6. 水浸しの町から大物を釣り上げた
「町に出たら酷いこと言われたわ!」
「魔女って言われたでしょ。私もよ!」
学校に対しての風当たりは、日ごと強くなっているようだった。
町から戻った生徒は口を揃えて文句を言い、不満を露わに対立が深まっているように感じられる。
煽っているのはギャングに与した奴らだと説明するも、理解は出来ても納得はしづらい反応だった。
対立しては相手の思うつぼだと焦りを覚えるが、こればかりは注意しても終わりがない。
「水害で儲けたギャングをさ、片っ端から捕まえて締めあげればいいんじゃねえのか」
エルマが前のめりになるも、クロエは残念そうに首を振った。
「組織の一つや二つは潰せるでしょうが、それでは平和になったように見えるだけであります。裏で糸を引いているのは誰かを見つけねば、一時しのぎで終わりますよ」
「糸を引いてるって、ソフィアみたいなのか?」
「まあ近しいでありますね」
視線を向けられ、ソフィアは首を傾げた。
「でも、すごく嫌な予感がします……何か大きなものが学校にやってきそうで……」
ソフィアの悪い予感は的中することとなる。
その翌週、青天の霹靂に大勢の警官隊が学校に踏み込んできたのだ――。
◇ ◇ ◇
校内は物々しい雰囲気に包まれた。
黒の制服に銀ボタンをした警官が踏み入ってくる。
先頭は口ひげを生やした壮年の男で、勲章のバッジと金紐の肩章を光らせながら、出迎えたバークルの前に立った。
「吾輩はジェイスン・メイ・ハウル、階級は警視である。貴校に麻薬の栽培および販売の疑いがありとの情報があり、捜査させていただく。調べているあいだに魔術とやらで証拠を隠されては堪らないため、使用出来ないようにしてもらいたい」
「承知いたしました。されど我が校の教えは能力があってのものでもあり、手間取れば生徒たちの学びにも影響が及びます。迅速かつ的確な判断を頂くと幸いです」
毅然と相対するバークルも負けていない。
見つかるはずがないのだから時間の無駄だと言うのだ。
ジェイスンはムッと唇を歪めたが、その不機嫌を被ったのは部下たちだった。
「お前たち何をしておる! さっさと動かぬか!」
「は、はっ!」
警官たちは学校中を行ったり来たりし始めた。
「何がなんでも証拠を見つけ出せ!」
ジェイスンはロビーに床几を置き、サーベルを立てて構える。
何が何でも悪事を暴いてやると、とてつもない迫力を醸して。配下の警官たちはそれに気圧されるよう、証拠になりそうなものを忙しく報告してきた。
「警部! 教室に愛玩人形が置かれてありました!」
「怪しいな。調べたか?」
「床に下ろそうと抱えたら、いきなりビンタされました!」
「それはいかん。レディの扱いは丁重にだ」
そういえば、能力を停止するとソフィアが活動停止してしまうのか。
みなは思い出したものの、
((((人形の身体から出る気がないのか……?))))
と、眉を寄せた。
ビンタしたのはソフィアか“誰か”は考えない。
「警部! 食堂にエスプレッソがありました!」
「味は!」
「美味かったです!」
「たわけ! 我が国の憲兵でありながら、紅茶以外にうつつを抜かすでない!」
教室や食堂、カフェテラス……果てはトイレの隅々まで。
出てくるものと言えば、生徒が秘密に隠し持ったタバコや酒ばかりだ。
「警部! 男子生徒の部屋にいかがわしい本が!」
「お前も経験があるだろう。いくら調査と言えど触れてはならんものもある」
当初はみな不安に肩を寄せ合っていたものの、次第に馬鹿馬鹿しく、現在では呆れた様子でクッキーをかじる。
警官の報告は何一つ成果となるものがないまま、時間ばかりがすぎてゆく。
ジェイスンも不機嫌を露わにしていたが、エルマもまたその様子にムカムカしていた。
「仕方あるまい。今日のところは撤収だ……」
外は茜色に染まっている。
その頃になるとジェイスンも諦めざるを得ず、最後の報告を受け取ると、がっくり肩を落としながら学校から撤退していった。
「しょうもないことに時間使うんなら、その人員でガキども捜せよ!!」
「まあこれも必要な作業でありますよ」
「必要って何のだよ」
「税金を使うこと」
エルマのゲンコツがクロエに飛んだ。
「ど、どうして私が殴られるでありますか……」
「うるせえ。結果が出なくてオレもイライラしてんだよ!」
「うう、それじゃあ、そろそろ種明かしするであります……」
種明かし?
エルマが首をひねると、バークルとソフィアが二人に近づいてきた。
◇ ◇ ◇
警官隊の捜査は徒労……というわけでもなかった。
引き揚げてから間もなくしてソフィアが現れると、その手に持った帳面を差し出したのである。
「校内を探っていたのはこの3名です」
「どういうことだ?」
ソフィアは外出用の指輪をはめている。
【ソフィア 78,600/100,000ポイント】
目を疑うような数字が表示されると、その説明にバークルが口を開いた。
「ソフィアには学校の監視をお願いしました。執事課などにも遠隔で監視出来る能力はありますが、常に動きを把握出来るのは彼女だけですから」
「そのポイントは?」
「彼女の所持ポイントでは1日持つか不安でしたので、私から特別に与えました」
「先生の能力ってすげえな。ポイント与え放題じゃん」
「いいえ、これは私の能力ではありませんよ。教師の能力ではありますが」
エルマはよく分からない顔をした。
「ポイントの授与などはこの学校が行うのです。それは初代校長の能力〈ハウスキーパー〉であり、中枢に保存されております」
「先生のは何なんだ?」
「教師はその権限を与えられているだけです」
構造で言えば、中枢に残されている能力が線を繋ぎ、ポイントの増減を指示しているだけだと言う。
「じゃあポイントの配分も先生が?」
「いいえ、学校の〈ハウスキーパー〉が多くを決めています。人工知能と申しますか、その判断で」
「エルマさんの素行でポイントが減らないのは、やはり学校側のお目こぼしということでありますか」
なるほど、と納得する。
「しっかし、学校ってかなり昔なんだろ? 能力がずっと残ってるのもすげえな」
「それが初代校長の凄さであり、魔女と呼ばれる由縁であります」
「魔女、ねえ……」
「今回の警官隊は、その魔女を捜していたのでありますよ」
目を瞠ると、先のソフィアの言葉を思い出した。
校内を探っていた――彼女の差し出した書類には、3人の男の名前がリストアップされている。
「ソフィアが学校をハックして、警官の動きを見張ってもらってました。そして見つけ出したのがこの者たち――能力の根源と校内の配置を探っていた、警察省にいるギャングの内通者であります」
「な、なんだってえ!? お巡りがワルってのか!?」
「正確には協力者ですが。誰の指示で動いているか、警察もこの存在があるために、調査や取り締まりが難航していたであります」
調査を行おうとすれば失脚、もしくは暗殺。
裏に貴族が関与していることは明白であるが、規模と全容まで把握出来ない。もたついている間にギャングらは好き放題し、強盗や襲撃などを繰り返した。
だが、ここで問題が起きた。
学校の卒業生が上流階級の屋敷を守るだけでなく、町での画策まで悉く潰されたのだ。
いよいよ目障りとなった彼らに、大義をもって侵入出来る機会が訪れれば、これに飛びつくのは明白。
罠とも気づかず、権力に紛れてほくそ笑んだ。
「だけど、噂にならなきゃ警察も来なかったろ」
「だから来させたでありますよ」
「……は?」
「学校の悪い噂を流したのは、うちの人間であります。民間人に紛れて風説を流布し、警察にもそれとなく確証に近い情報を与えれば怪しむこともない」
――今のところはありませんが、連中が提供してくれますよ
魚は餌があれば食らいつく。
空腹は当然、満たされていれば力の誇示のために。それを満たしてやればやるほど、存在感を示し始める。
「あとは警察省が『問題はありませんでした』と報告をすれば、尾を引くのがいても多くの誤解は解けるでありますよ」
「ってことは、警察もグルなのか?」
「いえ、警察省内部の全部まで不明なので。あの警部は阿呆でありますし」
はー、とエルマは感心するばかりだ。
「諜報員の娘は流石だな」
「ノン。ただの妾腹の娘であります、はい」
クロエはニッと笑うが、すぐに表情を引き締める。
「よもや貴重な警察省の内通者まで暴かれては、どんな手段を取るかわからない……いや、必ずその指示が飛ぶでしょう。危険ですが、連中が姿を現すその時こそ尻尾を掴むチャンスであります」
「こっからが本番ってことか……だけど、オレだって負けねえぞ。ガキどもを取り返すって約束してんだからよ」
エルマは手の平を拳で叩き、忌々しげに宙を睨みつけた。




