせよおォォォォーッ!」


 しかし何も起こらなかった。

 そして悪いことが重なるかのように、男たちが数人、ニヤニヤと銃を揺らしながら講堂の前にやってきていた。


「へへへ、よくも好き放題してくれたなあ」

「俺たちはゴキブリのようにうじゃうじゃいるぜえー、へっへへへ」

「見たところ能なしどものようだ。こいつらを殺せば、戦ってる連中も戦意ソーシツすんぜ」


 銃を向けるそれに、エルマは怒りで歯を食いしばった。


「許さねえ……! てめえら、好き勝手しやがって……許さねえ!」

「許さねえのは俺らの方だ! さんざん邪魔してくれやがって、死ねやあああーッ!」


 男がピストルを放った。

 エルマ、とバークルが叫ぶ。


「……」

「あん?」


 銃弾がエルマに命中し、着ている服が衝撃に靡いた。

 だが、エルマは怒りを湛えた目のまま、男を睨み続けている。


「当たり所が良かったのが不運だったねェー」


 男が銃を撃つ。何度も何度も。

 パンパンパン……と乾いた音が講堂に響き、硝煙の白い煙がくゆる。撃鉄が虚を叩く音がすると、講堂はやがて静寂が訪れた。


「てめえ、な、なんだ……!」


 男が冷や汗をかいて後ずさったのは、エルマが倒れないどころか、銃弾を浴びても微動だにしていないからである。

 しかも、弾はエプロンすら貫通しておらず、前へと踏み出した足にパラッと床へと散らばった。


「許さねえ……許さねえぞ……」


 バークルは「ああ……」を息を漏らした。


「“貴女”は選んだというのですか……この子に……いや、もしかして最初からそ(・)の(・)た(・)め(・)に(・)呼(・)ん(・)で(・)、与(・)え(・)て(・)い(・)た(・)のですか……!」


 エルマにポイントが表示される。


【エルマ:GUARD MODE ∞/0】


 それは誰にも見たことがない表示と数字だった。


「ミス・エルマ、それは初代校長の能力〈ハウスキーパー〉です! ハウスキーパーはメイドの最上位、すべてを束ね、人や屋敷のすべてを守る存在。それがこの学校であり、校長なのです!」


 バークルが興奮に声をあげた時である、


「なら、オレが全部守ってやるよッッ!」


【エルマ:ATTACK MODE ∞/0】


 エルマの両腕が赤い炎のゆらぎに包まれる。

 気に入らないものはすべてぶん殴ってきた。それで力の使いかたを誤れば外道となると説教されたが、これは何一つ間違っていないだろう。

 正しさは自己解釈であってはならない。

 客観的な事実やルールをねじ曲げ、都合のいいよう解釈する。

 それを人に押しつけるのは悪意だ。やがて矯正を望む組織(カルト)となる。自分なりの結論へと導くのが知識、正しきを過(あやま)ちから知り、育んでゆくのが学び舎だ。

 学び舎に通う生徒……すなわち子供は宝だった。


 ――子供を守る


 それの管理者が〈ハウスキーパー〉であり、役目なのだ。

 

「覚悟すんのはてめえらだあああああああ!!」


 左足を踏み込んだエルマは、獅子吼をあげて左拳を腹部へ叩き込んだ。


「ご――ッ!?」


 男の身体は、鳩尾からく(・)の字に折れた。

 正面に崩れたその顔に、エルマは右拳を振りかぶった。


「うるァッ!!」

「……ッ!?」


 男の身体は天地が入れ替わった。

 そしてそれはボールのように、硬い石床を跳ねて後ろに大きく吹っ飛ばされた。

 振り返る仲間たちに言葉はない。今さきほどまで何ともなかった者が、顔半分を砕き、首を真後ろにして息絶えているのだ。


「な、な……」


 男たちは悪事をさまざま重ね、多くの修羅場を潜ってきたであろう。

 けれど、現在の彼らにそれは感じられない。

 ゆらり……と身体を揺らしたエルマに顔を引きつらせ、銃を向けるも、弾が発射されるよりも早く拳が飛んだ――。


 ◇ ◇ ◇


【エルマ:LINK MODE ∞/0】


 講堂に重ねられる三つの死体。

 危機が去った講堂に、生徒たちにポイントの表示が戻ってゆく。


「ポイントが!」

「エルマの〈ハウスキーパー〉が皆をリンクさせたのです。上級生たちも恐らく――もはや連中に勝ち筋はないでしょう」


 下級生たちは指輪がないから戦えなかっただけだ。

 新たな供給源を得て、必要となくなった今、逃げ隠れする理由は存在しない。エルマは拳を握りしめ、天高くそれを突き上げた。


「行くぞお前らッ、ポイント争奪戦ならぬ学校争奪戦だッ!」

「「「「おおーッ!!」」」」


 講堂から飛び出すエルマに、モップやはたきなどを持った生徒が一斉に続いた。


 ◇ ◇ ◇


「――な、なんだこの真っ黒なッ……ち、力が……が……」

「視界が、揺れ……が、ぐぼ……ッ」


 ある場所では暗闇が覆い尽くし、またある場所では“感染”にのたうつ。

 新勢力として現れた下級生チームは、進む先々で立ち向かう者、隠れ潜む者を一人残らず倒し、踏み越えてゆく。

 またある所では、


「た、助けてくれェェェーッ!? 赤ん坊が、赤ん坊の人形が……ひ、ひぎゃあああああ、あ、アァァァァーッ!?」


 医療用のメスを握った赤子の人形が追いかけ、滅多刺しにした。


「怖えーよ馬鹿ッ!」

「あ痛っ!? わ、私じゃないですうーっ!?」


 涙目のソフィアが抗議する傍で、人形は赤子の笑い声をあげながら楽しそうに走る。それに顔をしかめたエルマは、またソフィアの頭を小突いた。


「何でですかー……!?」


 “魔女”が戻った生徒に、ギャングたちは逃げ惑うだけだ。

 それもそのはず。生徒たちに銃を撃っても手応えがないどころか、傷を負っても即座に回復してゆくのだ。

 しかも先頭を走るエルマが両手を広げると、大きな盾のように見えない障壁が起き、威力を小石に減衰させる。

 手段が威勢を与えれば、無力は恐怖へと変わる。

 威力と恫喝しかない者にとって『通用しない』は絶望だった。今この瞬間、生きてきた時間すべてが否定されたのである。


「よし、上級生の階は任せて、下級生は一階に下るぞ」


 エルマたちは階段を下って、ロビーの制圧に向かう。

 するとその時、


『いだいよォー……血が出でるよお゛ー……』


 倉庫の方から、情けない女の声が聞こえてきた。

 ポイントで解錠させる扉なので、ギャングは開けられず諦めたのか。扉は銃弾に蜂の巣になっていて、隙間から血が流れている。

 ポイントで傷は治ってるはずだが……。 

 エルマが恐る恐る〈ハウスキーパー〉で解錠したところ、両開きにしたその中には、血まみれでべそかいたカトリーヌの姿があった。


「エ゛、エ゛ル゛マ゛ァァァー……ッ」

「お前え、何してんだそこで!?」

「うう゛ー……私だげ逃げようどしだら、ごのながに女の子がいる゛ど気づいでえ、気になっで置いでなぐでえ゛、悪いのがぎだがら中で鍵かけでだあ゛あ゛あ゛ー……」

「女の子?」


 エルマが眉を上げるとそこには、


「ナンシー!」

「おねえちゃッ!!」


 倉庫の隅で木箱の裏に隠れていたナンシーが、エルマと気づいた途端、破顔して飛びついた。


「おねえちゃ、このおねえちゃが」

「ああ、何となく分かる」


 カトリーヌの能力は〈ロックダウン〉だ。

 出かけに鍵かけたのか何度も確かめるほど心配性な彼女は、中にいたナンシーに気づき、置いてゆけなかったのだろう。

 そこにギャングが現れたので、カトリーヌは中に入って鍵をかけた。

 扉が開かないので、ありったけの銃弾を撃ち込み、貫通したそれで傷を負ったという。


「死んじゃう゛ー……私死んじゃう゛ー……」

「死なねーよ。ポイント回復してんだろうが」

「はえ?」


 頓狂な声あげて、カトリーヌは撃たれたであろう箇所を叩いた。


「ホントだ」

「おねえちゃ、大丈夫?」


 ナンシーの気づかいに、カトリーヌは再び声をあげて泣きだした。


「う、うえええええっ……も、もうみんな゛を置いで逃げだりしない゛い゛ー……」

「最初で懲りねえからだよ馬鹿!」


 回復もまた学校のシステムだ。

 だが、エルマが〈ハウスキーパー〉の能力を得るより前に、死んでいた者はどうなのか。

 …………。

 ソフィアのように憑依する能力を得て、依り代にも出来ない。そもそも“彼女”はもう能力を得ている。


「校内に侵入した敵は全員やっつけられたようです」


 ソフィアが調べ、そう告げる。

 正面ロビーにゆくと、襲撃隊のリーダーと思わしき男が死んでいた。


「リリーは……」


 エルマは喜びきれない。

 仲間であり、唯一無二の友を喪ったのだ。


「くそッ……俺がもっと力を早く手に入れていたら、リリーは死なずに、済んだってのによ……!」


 握り拳を作った、まさにその時である。


『か、勝手に殺すんじゃないですわ……』


 クロエに肩を抱えられながら、よろよろと現れる一人の少女――。


「り、リリーッ!!」


 それは、死んだと思っていたリリーであった。

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