12.血を吸った地面から悪が生える
「――東側の通路に逃げたわ!」
「絶対に捕まえるの! 逃がすな!」
執事課で“男狩り”が始まったのは翌日のこと。
アンシーの能力は〈豊穣/デモンズ・ダンス〉と名を変え、踊りに興味のなかった男たちを捕らえては、強制的に踊りを見せ、作物のために体力を搾りだしたのだ。
おかげで、作物の収穫量はより安定した。
執事課の体力自慢がどんどん食われてゆくが、教師たちは事情が事情だけに黙認に留められ、彼らが縛られたまま枯れてゆく様子は、晒し刑さながら。それを見た生徒には、『搾られたサトウキビみたい』と表現するのもいた。
食糧の問題は何とかなるだろう。
だが、エルマとリリーの考えはこれだけではない。むしろ明かしてすらいない。
少なくとも、“当人”には――。
「調べてみたら、アンシーの言う神様には腕が6本あるみたい」
「蜘蛛みてえだな。そんな腕あって絡まねえのか?」
「そんな次元の低い疑問を抱くのは、愚民が初めてであって欲しいですわ」
エルマはヴィヴィアンに、インデイア国の神について調べてもらった。
神話にしては血なまぐさく、破壊的なものばかりであったが、むしろ考えていたことにはピッタリだった。
「……あのう、どうしてまた村に行くんですか?」
「お前の村を救う方法が見つかったんだよ」
「本当ですか!?」
ソフィアは目を輝かせる。
「それには、お前に頑張ってもらうことになるがな」
「大丈夫です! 自分の村のことですから、何でもやります!」
ソフィアの村をどうやって教会の土地から守るべきか。
エルマとリリーは、畑を芽吹かせた能力の切っ掛けとなる神様に目をつけた。
――人間同士が直接的にやり合えば、村は教会に目を付けられる
懸念はここである。
ならば目には目を、歯に歯を――神の威光を自分のものと振る舞うのであれば、こちらも神への畏怖を借りて立ち向かえばよいのだ。
「んで、貴族は大丈夫なのか?」
「教会の言いなりに領地を取られたとあれば、連中のメンツは丸つぶれですわ。それを回避出来るなら、何だって応じますわよ」
「貴族ってのは扱いやすいもんだな」
「金とプライドの為なら、己など容易く棄てる連中ですもの。座る椅子を揺らしてやれば、おいそれと耳を傾けますわ」
クロエも既に手を打って、領内にその噂を流しているらしい。
「残るはソフィアの働きだな」
「はい!」
「んじゃ、これよろしく」
エルマは袋を持ち上げ、ソフィアに渡した。
「何ですかこれ? ……腕?」
「マネキンの腕だ。それつけて賊退治しろ」
「へ?」
ソフィアは目をぱちくり。
「え、えええええええええーッ!?」
計画の実行日は十日後。
彼女の声が響くも、進み出した計画はもう後には戻れなかった。
◇ ◇ ◇
月に雲がかかる夜である。
虫の声もせず、露に濡れた草花が風にさざめくばかり。そこに橙色の光筋がいくつも弧を引いて落ちてた。
すると大地は炎に燃え上がり、瞬く間に夜は赤く染め上がった。遠くから馬が嘶き、奇声めいた狂喜の声が迫ってくる。
「――出てこいてめえら!」
黒ずくめに口元を覆った男が叫ぶと、手にした銃を天に向けて放つ。
「食い物を出さねえと痛い目に遭うぜえー」
「女も頂いちゃおっかなー、うっひゃははははっ!」
後ろの仲間らしき者も銃を撃った。
数は20から30ほどいる。何人かは馬を下りて建物の扉を叩く。しかし返事はなかった。
「聞いてんのか、おらあ!」
蹴破ったが、返事はこない。
中を確かめてみたが誰もおらず、首を振って現れる。仲間たちが次々と扉を破るものの揃って同じ反応だった。
一団は村の奥へと馬を進めてゆく。
そして広場に到着すると、おっ、とその足を止めた。ただ広いその中央に祭壇を組み、シスターが一人、手を組んで祈りを捧げていた。
「おう、尼さんよ。ここの連中はどこに逃げたんだ?」
「……」
「聞いてんのか!」
夜空に雲がかかり俯く顔は見えない。
男が肩を掴んで振り向かせると、シスターは暗闇の中で、ゆっくりとそれを見上げた。
「……みなは逃がしました」
「はあ?」
「娘を置いてゆくのは嫌だと渋られましたが、私が残ると言って納得して頂きました」
「勝手なことしやがって」
「……」
シスターは再び祈りを捧げ始めた。
「だけど俺たちも手ぶらじゃ帰れねえしよ」
「ならアンタが俺たちの相手してくれるのか?」
「へへ、お勤めをしてもらわなきゃなあ」
男が一人、下卑た笑みでシスターの肩を掴んで引き倒そうとした。
……が、男は驚きに目を瞠った。腕の筋が浮かぶほど力だったのに、その身は微動だにしないのだ。
「な、なんだ……」
シスターは指を組んだまま。
男は苛立ち、腕に力を込めて引こうとした――その時である。
「このアマ、いい加減に――」
闇に光筋が走った。
男は何が起きたのか分からない。股の下から“何か”が走り、“何か”が天に向かって伸びている。
その表情は信じられないものを見たかのようである。
空を覆っていた雲が流れ、満月の明かりが大地を照らしてゆく。
シスターは指を組んだまま。なのに別の左腕が、手に握られた曲刀を振り上げていたのだ。
「な、な……」
男の身体は縦に、二つに分かれながら地面に落ちる。
「て、てめえ何モンだ!」
「雇われた兵か!」
残る男たちはゆらりとシスターを取り囲んだ。
「五月蠅いねえ」
シスターの声は豹変した。低く唸る獣のような響きだ。
言葉は震え、巻き舌のように。ゆらりと背中を丸めながら立ち上がる動作は、恐ろしい覇気と殺気を纏わせて。ハァー……と、嘆きにも恍惚にも似た息を吐きつつ、天を仰いだ。
男たちはみな戦慄した。
誰かシスターの顔は見たか。
闇の中で感じたのは、穏やかで慈愛に満ちた女神のようであったはずなのに、いま、月明かりにいるのは忿怒に歪んだ形相であった。
「ば、化け物……ッ」
一人が叫ぶ。
すると、シスターはニタリ……と笑んだ。
「では、貴様らの相手してやろうかのう」
「う、うわああああッ!?」
男が銃を撃つも、肩から生えた剣がこれを弾いた。
笑む口から獣のような牙が剥き出しに。そして背中がムクムクと膨らみ、修道女の服を突き破って、腕が――合わせて6本が出現した。
そして、どこからともなく曲刀が現れ、くるくると全部の手に握られる。
「ハァーッ!」
シスターは、おどけるように顔を揺すって威嚇すると、突如その足を前に、大地を踏みしめるようなステップをはじめた。
「お、踊ってやがる!?」
「怯むなッ、ただのこけおどしだ! トリックがあるはず、かかれ!」
弓を持った兵士が、火をつけた矢をつがえ引き絞る。
ひゅうと放ち、踊るシスターめがけて飛び向かうものの、それはすべて寸前で逸れて地面に刺さり、草が燃えあがりだした。
「ぐッ……や、野郎ども、かかれえーッ!」
男どもは三人、剣を構えて突っ込んだ。
「ハーハッハハハハハァーッ!」
「うわッ!?」「ぎゃあッ!?」「がッ……!?」
6本の腕に隙はなく、三方から斬りかかる攻撃は、すべていなされ、首や胴体を寸断された。
炎は円形にみなを取り囲み、馬は怯えて嘶く。
シスターの踊りは、昂揚に激しさを増してゆく。
もはや馬は使い物にならぬと、賊は全員飛び降り、先ほどと同じように、一斉に斬りかかった。
「ぎゃああッ」「……ッ!?」「あッ……!?」
「ハァーッ! ハァ、ハァ、ハァ、ハハハーッ!」
「が、ァ……ッ」「あああああーッ!?」「ひ、ひぃぃーッ!?」
どこを狙っても剣で防がれ、相手の剣が斬りつける。
しかも独特で奇妙なステップは動きが読めず、迂闊な攻撃がすべて仇となる。
銃を撃つ者もいたが、至近距離であっても弾は命中せず、味方の足へ、胴へ、頭へと当たり、それが悲鳴と断末魔をあげて、地に墜ちる原因となった。
「お前さんで最後だねえ」
最後に残ったのはリーダー格の男だった。
ゆらりとやってくるそれに、ヒィィと情けない悲鳴をあげて馬に乗ろうとする。しかし死体となった仲間の腕が突如動き、手にしていた銃を発砲した。
弾は男の脚を貫き、地面に臥した。
「ヒィィ……ッ……ヒィィィ……ッ」
男はそれでも逃げようとする。
草を這い、ずるずると迫るそれから離れようとする。しかし、彼の背中をずんと踏みつけられ、それも叶わなくなった。
「ヒッ、や、やめッ、あッ、あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァーッ……ッ……!?」
それは後ろから髪を掴み、剥き出しとなった首に両手の刃をゆっくり引いていった――。




