5.用心棒にはご用心
水門が決壊した時、外にいたクロエは自然音ではないと感じていた。
そこにナンシーの証言が出た。彼女はエルマに伝え損ねていたが、ギャングは『水門』という言葉を出していたのだ。
ピンときたクロエは、学校を通じて警察の立ち合いを願い、ソフィアに捜査を命じたのである。
てっきり舟の上から〈ドールハウス〉を使用すると思っていたのだが、彼女はそれでは時間がかかると言って、川に飛び込んだのだと言う。
「流されていた水夫のおじさんが、ここだぞと教えてくれましたー」
「お手柄でありますが、その時の警察隊の反応が目に浮かぶであります……」
水底に沈んでいたのはぶ厚い木板だ。
不自然に焼け焦げた跡のあるのを見つけ、火薬を用いたものと推察された。
「よっしゃ! 証拠が出たんなら乗り込もうぜ!」
「いやいやいや……それだけで逮捕しようとしても、連中がやったとはならないであります」
「ソフィアの能力で自白させられるだろ」
「それが当人の自白か証明出来ないと言いますか……逆に我々の立場が危うくなると言いますか……」
「何でだよ」
「大麻の栽培など、彼らの罪を擦りつけられるでありますよ」
「は?」
「我々にはそれが出来てしまうのです」
リリーが言うに、この国の気温は大麻の栽培に適さない。
だが避難した者たちは、部屋を暖める能力を見ている。しかも学校には、作物を一気に成長させる能力まである。
疫病もまた、ワクチンを与えることで学校の評判を上げる自作自演を疑う。風邪薬などを不足に追い込んで、自分たちで薬を流通させ荒稼ぎしようとした、彼らの目論見を押しつけて。
そんなクロエの説明に、エルマは激しく憤った。
「そんなことするわけないだろうが!」
「警察や裁判が感情で判断すれば、法治国家はサルの群れになるでありますよ。こちらに証明出来る手段がある以上、弁明も通用しません」
「何も悪いことしてないのに捕まるのかよ」
「ゆえに魔女は焼かれたのでありますよ」
教会が司法を担えばなおさら、とクロエは述べる。
「いや待て……ってことは、連中がその気になれば、オレたちを捕まえられるってことじゃねえか!?」
「その気になればと言いますか、その方向で進むしかないであります。計画をことごとく邪魔してますし。捕まえてしまえば、息のかかった判事が、法典を片手に木槌を叩くだけでありますから」
「ありますからって、何かねえのか」
「まあ……今のところはありませんが、連中が提供してくれますよ」
何だよそれ、とエルマは不満を露わにした。
けれど相手の潜伏場所が分からない以上、情報を集めるしかないのは分かっている。迂闊に動けば孤児やサムエルに危害が及んだり、移送が早まったりしかねないことも。
ゆえにエルマは歯がゆくて堪らなかった。
「ナンシー。もうちょっと待ってな、絶対に兄ちゃんを見つけてやっからな」
「うん」
お姉ちゃんは何でも出来ちゃう。
ナンシーのその無邪気な信頼に応えるには、その通りにお姉ちゃんにならなければ。
うし、と気合いを入れてエルマは医務室を後にした。
◇ ◇ ◇
意気に対して無為な時間ばかり流れた。
雨雲も去って二週間が過ぎ、ギラついた太陽が照らしだす。暑い季節が好きなエルマは、何か情報が得られないかと期待を込め、仲間たちと町に繰り出してみることにした。
「いやー、暑っちいなあー」
「よくこんな日差しで外に出ようと思いましたわね。日に焼けてしまいますわ」
「お前は雨は無さそうなのに、傘さして何してんだ?」
石畳が白く見えるほど燦々と日差しに輝いている。
その歩道にはリリーと同じように、何人から傘をさして歩く女がいた。
「あら、日傘を知りませんの?」
これだから庶民はと傘をくるくる回すリリー。
よく見れば生地は厚い布地で、雨への効果はなさそうだ。日差しを遮って影を作りながら歩くものかと納得する。
「傘と言やあ、クロエのあの光は凄かったな。雨でもお月様が出てるようだったぜ」
「目がカッピカピになるので、もうしたくないであります……。だけどあの日のことで言うなら、エルマさん、暑いからと言って川に飛び込まないようにしてくださいね」
「馬鹿言え。あれでひと夏分の泳ぎを堪能したぜ」
みなで声をあげて笑う。
この日はソフィアも同行――人ではないからと認可されたのだ。しかし知らない者が見れば驚くので、一人だけ夏の気候にそぐわない黒のドレスとタイツ、ヴェールで全身を隠している。
「町もすっかり元通りだな」
川の話題にエルマは傍にあるのを眺めた。
嵐の夜が夢であったように穏やかな川面だ。けれど削れた護岸や崩れた柵、誰かが置いたであろう花束など当時の痕跡がいくつも見られた。
一行は目的もなく川に沿って歩いていた。
灰色の町と呼ばれるには白みのある区域で、水害を受けた店舗などの修繕される光景が続く。先には大きな広場が窺えた。
「む、こんなところにも店でありますか」
クロエが怪訝になったのは広場の付近だった。
川下にあたる激しく崩れた一角に、足場を組んで建築準備を始めている。違和を覚えたのはその規模と、周辺の店舗ならびから孤立するような形だったからだ。
「結構大きいですわね」
「宿か、飲み屋かな?」
ヴィヴィアンが周囲を見渡し、自分の言葉に首をひねる。
町は中心地から離れ、人を呼ぶには適さない。だが『人が集まる理由』を作れば話は別だ。
「酒場を作って、飲み屋街にでもするつもりかな?」
「落ち着いた雰囲気のいい場所なのに、ちょっと合わないですねえ」
近くにいた老人が会話を聞いて「飲み屋で合ってるよお」と穏やかに告げた。
「じーちゃん、知ってるのか?」
「ああ、ああ。この付近じゃ有名だからの、やくざ者が元締めな飲み屋が出来るとな」
「何だって!?」
始まりは川下の建物だったようだ。
漁で獲れた魚の加工所があったが、そこを買い取りたいと申し出るのが現れた。あらゆる条件をつけたが、店主がすべて拒んだ。
すると事件が起きた。
その店に発注した者が『頼んでいたものと違う』と騒ぎたて、また別の店では『品物が腐っていた』や『口にしたものが食中毒を訴えた』などの苦情が殺到、流石におかしいと店主が調べたところ、この一帯を縄張りにしだしたチンピラの仕業だったのが判明した。
「ひょっとして……その前に、ガラの悪い連中から守ってやるというのが現れなかったでありますか?」
「おお、よく知っておるのう。詳しくは知らないが、これが効果てきめんだったそうでな。彼らが睨みを利かせると、チンピラは潮が引くように近寄らなくなったそうだ」
「店主はその者たちに建物を譲ったのでありましょう……最初は金を支払っていたけれど、それが負担になってきたりして……」
「何だ、知っておるではないか」
クロエは「ああ」と忌々しげに頭を抱えた。
「あくどい連中の常套手段であります……。無償のアドバイザーを買って出たり、難癖などつけてくる客への用心棒を申し出て、金銭を要求しだすのは……」
「ふむ。だけどもこの近辺の治安が良くなったのも事実だしのう」
「ですから、元から何もなかったところにトラブルを持ち込んだのは彼らで、自作自演で――」
「だけども礼儀正しい連中だったし、派閥というのがあるのだろう」
「いや、だからですね――」
クロエが何とか説こうとするものの、後ろからエルマとリリーが肩を叩いた。
「じいちゃん、ありがとな。オレたち用があるから行くよ」
「おうよ。気をつけなされ」
エルマたちは納得ゆかないままのクロエを押し、その場を離れた。
彼女はムッとしている。
「どうして止めたでありますか」
「年寄りがああなったら何を言っても通じねえよ」
「正しいと信じたこと以外は信じず、ムキになってその説明をするばかりですわ。どうにかこの場で理解させても、三歩進めば忘れますわよ」
「むう……だからカモになるであります……」
広場を背にして町の中心地に向かって歩いた。
この一帯になると決壊の被害を受けた店も少なく、復旧も早いようだ。ただ、そのいくつかの扉には【空店舗】と張り紙がされてあった。
「水門を破壊したのも、こうやって店や土地を召し捕る気だったんだな」
「みな諦める時が一番ホッとすると言うでありますから。災害は最も理由にしやすい」
何らかのトラブルを抱え、金や気力を失えば相手の思うつぼだ。
先ほどの老人が言うチンピラは、ギャングの一味と見て間違いないだろう。
言葉だけだった連中に形が見えだしたのは収穫と言えた。
「もっと言えば人間ごと流されれば最高であります」
「それを阻止出来たのは大きいね。バークル先生があらかじめ避難を呼びかけて正解だったよ」
バークルに報告し、先んじて手を打ったのが功を奏した。
過ぎ去りゆく人はみな他人であるが、彼らそれぞれの目は同じ世界を見ている。すれ違うその人の目には自分が映っている。
それが暗闇に覆われることなく、自分たちが頑張ったことで守れたのだと思うと、エルマは胸に誇らしさを感じるのだった。
「何ですの、急に鼻を広げて大股になったりして」
「そうなる理由は分かりますう」
和やかな雰囲気で通りを歩く。
おやつ作りのような目的もなく、目に留まった店などに入る。アテのない散策をしていると、学校の生徒だと気づいた者が、食糧を分けてもらったことや避難受け入れなどの感謝を述べにきたりした。
みな照れつつもこれを受け取っていたが、懸念していたことも起きていた。
「失せやがれ魔女の末裔ども」
「裏で何やってるのか分かってるんだ、魔女ども」
訪れる店のいくつかは嫌悪を露わに、呪われろと言葉を吐き捨てるのだ。
いい気分もこれでは台無しである。割合としては十のうち二つや三つと少数であるが、じわじわと増えつつありそうな気配があった。
中には石を投げる子供もおり、
「何すんだテメエらッ!」
「うわー、魔女が怒ったー!」
エルマが殴りに行こうとするのを、みなが必死で止めたりした。
「くそッ、何だよ! 魔女、魔女ってあることねえこと並べたてやがって!」
「宗教にとっての悪魔でありますよ。対立する存在は、物語であれば尚いい」
「だからオレたちは魔女だってか。空とか飛べるなら飛んでみてえよ!」
魔女のレッテル貼りは何とも思わない。
しかし、そのタグづけに子供たちが踊らされるのは堪えた。守ったという誇りも、矮小な思い上がりにさえ感じる。
「まあ近い将来、誰でも飛べる世界が訪れるでありますよ。蒸気機関の時代は短くとも、その力は確かに人類と技術の進歩であります」
馬車は馬を捨て、船は帆を捨て、人の乗り物はやがて空を飛ぶ。
もしかすれば雲よりも高く、神がいるであろう世界に到達するかもしれない。
クロエは言葉を続ける。
「そんなすげー世界になるのか?」
「神秘性はやがて科学へ。時計が発明されてから、その秒針は1秒と逆回りしたことはないでありますよ」
遅れたり止まることがあるが、それは動力となる発展が途絶えたことを意味する。
クロエが呵々と笑って言った。
「近い将来、我々の能力というものも不要になるでありますよ」
エルマはよく分からなかったが、じっとソフィアを見た。
「こいつはどうなんだ?」
「……まあ、謎という神秘を求める人はいるでありますよ。ホラーやオカルトとして」
「何ですかあ、みんなして。私どこも変じゃないですよー」
永久に解明されない謎だろう、とみな頷くのだった――。




