7.秒針は戻らず、子供もやがて大人になる
疫病と飢餓――。
これらは人だけでなく社会そのものが痩せ衰える。働けなくなった者から身をやつし、裏道は賑わう。子供は興味を失し、女は身売りを余儀なくされる。
世間における“正しさ”とは何なのか。
それを判断するのに必要なのは『知ること』だろう。一般的に知識と呼ばれるものだ。
知識は本で得るものと限らない。
それは情報をつなぎ合わせによって存在するもの。本もまた、綴り紐を解けば“情報の集合体”だった。
自分の好きだけで選んだ情報の編纂は、当然ながら“嫌い”による情報が欠落した知識――この時点で、その者の説く“正しさ”は自己中心的……誤ったものと言えるだろう。
(ああくそ……らしくねえこと考えてたら頭痛くなってきた……)
エルマは苦い顔をして頭をわしわし掻いた。
雲がかかる夏の昼下がり、中庭を歩きながら暇つぶしをしていた最中のこと。エルマはため息をひとつ吐いてから、首を回して正面門を振り向いた。
正門で孤児院の先生と別れ、真っ直ぐ歩いた道である。
入学してから、もうすぐ1年……。
大人だからと孤児院を出され、学校だと聞かされていたのはまさかの『メイドの学校』だった。慣れない作業に泣きべそかいていたのを思いだし、子供だったと苦笑が浮かぶ。
意地を張って振り返らなかった道を、今こうして眺めていることは、“大人”としての道を歩いていることなのだろうか。
(もしくは、迷っているのか……)
だけど、今では仲間に恵まれて楽しくやっている。
過去を重ねて明日を迎える身ではないが、そんな自分も生徒としての一日を迎えられていた。
(ほんと、今になって“野良犬”と呼ばれてた理由が分かるぜ……何にも考えてなかったもんな……)
エルマは頭をわしわし掻く。
何にでも自分の“正しさ”で噛みついたのが、今では少し恥ずかしい。
――それは独りよがりと言うものだよ、エルマ
――誰かを守り、助けようとする君の正義は立派だ。みなを圧倒する強い心だ
――しかし、強さには責任も伴う
――正義は履き違えれば外道に繋がってしまう危ないものだ
孤児院でかけられた校長の説教も、心ですっと理解出来た。
「……うっし、今日も気合い入れてくっか」
学校がギャングに狙われている。
そのことが教師から伝えられ、外出禁止令が出されるなど、校内は得も言えない緊張感に包まれている。
学校も仲間も自分の居場所だ。
町からの情報は届かないが、警察内部に潜んでいた内通者が捕らえられたのか、はたと悪事を働く連中がいなくなったと聞く。
風が流れ、庭の草木がそよいでいる。
何とも穏やかな時間だ。
だが、平和になるほど秒針の音が大きくなる。刻一刻とそれが近づいている気配を、エルマは肌で感じていた――。




