8.襲撃。魔女とギャングの戦い
それが起きたのは数日後のことであった。
エルマたちは食堂で配膳を練習していた。授業がもうすぐ終わろうかとする時、耳つんざく爆発音がし、学校全体が揺れたのである。
『きゃあああああああああーッ!?』
どこかしこから悲鳴があがる。
特にロビーから命かながら逃げてきた様子の生徒は、来た、来た、と全身を慄かせながら、そこを指さした。
「ギャングどもか!」
「今の爆発、迫撃砲であります!」
軍が戦争で使用するものだ。
あんなものまで、とクロエが奥歯を噛みしめながら唸る。横流しされたであろうその爆発は、開戦を告げる鐘には充分だった。
「みな、講堂に避難なさい!」
バークルは慌てつつも平素を装って生徒に指示を出す。
「数は20、30くらいか?」
「見えている範囲では、であります。学校の裏にいるのも考慮して、3倍は見ておかないと」
「戦争だなこりゃあ」
窓から窺う正門には、車を盾にイカニモな連中が銃を構える。
連中の背後――離れた建物の裏から白煙が弧を描き、学校に降り注ぐ。二発、三発……そのたび爆発と衝撃が建物を揺らし、がらがらと崩落の音をあげた。
一定の間を置いて三発ずつ飛翔しているので、迫撃砲は三つのようだ。
だが生徒もその時を待っていたわけではない。
扉を封鎖するカトリーヌの〈ロックダウン〉の能力で扉を封じるなど、事態が起きるとみな学校への進入路を塞いで回る訓練をしてきた。
そしてそのために、バークルが生徒にポイントを与えようとした――その時だった。
「あれ!?」
「の、能力が!?」
生徒たちの能力が発動しない。
いやそれよりも、ポイントの表示すらない。バークルも驚きに目を瞠り、何度も手を振るも宙を舞うだけである。
まさか、と学校の壁を仰ぎ見た。
――学校の能力が途絶えた
みなそう直感した。
迫撃砲による砲撃で学校のシステムが壊れたのだ。
「み、みんな早く講堂に逃げよう!」
封鎖にあたるはずの生徒も顔面蒼白になり、悲鳴のような上ずった声をあげて廊下を駆け始めた。
「まさか〈ハウスキーパー〉が……!?」
「先生何をしているんです! 早く逃げて!」
クロエがその肩を掴んで我に返らせ、バークルも走り出した。
だが直後、近くの通用口が蹴破られる。
「いたぞ! ガキどもだ!」
そこに現れたのは、黒づくめに覆面をした男であった。
「チィッ!」
男がピストルを構えるのよりも早く、クロエは手にナイフを握り、足を大きく踏み込んで投げた。
一本は、ピストルの引き金を引こうとする男の喉へ。もう一本は片割れの手に刺さり、姿勢を崩したところに、ピストルを持つ手首を引いて、顔面に肘打ちを叩き込んだ。
そして手からピストルを奪うと、身体をひねりながら突入しようとする後続の三人を、パン、パン、パンと一撃で仕留めた。
「う、が、がぁ……」
喉にナイフが刺さった男は床をのたうっていたが、クロエはその頭部に弾丸を二発撃ち込んだ。
残る四人も同じようにした。
「ぐッ……」
「先生、撃たれたのですか!」
「大丈夫です。こんなのはかすり傷です」
バークルの着ている青いドレスの左肩に、黒い染みを広げていた。
「避難できますか」
「貴女はどうするのです、ミス・クロエ」
「私はここで食い止めます」
クロエは男たちのポケットから銃弾をかき集め、銃を構える。
「これでも軍人の娘、心得はあるであります!」
ニッと笑うとバークルも口元を緩めて、
「お任せしましたよ」
と、言って講堂のある方向に向かって走った。
◇ ◇ ◇
(さて……あどうしたものか)
クロエは走りながら考えた。
(迫撃砲に関しては、うちの捜査官が動いているだろうけど、本丸の防衛能力がない……いや、ポイントがないのは、ちょっとしんどいかな)
ソフィアの〈ファントム〉と〈ドールハウス〉があれば何とかなるだろうが、彼女は学校機能が停止するのに合わせて動かなくなり、エルマが担いだ。
元からポイントの代受けシステムを前提にした防衛作戦であったため、それが失われれば“魔女”もただの人間……銃弾の一発で死んでしまう。
(せめて、復旧させる方法でもあれば。中枢とやらの仕組みさえ分かってたら、何とか出来たと思うけれど……)
そう思っていると、また新たな気配を感じてクロエは身を隠した。
『連中、妙な術っての使ってこねえな』
『ビビって逃げたんじゃねえのか。いきがっても所詮は女とガキだ』
『油断するな。ここにある死体が証拠だ』
『男どもの建物も馬鹿力の集まりで苦戦してるそうだぜ』
クロエは『ははあ』とほくそ笑んだ。
能力が使えなくなったのは相手にとっても想定外のことのようだ。つまり迫撃砲に意図はなく、ただ偶然それが起きただけ。
つまりこの好機を活かせていない。
(なら、いける――!)
ナイフとピストルを構え、さっと飛び出した。
「がッ!?」「ぐッ!?」「ぬゥッ!?」
一発、一殺。
手早く三人を始末し、相手の反応の遅さにチャンスを確信した。
『おい銃声がしたぞ』『こっちだ!』
正面玄関の方から声がし、一旦外に出ようかと身を転じるも、
「……む?」
その時、足元から猛烈な冷気を感じた。
そしてどこからか、パキパキパキ……と音が聞こえた途端、青く澄んだ氷が壁を覆い、男が侵入してきた扉ごと飲み込んだのである。
◇ ◇ ◇
「――な、なんだ!? 氷が!?」
ソフィアを横たえ、講堂から飛び出そうとしたエルマは、学校が凍りつく様子を唖然と眺めていた。
「これ、食堂舞台の〈フリージオ〉って能力じゃない!?」
「でも能力は使えないはずよ!?」
誰かが能力を試みるもののやはり発動しない。
すると、銃で撃たれた肩を押さえるバークルが、ハッとなった。
「まさか……あの子たち、指輪を使って……!」
その言葉に、みなも「あっ」と声を揃えた。
「そうよ! あの指輪は配属されたお屋敷でも使うやつだわ」
「じゃあ、上級生が自分のポイントでこれを!」
前もって渡されたのか、それとも外出用のを使ったのかは分からない。
けれど能力が使えているのは事実だ。激しい銃撃音と能力がぶつかり合う音が、校舎の方が響きだした。
「だけど、そんなに長く持ちません! 早く、あの子たちを避難させないと……!」
「先生、そんな身体でどこ行くんだよ!」
講堂に上級生の一人が駆け込んできた。
そして続けて、負傷した者などが次々となだれ込んでくる。
「貴女たち!」
「バークル先生! イザベラが――!」
掃除部隊のリーダーであるイザベラ・アークハートは、能力が使えないと即座に理解すると、指輪を使用して応戦する部隊を編成、迫撃砲によって負傷した生徒や戦えない能力はみな講堂へ移るよう指示を出したと言う。
「あの子が……」
バークルはそれを聞いて不安をよぎらせつつも、彼女の決断を誇らしく思うように上級生がいる階を見上げた。
「先生、ここに来るまでに“目”を設置してきました」
「ミス・メアリー! ああ、貴女がいて本当によかった……」
メアリと呼ばれた上級生が手をかざすと、複数の透明な板が出現、学校内の様子が映し出された。
彼女の能力は〈壁にメアリー〉と言い、能力の“目”を通じて設置したその場所を見ることが出来るようだ。
エルマは驚きながら、その監視板を眺めた。
「氷漬けになったのは、メイド課の半分くらいか……」
凍っていない場所では激戦が繰り広げられている。
既に20人ほどが校内の二階部分に乗り込んでおり、おびただしい銃弾が飛び交う最中、上級生が竜巻や電撃を繰り出してこれを食い止めていた。
別の画面ではクロエがおり、身を屈めながら男の背後を取ると、口を覆って逆手に握ったナイフで喉と胸をザクザクと刺し、それに気づかなかった次の男も、背後からゆっくりと首をかっ切られた。
「……殺すのに躊躇なさすぎじゃない?」
「まあ諜報員だしな。本人は否定するけど」
次はどこの通路か。
長い廊下と通路の向こうに、小さな影が見えた。
「ナンシー!?」
「ええっ!?」
それは学校で預かっているナンシーだ。
襲撃があった時、外で遊んでいたのか。ボールを手にしながら、何かから逃れるよう中に飛び込んできたのである。
「――エルマ、ダメだよ!」
「離せッ、ヴィヴィアンッ! あいつが危ねえんだ!」
「エルマが行っても二次被害になるだけだよ! クロエに任せて!」
腰を掴んで引き留めるヴィヴィアンは、急に「あっ」と声をあげた。
つられて反射的に目を向けると、エルマもまた信じられない光景があった。
「ねえこれ、リリーだよね!?」
「あ、ああ」
ナンシーを追って中に入ってきたのはリリーであった。
息を切らせ、顔に血の筋をつけながら。彼女は壁にもたれかかってから、手にした小銃を外に向けて撃った。
「何か言ってる……ええと『そんなの置いて、早く、お逃げ、なさい』……?」
「まさかあいつ、ナンシーを助けに」
「そうかも。小汚いとか文句言いながら、エルマがいない時によく遊び相手してたし。あのボールも確かリリーが……」
だが、リリーは何故〈シューター〉の能力が使えるのか。
「そうか! ポイントを換金するのに指輪を持ち出してたのか!」
元貴族の没落お嬢様ゆえに贅沢が忘れられない。
しかもその後の貧乏暮らしで金の亡者となって、こっそりと指輪を持ち出してはポイントを現金に換えて隠している。
「リリーの銃は確か、クリップ式で10発装填だったような……」
アンティーク色の強い銃は、引き金を引いては装填された“空気”を排出する。
リリーはそのたびポケットから小銭を捨て、再び銃を撃ち始める。ナンシーは恐怖で足が竦んでいるが、リリーに怒鳴られて初めて背を向けて走った。
――エルマお姉ちゃんの所に行きなさい!
彼女の口は確かにそう告げた。
「まずいよ、リリーもあまりポイント残ってない!」
「くそッ、早く助けに行かねえと!」
ナンシーのゆく先にクロエがいるはずだ。
しかし、危ないのはリリーだ。幼子が逃げられるよう、その場に留まって銃撃戦を繰り広げているが、多勢に無勢で飛び交う無数の銃弾の一つを受けて、肩から血を噴き出していた。
「リリーッ! 離れろッ、お前もやられちまうぞッ!」
声は届かない。
むしろ意固地になるようにその場で膝立ちに、銃を撃ち続ける。
「彼女が換金のシステムを使用している……? いったいどうして……」
バークルが怪訝に思うのは、彼女がいくらやっても学校のシステムが復帰していないからだ。
「誰か指輪ねえのか!」
エルマが叫ぶも、避難してきた上級生はみな首を振る。
「リリーッ!」
ヴィヴィアンが叫ぶと、リリーは銃弾を食らって後ろに倒れていた。
何とか身体を起こすも銃が撃てる状態ではない。身体を震わせ、息を粗く、床に血の跡を引きながら床を這う。
その目は意地を湛えている。入り口に現れた男を片手撃ちで返り討ちにすると、弾切れか銃を放り投げ、ナンシーが置いていったボールに手を伸ばした。
「まさかあいつ――」
リリーの能力は空気弾を射出するだけでなく、投げられるものは“空気爆弾”に変えられる。
ポケットからありったけの小銭を放り投げると、彼女は壁にもたれ、ふっと笑みをこぼした。
「止めろおおおおおーッ!!」
至近距離で爆発させれば、リリー自身も無事ではない。
しかし、銃を構えた男たち現れると同時――彼女はボールを床に叩きつけた。




