13.魔女狩りの真実
「やるじゃねえかソフィア!」
一部始終を見届けてから、エルマは潜んでいた建物から飛び出した。
シスターに扮していたのはソフィアであった。刈り取った首を掲げて狂喜に舞っており、昂揚状態にあるのか、駆けてきたエルマを見て刃を振るう。
「危ねッ!? ――終わりだつってんだろ、この馬鹿ッ!」
「あ痛ッ!?」
繰り出される刃をかいくぐって、エルマはその額にゲンコツを入れた。
「あれを全部躱すのは変態であります……」
「馬鹿だから本能で避けたんですわ」
「う、うるせえッ! ギリギリだったっつの!」
ソフィアは肩から生やしていた腕ごとだらんと下げる。
「つ、疲れましたあー……腕6本もあると疲労も6倍ですうー……」
「まず腕が何本もあることに疑問を抱かねえのな」
戦いが終わるのを確かめて、物陰から人が集まってくる。
入り口で検問を張っていた貴族の兵たちだ。様子を窺ってはいたものの、広場に散乱した死体の数々を前に、誰もが言葉を失っていた。
「頭の先から疑問しかない光景だ……」
兵を束ねる隊長は、状況の整理に頭を支えた。
ソフィアは手をやって“顔”を剥がす。マネキンの腕と共に制作した『忿怒の面』であり、それを取ると普段のソフィアに戻った。
すべてこちらの策だった。
教会への食糧の提供は応じかねる。
また土地も現在の領主に恩があり、管轄を変えたくない。
その旨をしたためた書状を送れば教会は賊を送ってくる。そこを異国の神に扮したソフィアを使い、彼女の〈ファントム〉と〈ドールハウス〉を駆使して狂乱を演じさせたのである。
やったのも村の人間ということで、動機としても充分だ。
「これで分かりましたわね」
リリーが訊ねると、隊長は頷くしか出来ないように唸った。
「噂には聞いていたが、ローズウッドの使用人はこれほどまでか……まあ、後の処理は任せておけ」
「本当に大丈夫なのかよ? 教会の奴らに頭上がらないからこうなったんだろ?」
「それを言われると弱いが、連中は何も言えんよ。こいつらは教会が放った賊だ。村のシスターに狼藉を働こうとし、悪魔を召喚させてしまった……などと知れば、目も当てられん」
隊長はソフィアの持つ首に手を伸ばす。
「この首が物語ろうよ。村に現れた悪魔はこちらで内々に処理するので、それまでは関わるな……とでも言えば、連中は出られんだろう」
ソフィアはよろしくお願いしますと頭を下げた。
◇ ◇ ◇
避難していた村人もすぐに戻ってきた。
悪魔が出たので逃げたのを理由にしている。経緯の前後関係が逆となるがこれでいい。必要なのは『領主の兵が駆けつけた』という理由だけだからだ。
屠った死体の山は外に並べられた。
事実確認のため教会から人が送られてきたが、それを目の当たりにするなり全員青ざめ、領主側の話を聞いてか聞こえてまいか、ただ頷くばかりで逃げるように帰っていった。
取るに足りない小さな村だ。
リスクを冒してまで近づこうとしないだろう、と隊長は言う。
「オネエチャン、ニンゲン……」
「オネエチャン、ニンゲン……」
ソフィアの弟たちは、どんどん人間離れしてゆく姉を見ないようにしていた。
当人がそのことに何の違和感を持たないのがくせ者だ。
「賊を皆殺しにしたのが惜しいでありますな。三下を残す余裕があれば、尋問で多少の情報も出たであります」
「まあ贅沢は言えんさ。雑魚のように始末されたが、名うての盗賊団だ。下手に欲をかけばこちらがやられている」
隊長はタバコに火を点けた。「北方教会の裏は、俺たちも欲しいがな」
「牽制と対策が取れるでありますからな」
クロエが首を振ったそこに、
「うん? 訊けますよ?」
ソフィアがきょとんとして言った。
「……訊けるって、死体でありますよ?」
「死んだらモノですよー」
和やかに言うが、とんでもない口ぶりである。
多分、もう一人のソフィア――憑依している愛玩人形の影響だろう、と皆そう思うことにした。生命に対するこの倫理が本性と思うと、その無垢な笑顔が邪悪になってしまう。
隊長の指示で、首だけとなった賊のリーダーが運ばれると、ソフィアは指をかけるようにそれを掴んだ。
すると、
「――ッ!?」
賊のリーダーの目が、ぎょろっと白目を剥き、空気を求めるように大きく喘いだのである。
「あなたのお名前は何ですかー?」
「お、俺の名は……チーク・デュアガー……な、なな、南東の港町……バルの出……」
「ではチークさん。どうして村を襲ったのですか?」
「き、きょ、教会の指示で、お、そえ、そえととと……」
「教会の誰ですかー?」
「司教のオラニア……に……にに……」
「いい子ですねー。では、私のお友達の質問にも答えてくれますか?」
「お、オォ、おォ……ナな、なン、なんり、と……」
エルマたちだけでなく、隊長たち兵士はみな絶句していた。
ソフィアの〈ドールハウス〉は、憑依した場に存在する物質を操る。人形遊びはその舞台にあるものを小道具に物語の一幕を演じるが、命を失った人間もまたその対象で、脳に刻まれた記憶すら、彼女の“遊び道具”に変わり果てる……。
彼女にとってそれは冒涜でも何でもなく、家にあるスプーンや、道ばたで拾ったドングリと同じなのだ。
「で、では――」
隊長が尋問を行い、兵士の一人が記録してゆく。
しかしその手が震え、叱られる場面もあった。
「とんでもない……とんなでもないな……」
必要なものを聞き出せたか、隊長はそう繰り返すしか出来ずにいた。
それで終わりと見て、今度はクロエが前に出る。
「一つ聞くであります。お前たち北方教会は、何をしようしているであります」
「え、疫病……飢饉……戦争……侵略……」
「黙示録か……実に神に仕える者らしい。しかしそれは教会だけでは出来ぬこと、裏に関与しているのは貴族か」
「20の資金提供者が、い、い、いる……き、貴族、ども……ナ、名前は、し、しらな……」
チッとクロエは忌々しげに舌打ちをした。
「その名を知るには」
「シュルツの、ギャング……」
「シュルツ……最近、幅を利かせている……」
その横から、リリーが割って入った。
「ウィルブスの町も連中の対象ですわね」
「そ、そそ、その、と、通り……」
ウィルブスの町は自分たちの学校があるところだ。
それが何故、と思っていると、
「学校……が……め、めめ、目障り……も、もくろ、目論見通りに……」
リリーはそれだけで把握したらしく、はあ、とため息を吐いた。
尋問はほかにない。ソフィアが能力を解除すると、賊のリーダーは再び骸へと戻る。
そして地面に転がり、赦しを請うかのように天を仰いでいた――。
◇ ◇ ◇
「これでハッキリしましたわ」
「何だよ、学校が対象とか、目障りとか」
「数年前から、町の近くにギャングの根城が出来てますの」
「まあ話では聞いたことあるけどよ、そいつらが学校を毛嫌いしてるってことなのかよ」
リリーとクロエに続いて、ヴィヴィアンも頷いた。
「私たちの能力が厄介ってことね」
「恐らく活動の中に、我々の町を乗っ取ろうとの目論みがあった。けれど、すべて邪魔されているであります」
「流行病や凶作は偶然が重なっただけかもしれませんわね。けれど、情報を得ていないわけではない……歴史は繰り返すものと、意図的にそれを起こそうと浅はかな考えをしてもおかしくないですわ」
流行病と凶作……二つは最近起きたことだ。
エレノアの〈ホームシック〉が病の感染源かと疑うも、本当は免疫を獲得する能力だった。おかげで町の近辺など、人の流れがこの多くを救った。
続けては食糧危機だ。
雨によって作物が採れず、みなが飢えに苦しみだしたころ、アンシーの〈豊穣/デモンズ・ダンス〉によって窮地を脱した。供給は少なくとも、町は混乱にならない程度に平穏を取り戻した。
二つに何か関連性があるのか。
「……そういえば、町は何もしなかったって言ってたよな? 食う物が足りなくなるのを知っても」
「まるで誰かが楽観視させたようにね」
ヴィヴィアンが答える。
彼女は組合を通じて、町の為政者が何の手立ても講じていなかったのを知っていた。
「黙示録に沿っているかは別でありますが、疫病と飢饉がくれば世は乱れ、戦争……人が対立し、争うようになるであります」
「同時に、神など救済者にすがるようになりますわね。不安を逃れたり和らげるために」
「それで教会かよ……。でも、そう都合よくいくか?」
簡単だ、と隊長は頷いた。
「自分が『ありえない』と思う人間は、自分が知る人間以外すべてそうだと考えた方がいい。世の中は複雑であり、とても簡単だ」
「世の中の価値観が、金と名誉になればもっとでありますよ。平和もその価値観で出来上がる」
「そう言えば、神はよく金色に描かれますわね」
リリーは表情を検め、転がった賊のリーダーの頭を見下ろした。「とは言え、世の理とは実に面白い」
「我々の学校は、魔女が建立したと揶揄されている。奇しくもそれが、世を乱す存在として排除した教会の仇となるとは、実に面白い。おーっほっほっほ!」
リリーは言葉を続ける。
「それも、己が飢えても、子供に施しを与え続けた愚か者にくじかれようとは」
「何だよオレのことか?」
「連中は魔女から奪った知識と技術がございますの。排除の理由は、連中がそれで肥え太ろうとしたからですわ」
「奪った知識……?」
ヴィヴィアンはハッと目を瞠った。
「まさか……大麻!? 魔女は医薬への知識が豊富だったから!!」
「ご名答。連中、我らの町でそれを栽培しておりましたの」
「何だって!? ……いや、でもそれが何でオレと繋がんだよ」
「思わぬ人物が届けたからですわ。何も知らぬ無垢な手に握って」
己が飢えても子供に施しを与える……。
エルマは孤児にパンをやっていたことかと気づくや、
「あいつらが持ってきた、あの草か!?」
確かあの時、リリーは何かに気づいて『絶対に近づくな』と念を入れた。
「先生に確認してもらい、それだと判明しましたわ。私もあんなのが混ざっているとは思いもせず、驚きましたの」
「お、おめえ、本当はいい奴なんだなあ……あいつらに危害を及ばないようにして……」
「た、ただ夢見が悪いだけですの!」
ぷいと顔を背けるリリー。
「……ん? というかお前、何で大麻の葉とか知ってんだよ」
「へ? い、いやまあ、それは……いいじゃありませんの、今は」
「お前ひょっとして、使ってたか?」
「ち、違うわッ! 金になると思って育てようとしたけれど、仕入れに失敗して大損ぶっこいたんですのッ! ああ思い出しただけで腹が立つッ、あれさえ成功していれば、我が人生は返り咲きでしたのにッ!」
「それでよく文句言えるな……」
「当然ですわ。他人が成功して何が面白いんですの」
「ほんといい性格してるよ……」
とはいえ、町での計画は頓挫したわけではない。
治安が悪くなれば孤児たちは当然危険に晒される。子供の行動範囲に大麻の栽培がされているなら尚更だ。
エルマは悪い想像ばかり膨らんで、一刻も早く学校に戻りたかった――。




