10.人も植物も土壌があって育つもの
ソフィアの“葬儀”をつつがなく終えたエルマたちは、村に長居することなく学校へ帰還していた。
理由は帰りの馬車に積んだ荷物だ。行きに比べて馬車が三台に増えつつ、到着するなりエルマは馬車から飛び出し、道にうずくまった。
「う、うげえ……は、吐きそう……」
「よく頑張ったであります」
後続の馬車から飛び出し、介抱するクロエだがその鼻は摘まんでいる。
「食べ物がきたって本当!」
「早く、早く、ギブミーチョコレート!」
「私が先よ!」
学校からメイドたちが一斉に馬車を取り囲む。
しかし、エルマの乗っていた馬車に近づくなり、みな「う゛!?」と息を詰まらせて後ずさった。
馬車は何とも言えない“野生”の香りがしている。
「な、何よこれ……! 動物園の臭い……!」
「何持って帰ってきたのあんたたち……!」
騒ぎを見て駆けつけたバークルも、みなと同じように怯んでみせた。
「ど、どうしてこんなのを持ち帰ったのです!?」
エルマ立ちが持ち帰ったのは牛馬の糞である。
馬車に積んだ棺いっぱいに詰め込んで帰ってきたのだ。
「学校裏の畑の肥料にするためであります。ソフィアの村は酪農が盛んで、良質なのが採り放題でありました」
「そんなもの、学校に持ち込むのではありません!」
「心配無用であります」
お耳を、とクロエはバークルに顔を寄せた。
「こんな表通りで食糧が入ったと騒げば、町民に『さあ暴動を起こしてください』と言うのと同じであります」
目線の先には、町の者が何事かとこちらを窺っている。
「なるほど……流石は諜報員ですね」
「ノン。妾腹の娘であります、はい」
「では後ろの馬車に?」
「その通り。続けてもう一台がきますが、それもカモフラージュ用の糞です」
バークルは承知すると、執事課に力仕事を頼んだ。
持ち帰ったのは、ソフィアの村でこしらえたチーズである。教会に召し上げられるならばと、村の備蓄のほとんどを提供してくれたものだ。
おかげで馬車に乗りきらず、台数を増やすが、村外に張られた検問は当然怪しがる……ここでクロエは一計を案じた。
――棺をなぜ持ち帰るのか
村では火葬で棺を用いないと答え、ついでにと中を検めた兵に確かめさせた。
蓋を開いた兵は不運と言えた。それを直浴びし、気を失うように馬車から落ちたのだ。
地面に蹲ったまま立ち上がれず、げえげえと嘔吐する――貴族や領主に仕え、自尊心の高いであろう兵たちはこれに躊躇し、後続の馬車を検めず素通りさせた。
「あ、ああ……この街の空気が美味いって思ったの初めてだ……」
「あまり吸っては身体がやられるでありますよ」
「馬車の中にいた時に比べたら、屁でも……うぷ……屁て言って思い出した……」
指示を受けたのか、執事課の男たちがやってきた。
しかし積み荷を知るなり、自分たち男の不遇さを痛感した表情を浮かべ、恨みがましそうに、
「恨むぜ」
と、エルマたちを呪った。
「これで恨むんなら、オレは祟り殺せるよ……。くじ引きで負けて、二日以上ここにいたんだから……」
「……すまん」
馬車を繰っていたのはヴィヴィアンだが、途中から言葉を発しなくなった。
今も目がうつろで、荷が下りると静かに馬車を届けにゆく。
「あれは掃除も大変でありますな……。うん? 掃除?」
クロエが正門を向くと、そこには上級生の【掃除部隊】が並んでいる。
距離が空いても感じられる殺気――人生で最悪となるであろう掃除任務に、心底同情するのだった。
◇ ◇ ◇
「うう……チーズが食えねえ……」
「今回ばかりは同情しますわ」
届けられたチーズはみなで分け、運搬などに携わった生徒はひと塊丸ごと与えられた。
久方ぶりのその味に歓喜の声をあげる中で、エルマは自分の分をすべて物乞いの子供に与え、机に突っ伏したまま唸り続けた。
学校に戻ってから二日――。
エルマは生きてきて、初めて『毎日三回風呂に入る』というのを体験した。それでも未だに身体から臭いがしてる気がする。
「こんだけ苦労して運んだんだ。そろそろ野菜が出来たろ?」
「作物は一日にしてならず。人と土は時間をかけて育てるものであります」
「うー……種植えてポンと出来りゃいいのに」
「それだと飢饉は起きないでありますよ」
クロエが笑うと、
「でも一度、畑を見にゆくのもいいかもであります」
「畑も正直近づきたくねえが、まあどんなのか見ておくのもいいか」
外は小雨が降っているが傘は必要なさそうだ。
階段をおりて裏口の扉を開くと、そこには敷地いっぱいに耕された畑が広がっていた。
「あ、エルマ」
エルマたちに気づいて声をかけたのは、家が農家をしているというアンシーだった。
畑を見て回っているメイドたちも農家の出らしい。日焼けではない薄褐色の肌をし、目元や口元の彫りを深くした彼女は、その中で特に目立った。
「あの肥料、すごいイイ感じだよ。これなら作物も育つかも」
「それはよかったぜ」
「ただ問題は天候だね」
「晴れにする能力でもありゃいいけどなあ」
雨のせいか、足元はムッと熱を帯びた湿気があった。
髪がそよぐ程度の風が流れると、それが舞うように全身を撫でる。仄かに肥料の臭いがして、エルマは顔をしかめた。
「くせえ……」
「あはは、肥料は熱を生むからね。それが畑の力にもなるんだよ」
「やい畑! オレが吐きながら持ってきた糞入れてんだ、気合い入れて育てやがれ!」
エルマは土を叩いて活を入れた。
アンシーはそれにくすくす笑う。
「それ、神様にも聞いてもらわないとね」
「よせやい。神様なんか自己解釈なジャーナリズムだし、祈っても働くのは人間じゃねえか」
「まあそうだけど、気持ちが大事なんだよ。こういうのは」
ふうん、とエルマは興味なさそうに鼻を鳴らす。
「おばあさまから教わったんだ。私の祖先が住んでいたところは神様がよく踊っていて、それで民も踊りを奉納していたって。こんな風にして――」
アンシーは両手の指で奇妙な形をつくる。
直立不動となって目をつむり、つかの間の静寂が訪れたかと思うと……次の瞬間、彼女が豹変した。
「な、なんだあ!?」
その場で飛びあがるや、腕と膝を外に広げて股を割り、つま先で地面を足踏みながら左右に流れだしたのだ。
続けて前後に、足踏みを続け、何かを意味持つ指の印を前に。再び跳ねると、今度は両腕を使って全身で舞い始める――。
女性らしくありながらも力強さがある。
それはこの国にない動きだ。
エルマは足踏みかと思ったが、その真は体幹にあるらしい。激しい動きなのに身体の中心から一切ブレていない。
挑発めいたり、何かを斬ろうとしたり……やがて、何かと戦っているのが伝わってきた。
アンシーはトランス状態に陥ったらしく、不気味さを強めながら、戦いの狂喜を見せつける。
(相手の首を取って、その血を飲んでんのか……?)
悍ましい怪物のような動作の後、おどけた様子で舌を出す。
踊りはそこで終わりらしかった。
「ああ、久しぶりだから疲れた……」
「すげえ踊りだな……何かと戦ってたように見えたぞ」
「おばあさまが言うに、『女にしか殺せない悪魔と戦った時の踊り』だったかな? 悪魔の血が地面に落ちるたび新しい悪魔が誕生するから、豊穣の女神様が怒りの女神に変わってその首をはね、全部飲み込んだとか」
女神は興奮醒めやらず、踊り続けたことで地面が割れて世界が崩壊しかかった。
それを時と破壊の神である夫が、正気に戻るまで下敷きとなり続け、女神が気づくと照れ隠しに舌を出しておどけたと言う。
「聞くだけでも武闘派な神さまだな」
「本当はその旦那様が主神で、破壊と再生の踊りこそが祖国の踊りみたいなのだけど……おばあさまから教われたのはこれだけなの」
畑で作業していたメイドたちも呆気にとられている。
ふと足元に目をやった一人が、あっと声をあげた。
「芽が出てる!」
それを聞いてみながわっと湧いた。
それぞれが足元を確かめると、あちらこちらから「ここも」と声が出る。
「……でも、さっき無かったよね?」
「だよね。こんだけ出ていたら気づくし」
メイドたちの視線が土からアンシーに移る。
訪れた時と違って、黒い土のうねには、小雨の灰雲の下でもハッキリと分かる黄緑色の筋が浮かんでいるのだ。
「アンシー、お前なんか能力持ってんのか?」
「え!? わ、私まだ能力出てないよ!?」
エルマもすぐに分かった。
考えられることは一つ――アンシーは能力を発現させ、これを芽吹かせたのだ、と。




