4.嵐が去って
「くそッ……今すぐにでも助けに行きてえのによ……ッ」
湯に浸かるエルマは忌々しげにその水面を叩く。
周囲にはチームメイトもおり、輪になって座っている。
「ちょっと、水しぶきがかかりましたわよ」
「憤っても今は動けないであります。こう言うときは身体を休め、すぐに行動出来るよう備えておくのが鉄則であります」
「子供の誘拐ならそれなりの乗り物が必要だよ。うちの組合でも不審な荷運びがないか呼びかけてみる」
「エルマさんは特に大変だったんですから、今は先生たちに任せて休んでください」
みなに諭されたエルマは、顔をしかめ沈むよう湯船に身体をずり下げる。
ナンシーは身体に異常はなく、医務室で休んでいる。看護にあたった上級生は『驚いたと思ったらすぐに眠りに落ちた』と心配そうに伝えたが、エルマにはよく知ることだ。
初めてのベッドだからである。
そうと説明すると、みな信じられないように目を見開いた。
「クロエは大丈夫なのかよ。目バッキバキだけど」
「アハハハー……傘のサーチライトをやる前、台所部隊からエスプレッソ3杯キメたのと、疲れが限界を超えると、休もうにも休めなくなるでありますよー」
雨に打たれ続け、クロエも疲労困憊である。
「床で寝ると2時間くらいで起きられる。仮眠の豆知識でありますー」
「いらねえよ、そんな奴隷みたいな知恵……」
エルマはふうと長く息を吐く。
「だけどよく服のまま飛び込んだよね。私〈ルーペ〉で見た時、目疑ったもん」
「流石にキツかったぜ……昔から川を遡上できるくらい泳げるし、みんなワンピースみたいなの着て泳ぐから、メイドの服でも大丈夫かと思ってたけど、めちゃくちゃ重てえの……」
「天国への最短経路は無知であることだね……」
「頭は既にお花畑にありますわ」
「う、うっせえ! うー……もう身体動かねえ……」
エルマは安堵すると瞼が重くなってきた。
「わーっ!? 寝たらダメです、また溺れますうーッ!?」
リリーは湯船に沈んだエルマの髪を掴んで、ふんと持ち上げる。
エルマはそれでも瞼が持ち上がらず、あー……と言いながら、意識が闇に沈んでゆくのに抗えなかった――。
◇ ◇ ◇
疲れ切ったエルマはそのまま寝入ってしまい、目覚めた時は翌日の昼を大きく回っていた。
その間に嵐は過ぎ去り、避難した町人たちは帰宅したらしい。メイド課も片付けの殆どを終わらせようとしていた。
食堂ではメイドたちが床まで寝転んでいる。エルマはそれを傍目にしながら、ナンシーのいる医務室へと足を運んだ。
「エルマさんも起きたでありますか」
中にはクロエがおり、こちらが訪ねてくるのを予想してかパンを一つ掴むと、ひょいと投げ渡した。
「何ですかミス・クロエ。お行儀悪い」
その叱咤で、バークルが同席しているのに気づいた。
「ミス・エルマ。行動の多くは褒められたものではありませんが、よくやってくれましたね」
「やるべきことをやっただけだよ」
【付与 エルマ +1,500ポイント】
みなにポイントが配られているのだろう。
エルマはそれよりも、ベッドにいるナンシーの傍に寄って覗き込んだ。
「お姉ちゃん」
「よー、元気そうじゃねえか。ベッド気持ちいいだろー?」
ナンシーは「うんっ」とはにかんで頷いた。
まだ疲れが見えるが、顔色がよくエルマは心から安堵した。食欲もあるようで空になった皿がある。子供用の病衣を着ているが、これはソフィアが作ったのだろう。袖に花と牛の模様が刺繍されてあった。
エルマは目を細め、パンを囓りながら傍の椅子に腰掛ける。
「回復したばっかで悪いんだけどよ、お前の兄ちゃんが攫われたことについて聞かせてくれ」
ナンシーは頷くと、
「お姉ちゃんのところに行こってなったの」
「みんなでか?」
「うん」
まとめるとこうだ。
嵐がひどくなり学校に避難しようとしたところ、裏通りに見知らぬ男が三人現れた。
男は『安全なところに連れて行ってやる』と誘う。
みなそれに従って歩きだしたが、ナンシーはエルマに『知らない大人についてゆくな』と言われていたことを思いだし、兄のサムエルを引き留めた。
サムエルは『学校に行くんだろう』と言う。
男はそれに調子を合わせたが、ナンシーは信じられず兄を引っ張った。
言うことを聞かないナンシーに男は苛立ったのか、態度を急変させて彼女を突き飛ばした。
妹への仕打ちにサムエルは男に掴みかかるも、子供と大人……力の差は歴然で、簡単にいなされ担ぎ上げられた。
ナンシーは兄に向かって駆けようとしたものの、サムエルは『エルマ姉ちゃんのとこに行け!』と叫んだことで足を止め、走ってその場から逃げた――。
「……で、別の男に追われ、捕まった時に、腕に噛みついたのか」
先にバークルから同じ質問がされていたのだろう。
繰り返すように説明するナンシーにショックは見受けられなかった。
「うん……それで川に投げられた……」
「へへっ、やるじゃねえかナンシー」
エルマが頭を撫でてやると、ナンシーは目を細めた。
「問題は、誰に連れてかれただな……」
「まあギャングでありますな。連中にとって災害は、誘拐や婦女暴行などの稼ぎ場でありますから」
「だよなあ……証拠でもありゃ、すぐにでも乗り込めんだが」
問題は分かっていても、証拠がないことだ。
幼いナンシーの証言では取り合ってすらもらえない。
「あるにはあるであります」
医務室の外がにわかに騒がしくなったのは、その直後であった。
「クロエさん見つけましたよー! 水門の破片が!」
びしょ濡れになったソフィアが、水を滴らせながら医務室に飛び込んできたのだ。




