11.豊穣と糧(かて)という肥料
「おー、すげえ育ってんじゃねえか」
作物の成長は著しく、一週間もしない内に収穫へと到った。
すべてアンシーの能力の甲斐あってのものである。踊りで作物が育つ能力に、みなは彼女が信仰する神への敬意を込め、これを〈豊穣の舞い〉と呼んだ。
彼女もまたルーツである先祖への繋がりを喜び、その神への礼儀であると、誇りを込めて踊り続けた。
「どんどん収穫してかないと追いつかないよー」
「連作障害になるから、種撒く時はちゃんと確認してー」
「そろそろ、町への出荷分が出るよー!」
収穫された野菜は、学校で独占せず市場で売ることにした。
栽培していることを町民に気づかれ、その時のトラブルや説明が非常に面倒となるのは容易に想像できる。
けれど配給にすれば際限なく学校へ殺到され、また農家との摩擦を考慮した結果、最も無難で公平な手段が取られた。
そしてこれが功を奏した。
トマトやキュウリなどを山積みにしたカゴを持って、メイドたちは慌ただしく往復している。
販売の担当はヴィヴィアンが勤め、市場よりも安値で販売している。
当然ながら同業者から反発を受けたものの、彼女が南の組合であると知るなり、みな尻尾を巻いて逃げたらしい。
元が暴利なのだ。
混乱に乗じ、値上げに値上げを重ねた彼らなので、それを指摘されると貝のように口を閉ざすしかないのである。
「で、お前は何してんだ……?」
畑の真ん中で、クロエが目を光らせ立っている。
「その声はエルマさんでありますな。ヴィヴィアンが『作物は光を好むのと好まないの二つある』と言うので、光を好む植物に能力の〈フラッシュライト〉を与えているであります」
ところで、とクロエは口を開く。
「どうして、私の肩を掴んでいるでありますか?」
「オレじゃねえよ。鳩がとまってんだよ」
クロエが手で払うも鳩は逃げず、翼を羽ばたかせながら地面に降り、土をついばんでゆく。
「カカシにはならねえのな」
「軍人には務まらない役でありますよ」
畑の前では、アンシーが踊っている。
本来は腰巻きだけで踊るもののようで、彼女はそれに倣って、砂漠の国らしい胸にサラシと腰布だけの恰好だった。
おかげでギャラリーも多い。
特に畑は執事課からも眺められる位置にあり、女たちは手拍子をしたり、笛や楽器を奏でたりしているのに対し、男どもは群れをなして窓から眺めていた。
「ああ、エルマさん。ヴィヴィアンに会ったら、種がないので仕入れるよう言ってもらえますか」
「ほいほい」
学校に戻ろうとする途中、エルマは気配に気づいた。
執事課のルーカスだ。
手には双眼鏡を持ち、物陰からアンシーの踊りをこそこそ覗いていた。
「おいスケベ」
「うわあ!?」
エルマがその双眼鏡を塞いだので、ルーカスは驚いて尻餅をついた。
「な、なんだお前かよ」
「覗くぐらいなら畑で作業手伝え」
「覗いてねーし! ちょっと鳩見てただけだし!」
そう言いながら、再びアンシーを覗く。
「あいつのおっぱいとケツデカいよな」
「そうそう。豊穣って通り、胸と尻はたわわに実ってて、なのに腰はスリムでむっちり……っておい!?」
「お前ら本当に馬鹿なのな」
それはそうと、とエルマはルーカスに訊ねた。
「おめえ野菜の種とか持ってねえか?」
「あるわけないだろ、何であると思うんだよ」
「毎日無駄に撃ってそうだしさ」
「そ、そんな、しょっちゅうしてねえし!? バカじゃないのあなた!?」
ちぇっ、とルーカスを置いてエルマは学校に戻っていった。
◇ ◇ ◇
種は撒くほどに芽吹き、土は肥料を入れるほど肥えてゆく。
町の食糧事情に改善の見通しはなくも、学校からの供給のおかげで、最低限の維持は出来つつあるようだ。
季節は本格的な夏の到来である。
雨による蒸し暑さに包まれながら、青空と眩しい太陽が照りつける日々が続いていた。
「最近、男どもの様子が変でありませんの?」
「いつも変だろ」
「それは否定しませんが、妙にフラフラしてますわよ」
執事課の窓に並ぶ男たちは相変わらずだ。
けれどリリーの言葉で注意深く観察してみると、確かに元気がなくやつれている。
「行ってみっか」
「ですわね」
エルマとリリーは執事課を訪ねることにした。
連絡路は相変わらず見張りが立っているが、これも元気がない。通りたければ通れと、倦怠感に包まれている。
訝しみながら門を抜けたそこは、信じられない光景が広がっていた。
「どういうことだ、これ……?」
廊下にずらり、生徒が座り込んでいるではないか。
そこにルーカスを姿を見つけ、エルマは何があったのか訊ねた。
「なんか元気ねえな。もう夏バテか?」
「お前らか……いや、野菜ばっかなせいか、ここんとこあんま力出なくてよ……」
「野菜のせいじゃなくて出しすぎだろ」
「する力もねえよ……だけどそれっぽい虚脱感だ……」
「執事課の連中みんなか?」
いや、とルーカスは首を振る。
「鮮度バッチリの奴か、しなしなのどっちかだ」
目くばせに合わせて廊下を見やれば、確かに二極だ。
元気なのは何事もなく歩いている。そうでもないのは、疲れ果てたように廊下に並んでいる。
だが奇妙にも、疲れた彼らも窓の外……アンシーの踊りを見る気力だけはあるらしい。
「疲れているのに踊りを鑑賞するとは、いいご身分ですこと」
「先生にも怒られるんだが、なんか、見ちまうんだよなあ……」
ルーカスの言葉に眉を寄せたリリーは、元気に歩く生徒を呼び止めた。
「ちょっと貴方、どうして踊りを見ないんですの」
「な、何だよ急に。俺はあんな原始的なもんに興味ねえよ」
同じように訊ねてみても、どれも答えは似ていた。
女は何ともない。
男は半々で影響を及ぼしている。
その区切りは、踊りを『見ている』か『見ていない』のどちらか。
つまり――。
「あの踊り……まさか、男を殺しますの……?」
リリーは愕然として言う。
エルマも信じられなかったが、考えられるのはそれしかない。
「いえ……貴族の舞踏会は、女の“武闘会”ですわ。踊りで男を仕留める、なんて何らおかしい話でもありませんもの」
「でも、アンシーは武闘派でもないだろ?」
「踊りに理由があるんですわ。強く必要と思った時に発現する条件なら――その場に居合わせたのなら、切っ掛けとか見てませんでしたの?」
「条件と言ってもなあ……」
彼女は『作物が育って欲しい』程度にしか思ってなかったはずだ。
ましてや『男を殺す』など、そのような気配なんて――。
「神様……?」
エルマが考えていると、ふと思い当たるものがあった。
「は?」
「アンシーは、神様の踊りだつってたけど、あれって確か――」
確か、踊りは『女にしか殺せない悪魔』を討つ内容だったはず。
豊穣の女神から怒りの女神となって戦った。本来は主神のほうで、破壊と再生を司る神だったのではないか。
「そ、それ、インデイア国の宗教か?」
「知ってんのか?」
「執事課は他国の宗教についても学ぶ。俺が思い浮かべた女神なら……片手は敵を殺して、片手は救う、生と死が同一になった女神だ……」
「つまり?」
「あ、あの踊りは、男を肥やしにして作物を育てている……女にしか殺せない悪魔は、男だ……」
ははあ……。
エルマは悪い顔でリリーを見る。彼女もまた同じ考えに至ったようだ。
「お、お前ら、また、ロクでもねえこと考えてやがるな……」




